怪盗サーチの夜のお仕事3
時は来た。
金ぴかなジャケットの袖に腕を通して、ハットを被る。
マスクは流石にユリアとケルトの前だと恥ずかしいので、まだつけないでおく。
「ねぇ、もっとさ、こう一瞬で着替えられない? そうしたら変装した格好で潜入して、すぐに着替えて怪盗サーチ参上! って出来るじゃない」
ユリアに言われる。
雷に打たれたかのような衝撃だった。
なぜ、今まで気がつかなかったのか!
「ユリア天才、今度作ってみる」
「私、役に立った感じ?」
「役に立った」
「やった! 私はいつも目出し帽かぶるだけだから、その格好はもどかしく思うのよね」
「僕だってこんなの趣味じゃないが、作ってしまったものは使わないわけにはいかないだろ」
「趣味じゃなかったの?」
「違う。この金色は素材のせいなんだよ」
「素材?」
「そう。僕はそろそろ行かなければならないから話はあとでにしよう」
「わかった。魔宝石が動いたってケルトが言ったら私がそっちに向かえばいいのね?」
「それが僕の仕業じゃなければユリアが足止めするか、盗むかしてくれ。僕だと確認できたら、エリックの足止めを頼む」
「エリック王子は学園で見たことあるけど、まさかこんな形で関わるなんてね」
「僕の友人だから当然だな。じゃあ行ってくる。ケルトも魔法で協力頼むよ」
「はいです!」
ケルトの元気な返事を聞いてから、僕は窓から素早く外へ出た。
〜〜〜〜
マスクをつけ、夜の街を駆ける。
屋根の上を走っていても、やはり金色は目立ってしまうものだ。
大々的に宣伝したこともあるのか、そこかしこから黄色い悲鳴が上がる。
異様な格好と身のこなし、気障な台詞、紳士さなどで僕は人気を集めているから、仕方ないとはいえ、歓声で僕の居場所がわかるのは困りものだ。
まあサービスとして、適当に摘み取った雑草の花をばら撒いてあげる。
「今宵、あなた方にお会いできたことを、私は心から嬉しく思います」
立ち止まってお辞儀しながら言ってみせる。
自分でやっといてなんだが、やはり違和感が強い。
やはり口説くなら魔法だな。
それでも満面の笑みを顔に貼り付け、また走り出す。
計画通り、グレーンの屋敷の塀を乗り越えて敷地内に侵入に成功した。
しかし目立つので僕の居場所は丸わかりだろう。
「怪盗サーチっ」
小声で聞き覚えのある奴の声がした。
マーヤだ。
どうやら木の陰に隠れて僕が来るのを待っていたようだ。
いくら歓声で居場所がわかるとしても、ここから侵入してくるとはわからないだろう。
何故、わかった?
警戒を高め、ジャケットの内ポケットに手を突っ込み、いつでも魔法道具を取り出せるようにしておく。
「話を聞いてほしいの。私の名前はマーヤ・レイザンガリフ。勇者として召喚され、今は怪盗サーチのファンよ」
なに言ってんの?
ついポカンと口を開けてしまった。
すぐにハッと我に返り、怪盗サーチとして振る舞う。
「これはこれは、噂の勇敢なお姫様にお会い出来て、私も喜ばしく思います」
大袈裟な動作をしながらマーヤの前で跪き、手の甲にキスをしてみせる。
なんでこんなこと自然にできるんだろうと、自分で苦笑いしそうになった。
最初は恥ずかしさがあったのに、今では怪盗衣装に着替えたら無意識にスイッチを切り替えてできるようになってしまったようだ。
遠い目をしかけたが、今はそれどころじゃないのですぐに立ち上がってマーヤに向かってお辞儀。
「あ、あの、ゆっくりしてる場合じゃっ」
めっちゃ照れてるのを必死で隠して、焦っているマーヤがおかしくて、クスリと笑ってしまった。
出来るだけ優しい王子様みたいに見えるよう、声を抑えて頑張って笑う。
「ご心配ありがとうございます。確かにここで立ち話は危険ですね。勇者マーヤ様、私について来ていただけますか?」
「わかった。ちょっと待って、スキル『身体強化』」
マーヤが僕に触れてそう唱えると、驚くほど体が軽くなった。
……魔法でも身体強化出来るが、スキルというのでも出来るのか。
ここに、魔法とスキルの謎を解く鍵がありそうだな。
それはそれとして、怪盗としての仕事をしよう。
「マーヤ様のお話は走りながら話してくださいますか?」
「そうだね。勝手に話してるからサーチは仕事に集中して」
魔宝石が飾られているはずのグレーンの屋敷の地下室に向かう。
広すぎる庭から屋敷に向かう途中で見かける冒険たちのなかに、しつこく僕を追い回すダイザム団長たちはいないようで、冒険者たちはいつもより連携がなっていない。
団長さんへ僕の家に向かっているらしいから、距離的にここまで来れなかったのだろうか。
嬉しく思いながらも、探索の魔法で警備のいない場所を通っていく。
しかし警備のいない道というのがなければ、少ない方へ行って魔法道具と剣聖直伝の身のこなしを披露して通り抜けていく。
マーヤの話は大体グレーンの悪事のことであった。
魔法組織デジメーションのことは知らないようだが、孤児院の子供を売っていることは知っている。
ケルトのこともいつか売ろうと策を練っていたらしい。
あとはケルトの魔宝石の話か。
「サーチ、出来れば刻印の血涙と犯罪の証拠の資料を盗んで私に渡してほしいの」
「魔宝石に関しては確認を条件にさせてください」
「確認?」
「私もそのケルトという少女と同じ道を辿りました。故に魔宝石を盗んでいるのです」
「えっ!?」
「可能性は低いとわかりましたが、私の魔力が宿る魔宝石であれば、渡すことは出来ません」
「そう。そういうことなのね。でも五の魔法使いにはならないの? その方が魔宝石を集めやすそうだし、いずれは魔法王になれるんじゃない?」
「なりません。私は犯罪を行う罪深き者です」
言いたくないという感情を必死に抑えながら、柔らかい声を意識して会話を続ける。
「私は、私を騙した者と同じことをしています。ですから汚れた私には、魔法王などという大層な地位は相応しくないのですよ」
あああああっ!
