半月の深い赤色
エリックがマーヤのもとへ戻っていった後も、リエーナとしばらく話をしていたが、気分もスッキリしてきたので帰ることにした。
リエーナに別れを告げて、魔法陣で帰った。
〜〜〜〜
一週間後の貴族との交渉の日。
マーヤたちもまだ魔宝石を譲ってもらうことが出来ていないので、一応僕も交渉することにした。
約束通りの時間に来て、応接室に案内してもらう。
剣聖からのサインももらってきたし、なんとかなってほしいところではある。
応接室のテーブルに剣聖のサインと魔宝石を譲ってくれという剣聖からの手紙が入った封筒を置いておく。
しばらくすると、別の部屋に案内された。
封筒を持って屋敷の中を歩く。
そして部屋に入った。
何故かマーヤたちがいるが。
「ニファン様。早速で悪いですが、ご紹介します。こちら、マーヤ・レイザンガリフ・カワシロ様とマジナーサ・グンブラ・トゥイーゼオ様でごさいます」
宝石店であったときとは随分印象が違う貴族、グレーンが紹介してくれる。
「ニファン様はご友人のマジナーサ様に頼まれて刻印の血涙を譲ってほしいのだと言いましたね?」
「まあそう捉えてくれていいけど?」
「マジナーサ様、これは確かですか?」
「確かに私はヴィオランにお願いしました」
「今日まで拒み続けたのはニファン様がいたからです。ニファン様がもし個人的にほしいとかであったら、どちらか片方に差し上げるつもりでしたが、そうでないのなら問題ありません」
そういってケースに入れられた魔宝石を持ってくるグレーン。
その魔宝石は、恐れを抱くほどの深い赤色で、ギラギラと輝いている。
ただ、形は半月で涙というのには不自然な形だった。
でもケルトの魔力の波長を放っているので、これがケルトの魔宝石で間違いなさそうだ。
「ニファン様、剣聖のサインはありますか?」
「もらってきたよ」
封筒を渡す。
早速中身を読み始めるグレーン。
「……これ本物の剣聖からの手紙ですか?」
読み終えたのか、聞いてくる。
「残念ながら本物。めっちゃ気合い入れて書いてたから相当やばい文章になってると思う」
気持ち悪いくらい僕のために頑張って書いてくれたことだろう。
「……手紙六枚のうち二枚がサインで埋め尽くされているのですが」
「グレーンさんにサインあげれば僕がほしいものをくれるんだ、って言ったら書いてくれた」
「……まあ有り難くもらっておきます」
返されても捨てるしかないし、もらってくれて嬉しいよ。
それからも色々話し合った結果、お金と僕の魔法陣とマジナーサの魔法陣で刻印の血涙をくれるそうだ。
魔法陣というのも、まだ世に出回っていないものというし……。
何個かあるから、いいんだけどね。
僕は防犯対策の魔法陣を教える。
ただし、管理は誰でもできるようになっているので、罠が発動しない呪文を唱える形になる。
魔力の波長とかは教えない。
「この防犯対策の魔法陣の凄いところは、自動で呪文を書いてくれる点だ。魔法陣に手を当てながら、今のキーとなる呪文をいって、新しい呪文を唱えると勝手にその呪文に書き換わる。つまり、呪文の書き変えをいちいち専門の人に頼まなくてもよくなるんだ」
「それは素晴らしい……」
「注意すべき点は、書き換えの際に魔物の血が足りなくなることが多いから、少し魔法陣に垂らしておかないとならない点だな」
「それでも今まで手作業だった呪文の書き換えが自動で行われるのは有り難いことですね」
僕は自分で書いた方が性に合うので使ってないが。
「ヴィオランの魔法陣を先に紹介されると、私の魔法陣が霞んでしまうのですが」
マジナーサが悔しそうに唇を噛む。
「マジナーサはどちらかというと、人に魔法をかける方が得意だよな」
「ええ。ですがご要望通り、私が今開発中の治癒魔法の陣を差し上げます。万能薬の未完成品です。擦り傷や風邪程度しか治せませんが、なかなか画期的なものだと思います」
確かに画期的だ。
僕が使う治癒魔法は基本、怪我を治すためのものだ。
擦り傷も骨折もちょっとした欠損ももと通りに治せる。
でも病気は治せないんだ。
僕自身が病気用の魔法を作るのが苦手というのもあるが。
でもマジナーサが開発しているものは万能薬。
魔力の消費が多そうではあるが、その魔法さえ使えれば、患者が喋れない状態とかで、怪我なのか病気なのかどちらともつかないものでも、すぐに治すことができる。
覚える魔法が少なくなる点も治癒魔法を専門としている者なら楽だろう。
もちろん魔力を節約するなら今までのように、一つ一つの治癒魔法を覚えておくべきだが。
「私が未熟なのでまだ不十分な効果しか発揮できませんが、価値はあるかと」
「なるほど。マジナーサ様らしいものでございますね」
「お金も私が払います」
マジナーサが言っている。
足りなかったら僕も出そう。
マジナーサはあまり金持ちではないからな。
どこかに寄付したり、無償でなにかしたり。
そういう活動が主だ。
「これで足りますか?」
グレーンが使用人にお金を数えさせてから、これでいいと言ってくれる。
そしてあっさりと魔宝石を手に入れてしまった。
〜〜〜〜
グレーンの屋敷から出て、マーヤたちが泊まる宿屋まで来た。
テーブルの上に刻印の血涙が置いてある。
「先生が持っていてください」
マーヤが刻印の血涙と僕を交互に見ながらいう。
「どうして?」
「この国にもフィギュアスケート選手の凄いジャンプが不意打ち体験できる魔法道具、置いてありますよね?」
また変な例えをしているマーヤ。
「まあ置いてあるんだけどさ」
「一刻も早くこれをケルトに届けてください」
「わかった」
ただ気になるのはこの形。
涙の形じゃない。
精霊と会話を試みるが反応がない。
いつものように契約破棄しようとしても反応がない。
どうしちゃったんだ?
