酒を飲む白ローブ
トボトボとリエーナの酒場まで戻り、僕にしては珍しく酒を飲んで酔う。
僕はコツコツ頑張っていたのに、マーヤはなんであんな早く見つけ出せたの?
何したの?
魔法って感じではなかったけど……。
えぇー、なんで見つけだせたの?
もやもやするので可能性を考えるが、全く思いつかない。
魔法であれば納得できるが、魔力の動きがなかった時点で、魔法ではないことはわかりきっている。
じゃあなんだと言われたら、錬金術系の何かだろうか?
なーんか違う気がする。
「ニファン、どうしたんだ? そんなに飲んで」
リエーナが心配そうに声をかけてくる。
「魔法以上の謎にぶち当たった気分で、不愉快なだけ」
「そ、そうか? でもあまり飲み過ぎないでくれよ? 酒はあまり強くないだろう」
「大丈夫。思考が鈍ってきたらすぐに解毒の魔法を使ってるから」
「それ、酒飲んでる意味ある?」
「気分的な問題だ」
「よくわからんな。ほら、機嫌悪いニファンに私からのサービス。食べてね」
骨つきの肉を二本くれるリエーナ。
「優しいねぇ。流石リエーナだ」
「何言ってるんだか」
食べる気分じゃないけど、食べないのも悪いので早速一つ、食べ始める。
手が油で汚れるが、リエーナの店の料理は美味しい。
食べる気分じゃなかったのに、どんどん食欲が湧いてくるくらい。
「この白いローブはどうした? フードまで被って……。冒険者の仕事でもしていたのか?」
「いや、このローブは魔法道具で、今実際に使って不具合がないか確認中ってだけ」
盗聴なんてこと言ったら良からぬことをしていると言っているようなものなので、嘘をついておく。
「ほーん。相変わらず仕事熱心なことで」
「仕事熱心というわけじゃなく、魔法が好きなだけだ」
「そうだったな」
リエーナは何を思ったのか、俺のいるカウンター席の隣の席に腰掛けてくる。
「もう少し話をしよう」
「いいけど仕事は?」
「今は休憩時間ということにする。まだ混雑する時間帯でもないからね」
「そう」
「最近良く来てくれているが、探し物は見つけたか?」
「見つけたけど、人の持ち物になっていたから譲ってくれるよう交渉する」
「へぇ。ニファンも頑張ってるんだ」
「僕は頑張らなくても素晴らしい才能を有しているだろう」
「別に自分で言わなくてもニファンが凄いということは皆知っているだろう」
「そうでもないんだ」
「そうか? 結構有名だと思うんだけど」
「五の魔法使いという肩書きは有名だけど、僕の名前はあまり知られていないんだ」
「そういうものか」
「そういうものさ」
一呼吸置いて、またリエーナが話しかけてくる。
「そういえば最近この辺も物騒でね、泥棒が出るんだ。金をとられたり、高価なものが盗まれる」
「へぇ」
魔宝石は盗まれてないよな?
いや、ユリアがいたから盗まれたという噂は広がるかもしれない。
まあ、他にも泥棒がいるんだろう。
珍しいことじゃない。
「我らが主が悲しまれることをするなんて、本当に愚かだよ」
まあ、その通りではあるけど、世の中にはいろんな人がいるからなぁ。
食べるものがなくて仕方なく盗むとかよく聞くよね。
だからといって許されるものではないが。
「リエーナはそのままでいてくれ」
「なんだ、突然」
「僕が犯罪者になっても愚かだって叱ってくれそうだから」
「ニファンが犯罪を行うわけないだろう」
リエーナの信頼が、胸に刺さる。
もう何年も前から、幾度となく罪を犯しているのに。
「もしかしたら僕は、簡単に罪を犯すかも知れないぞ?」
「ないだろう。ニファンは優しい心の持ち主だ」
「魔法が大好きだから、禁忌の魔法を使って世界を滅亡へ追い込むかもしれない」
「……それはあり得そうだな。というか世界滅亡とかもう魔王だろう。絶対やめてくれよ?」
「やらないよ。僕も表舞台で生きていたい。でももうすぐ死ぬとかなら、禁忌の魔法使いまくりそう」
「私が止めるから」
「止められるものなら止めてみろ」
「……そう言われると止められる気がしない」
「比較的危険じゃない禁忌使うから大丈夫」
「危険だから禁忌となったのに、比較的もなにもないと思う」
おっしゃる通りで。
適当にペラペラ喋っていると、僕の肩を叩く奴がいた。
リエーナは不思議そうに、僕の隣の人を見ている。
僕も振り返ってみた。
エリックが何故か敵意むき出しで僕を睨んでいた。
王子サマがどうしてこんなところに?