自分で言っておいて心が抉られるぅううう!
やだやだやだやだ。
僕は魔法王になるんだよ!
クソ野郎どもを見返して、僕が天才だと認めさせる。
絶対に!
にこやかな笑みを忘れないように顔の筋肉を意識する。
強張って口の端がピクピクしてしまうがなんとか取り繕った。
「怪盗サーチ、かっこいいわ」
「そんなことないですよ。私は惨めに求め続けているだけですから」
「先生に見習わせたいくらい」
先生の前でそんなこと言わないでくれないかな?
同一人物だぞ?
少しイラッとした。
屋敷の壁に背をつけて角の向こうに敵が見えないことを目視で一応確認。
角を曲がったところにある裏口の扉を蹴飛ばして屋敷の中に入ってやった。
マーヤは不法侵入に抵抗があるようだが、ついてきている。
「サーチ、その、協力してほしいことがあったら言ってね。今回の魔宝石と資料のことで協力してくれたら、私も何かを返す。だからあんまり乱暴なことしないで?」
ふむ。その言葉、嘘じゃないな?
勇者なんていう大層な身分の人に借りを作っておけるのはラッキーだ。
「いいでしょう。もとから資料は盗む気でしたし、あまり乱暴なこともしないことにします」
「サーチも調べてたんだ。流石に子供を売るのは許せない?」
「犯罪を行う私が言えたことではないので、それについては何も。ただ、彼は魔法組織デジメーションと深く関わっているというのは、お伝えしておきましょう」
僕はこの組織の崩壊のためにマーヤを巻き込む。
知ってしまえば、魔法組織デジメーションと戦わざるを得なくなるだろう。
「魔法組織デジ……?」
「魔法組織デジメーションです。現在、私たちの魔力を奪った現況であると考え、疑っています」
「……組織的な犯罪なの?」
「魔力を奪われた子供たちがグレーンの経営する孤児院を心の拠り所にし、その子供を攫って売りさばき活動資金にする最低な人たちです」
「……私のほうでも探ってみるわ」
物凄く真剣な声音で言うので、少し心配になる。
なんか危険なことしようとしてない?
「勇者様の目的は魔王を倒すことですよね?」
「そうよ」
「ではあまり無茶をして殺されないように。奴らの情報はほとんどありませんから、何をしてくるかわかりません。それと組織を潰すときは私に言ってくださいね」
そっとマーヤの顔を覗き込む。
マーヤは何故だか苦笑いしていた。
「潰す時は自分の手でってことね。わかったわ。いつもはどこにいるの?」
「私を呼び出したいのなら、今回のように偽者の予告状をどこかに送りつけて、チラシをばら撒いてください」
「あれコピー機ないから手作業で大変だし、出来れば必ず連絡がつく場所を教えてほしいんだけど」
「残念ですが、ないです。私は各国をまわっておりますので」
「そうだよね……」
まさか転移のことを言うわけにもいかない。
話しながら屋敷の中でコソコソと歩く。
そしてなんとか、グレーンの書斎に来ることができた。
書斎に地下に繋がる扉が隠されているのは確認済みだ。
絨毯をめくり、部屋の中央の床に、四角い切れ目を発見。
しかし魔法道具の結界で防犯は万全のようだ。
まあ僕には全く持って無意味なものなのだが。
僕を相手にするなら、もっと優秀な魔法道具職人に依頼して取り付けたほうがいい。
結界の仕組みを結界に触って分析し、魔力操作で魔力を魔法文字として結界に付け加える。
すると結界は僕とマーヤを通してくれるようになった。
次に床の板を持ち上げる。
その先は階段に繋がっていた。
この階段を下りれば、資料と魔宝石が手に入るだろう。
「さて、進みましょうか」
僕はそう呟き、階段を降りていった。
次話は7月18日投稿予定です。
申し訳ありませんが、書き溜めていた話が尽きたので、投稿は今日から二週間後となります。
7月16日追記
グレーンの名前がグレースになっていたので、修正しました。