精霊がいるというのはわかるんだが……。
とりあえず、魔力をケルトに返すか。
「じゃあ早速行ってくる」
「はい! 私たちはもう少し観光してから帰ります!」
マーヤの言葉に苦笑いしてしまう。
半月の形の刻印の血涙を手にする。
……やはり違和感がある。
涙型が確実ではなかったはずだ。
でも涙型のはずだと僕の勘が言っている。
うーん。なんだろうな?
ポケットに刻印の血涙を入れながら思う。
「じゃあ帰るわ。じゃあな」
僕はマーヤたちが泊まる宿屋から出る。
そして転移で家に帰ってきて、ユリアと遊ぶケルトに魔宝石を差し出した。
「なにそれ、すっご!」
ユリアが早速盗もうとしてくるので、その前にケルトにいう。
「ケルト。契約を破棄してみてくれ」
するとユリアは止まり、ケルトを見る。
「う、うん。わかった」
契約破棄のやり方は知っているようで、魔力を魔宝石に流しながら、契約破棄の言葉を口にする。
「精霊様、わたしはあなたとの契約を破棄します」
魔宝石が溶けるように形を変える。
赤い魔宝石だったそれはもとの色なのか淡い水色に変わり、大きさも一回り小さくなった。
「どうだ? ケルト」
「……あれ?」
「どうした?」
「……戻らない。わたしの魔力、戻ってないっ!」
「なに?」
どういうことだ。
眉を顰めていると、さっきまで赤い色をしていた水色の魔宝石の中から精霊が現れる。
「共に囚われていた者よ、一つだけいう。私は双子。故に石は対となる。刻印の血涙と名付けられた私たちは、二つで一つの存在となる」
それを言っただけで、すぐに石に戻ってしまっていたが。
ああ、そういえば宝石店で僕は涙型の赤い魔宝石を探しているんだと言ったはずだ。
それで宝石店の店主は刻印の血涙の話をしてくれた。
涙型のはずだよな。
早く気付けばよかった。
「もう一つも譲ってもらえるように交渉してくる」
「ヴィオランお兄ちゃん。私も何か出来ないですか?」
「……僕のことを黙っていてくれればいい。話してはいけないことは、わかるか?」
「……ヴィオランお兄ちゃんが転移してることです」
「そうだ。他にも気がついたことがあれば、言わないでくれ」
「わ、わかったです」
「どうしても言いたくなったら、僕かディゼオに相談してくれ」
「はいです!」
「私のほうが相談しやすくない? なんで私は相談候補にならないのよ?」
ユリアが納得してないようだが……。
「ケルトに盗みのテクニックを教えているユリアを信用しろと?」
「な!? なんで知ってんのよ!」
「ここは僕の住処なんだから当然じゃないか」
「……怖いわね、ここ」
「二週間いるのになにを今更」
「もしかして、ミアナッシーク王国から私を殺せたりする?」
「この家にいるのなら、殺せる」
「き、気をつけるわ」
「ユリアって泥棒さんなのですか?」
「ち、違うよ?」
「悪いことはダメです!」
「私は良いのよ」
「神様が悲しむですよ」
「むしろ悲しんでほしいわ。私、親にさえ悲しまれたことないから一人くらいね?」
「わたしも悲しんでるです」
「ああ、もう可愛いわ! でもやめられないの。ゴメンね?」
「ケルト、ユリアのことも誰にもいうなよ」
イチャイチャするケルトとユリアを横目に、一言言ってからまたミアナッシーク王国に戻り、マーヤに会いに行った。
次話は6月20日投稿予定です