疑問に思いながら見つめていると、エリックは話しかけてきた。
「お前、さっき俺たちをつけていただろう。マジナーサ様が魔法を感知していた」
あー。マジナーサなら魔法を使った時の魔力くらい感知できるか。
でも僕のことまで見つけるとはお見事。
探索の魔法を使って周りを確認する。
マジナーサとマーヤとスティナは店の外で待機しているようだ。
エリックだし、ある程度バレてもいっか。
でも驚かせたいなぁ。
人差し指を口の前に移動させて、リエーナに静かにするように合図しておく。
リエーナは真剣な目で頷いてくれた。
ではふざけよう。
「人違い」
「人違いじゃない。そのローブは目立つだろう?」
汚れもなく真っ白だからそりゃ目立つよな。
でも染めるのが面倒くさくてさぁ。
「顔を見せてくれないか?」
「嫌だ」
「では実力行使をしよう。もう一度聞く、顔を見せてくれないか?」
「ぼ……俺は結構強い」
「こちらも結構強いんだ」
「顔は見せない」
「……そうか」
無理矢理フードを取ろうとするので、手を使って剣聖に習った剣術で防ぐ。
剣聖って戦いに関しても気持ち悪いくらい凄かったからなぁ。
剣しか習ってないけど、それでもこの程度なら手で防げてしまう。
手を剣と見立てた剣術だ。
もう体術の分野な気がするけど。
「……お前、只者じゃないな? 何者だ」
「僕……俺はいずれ世界一となる男だ!」
「……ん? あれニファン?」
なんかバレてしまった。
僕が沈黙してしまうと、エリックがくすくす笑い出す。
「お前、なにやってんだよ! こんなん笑っちゃうだろ!」
「……なんでバレたの?」
「声の感じでニファンと似てるなとは思ったんだ。そして世界一になるとか言い出すのは、やっぱりニファンかなって思うだろう」
「なんということだ……」
これでは怪盗としてエリックに会ったらすぐバレるじゃん。
「で、なんでニファンはこんな早くこれたんだ?」
「……そっちはなんで早くこれたんだよ?」
「俺たちはマーヤのお陰で疲れずに、しかも速く走れるようになるから、それで頑張ってきた」
「馬車より速く走ってきたってことか?」
「まあそういうことだ」
「なにその超人」
「神の使徒は伊達じゃないってこと」
まあ、そうなんだろうな。
謎がまた出てきたが。
「で、ニファンは?」
「……これは国王に許可とらないと教えられないんだよね。だから帰ったらエリックは父親に聞いてみてくれ」
「わかった。それだけ重要なことなんだな」
「マーヤだけならいいんだけどさ」
「マーヤちゃんなら? それは父上に許可を取ってるのか?」
「取ってないけど、神の使徒ならいいんじゃね? しかも僕のお気に入りだし」
「えぇ……」
「でも知られるのはあまり良くないものではあるんだ。口外しないというのが最低条件」
「そうなのか。とりあえず帰ったら父上に聞いてみることにする」
「そうしてくれ」
「……なぁニファン。私が貸している部屋はそんな物騒なものになっているのか?」
リエーナが不安になったのか、そう聞いてくる。
「僕の防犯対策は完璧だから、僕以外には扱えない。もし僕以外が自由に使えるようになったら大変だってだけで」
「じゃあ大丈夫だね」
「ニファン、そちらの女性はどなたかな?」
エリックが珍しそうにリエーナをみている。
「彼女はリエーナ・ルジェンタ・ラブミッド。この酒場の店長だ」
ついでにエリックのことも紹介しておくか。
「で、こいつはアルファード王国の王子サマのエリックだ」
「お前、俺の紹介フルネームじゃないって雑だな」
「だってエリックだし」
それにエリックの名前はすでにリエーナは知っているんだ。
「噂のエリック王子か。ニファンが貴族らしくなって帰ってきたものだから驚いたが、あんたのおかげだつったんだよな。礼を言わせてもらおう。ありがとう」
「いやいや、俺が気に食わなかっただけだから。……それよりリエーナさんとニファンってどういう関係?」
「今にも自殺してしまいそうだったニファンを少しの間だけ家で保護したんだよ」
「僕は自殺なんてしない。あの頃は全てが憎かったけど」
「でも恩人と思ってくれているんだろう?」
「まあね。リエーナは魔法学園を紹介してくれたし、僕に希望をくれた人だから、恩人だよ。本当の家族より家族と思えるくらい」
「家族!?」
エリックが驚いたように大きな声を出すが、どうしたんだ?
「ニファン、まさか今まで色恋に興味ないと言っていたのはリエーナさんがいたからか!?」
まーたそういう話をする?
エリックは恋の話が好きだなぁ。
「違うから。リエーナは姉さんって感じだし」
「ニファンは魔法が好きすぎて、女の子に興味ないもんな。もう少し興味持とうね、ニファン」
リエーナが苦笑いしながら諭すようにいう。
「魔法以上に魅力的な女性がいないからな」
だが、魔法以上に謎の存在は発見してしまった。
マーヤだ。
スキルという謎の現象を解明して、魔法より素晴らしいものはないと証明したい。
もしくは魔法の一部だと認識したい。
もやもやして気分が晴れないんだ。
「魅力的な女性は沢山いるんだぞ? ニファンが魔法に執着しすぎなだけで」
リエーナがいうがぷいっとそっぽを向いてやる。
「魔法はなによりも魅力的さ」
「まあお前にとってはそうだろうが……」
「あーイライラする。なぁエリック、教えてくれ。マーヤはどうやって魔宝石を見つけたんだ? 僕でさえ五日かかったのに、僕の努力が水の泡じゃないか」
「それ、五日前にミアナッシーク王国に来ることが出来ていたって発言になるんだけど」
「あ? それが何? 来れてたけど文句あんの?」
「それこそ俺たちが頑張って走ってきた意味が消えるだろ」
「貴族と交渉するために頑張ったのに、僕いらない子じゃん。僕より神の使徒と王子サマと聖女サマのほうが交渉に応じるだろうしさ。この無駄な時間、僕の魔宝石を探す時間にしたかった」
「そ、それはすまん。でも今ニファンに教えるわけにはいかなくて……」
「もうエリックに魔法教えないからな」
「それは困る」
「せめてスキルという単語のことを教えてくれ」
「……話、聞いてたのか」
「ああ、聞いてた」
「……スキルっていうのは神の使徒が持つ、神の力の破片だ。マーヤは神の力の破片をいくつか持っている」
「魔法とは関係ない?」
「関係ない……とは言えない。宗教によって違うけど、魔法は神の力の破片に似ているんだ」
「どこがどんな風に似てる?」
「魔法は神の使徒の力の破片だと言われている。神の子である人は誰でも使えるのが魔法だ。神の使徒の力は、神の使徒しか使えない」
「スキルでは魔力を使わないだろう」
「そうなのか?」
「使った形跡がない。だから知りたいんだ。魔法に関係していたら、少しでも考察できている」
「そうか……じゃあ別の何かなのかもしれないな」
「仮に魔法だとしたら、魔法発動の条件に魔力の消費以外のものがあるということになる。こんなの知りたいに決まってるだろ」
「なるほど。魔力量の差だけで魔法の威力が決まるという常識が、覆るのか」
早くマーヤで実験したい。
そうすれば僕も強力な魔法が使えるようになるかもしれないんだ。
そうだとしても、魔宝石は取り戻すが。
「マーヤが仲間に誘ったら、しっかり仲間になれよ。そうすれば、そういうことについて調べ放題だ」
「……マーヤは仲間なんか集めて、なにすんの?」
「なにするんでしょう?」
エリックが意味深げに笑うが、どうやらその先は教えてくれないようだ。
仲間になるのは、嫌だな。
僕にはその資格がないと思うんだ。
……仮にマーヤの仲間になれば、今回のように魔宝石を探してくれるのかな。
見つけてくれるなら、リエーナを悲しませるような罪はもうしなくて済むが。
先に聞いておくか。
「マーヤは僕の魔宝石を探してくれるか?」
「探してくれる。でも今回のようにはいかないかな。探すものの名前がわかってないといけないから」
「そうか」
少しがっかりしたが、仕方ない。
「仲間になるかは考えておくけど、期待はしないでくれ」
「……わかった」
って、ちょっとまて。
探しものって人でも可能なのか?
だったら怪盗サーチはどうだ。
本名じゃないが、一応名前だろう。
探されたらまずい。
どうにか聞くか。
……でもどうやって?
「怪盗サーチは見つけられないのか?」
エリックが帰ろうとしてたので、慌てて口を開いたら、そのままの言葉が飛び出してしまった。
「ん? いや見つけられない」
「そ、そうか。怪盗サーチ対策部隊に協力してくれって言われて面倒くさいと思ってたんだが、無理か」
めちゃくちゃ適当なこと言ってしまう。
でも咄嗟に吐いた嘘にしてはなかなか良い答えだったと思う。
「無理だな。まあ犯罪者を捕まえるなら頑張れよ」
「捕まえるっていうか、魔法の分析とかだから戦うことはないと思うが」
なんとか不自然じゃないように取り繕えた。
「……ニファン、犯罪はやってないんだよな?」
取り繕えなかったのか?
それともリエーナとの会話を聞いていたとか?
若干焦りながらも答える。
「やってないよ。でも見つかったらヤバそうなことはしてるから」
「……そういうのやめろよ」
「やめるわけにもいかないんだ」
「なんで?」
「魔法のため」
「お前なぁ」
「禁忌の魔法の実験でもしてるんじゃない?」
リエーナが口を挟んでくる。
いや実際、禁忌の魔法調べたり、使ったり、改良したりしてるけどさ……。
「してるのか?」
エリックが聞いてくる。
「いやそのね? ちょっとだけだよ、ちょっとだけ。僕の魔宝石に関わることとかだからさ!」
「使ったのか?」
「まだ使ってない」
「まだ? 使う気なのか?」
「あー……どうかな?」
「これは監視しておかないとな」
「えー、そんなことしてる暇があるなら、剣の稽古でもしとけよ」
「ディゼオ先生に言っておく。監視が厳しくなると思うけどな」
そのディゼオも一緒に禁忌の魔法の研究しているんだがなぁ。
しばらく話をした後、エリックはマーヤたちの元へ戻っていった。
次話は6月13日投稿予定です




