例の貴族と使徒のスキル
そのあとはあまりお客さんが来ることもなく、のんびりとした時間が流れる。
といっても店主のカエルスはお客さんから来た手紙を読んだり、返信の手紙を書いたりと忙しそうだが。
しばらくして外にお昼を食べに行って、戻ってきてから一時間後。
やっと例の貴族がやってきた。
「お待ちしておりました。グレーン・コーン・ペキローザ様」
「この間仕入れると言っていた魔宝石はあるかね?」
「はい。ございます。持ってまいりますが、その前に一つよろしいでしょうか?」
「なんだね」
「……魔宝石、刻印の血涙が欲しいというお客様がおりまして、話だけでも聞いてくださりませんか?」
「……いいだろう。そいつはどこにいる?」
「こちらの方です。魔法使いでも有名な方らしくて、名前をニファン・ヴィオラン・アスタールさんと言います」
「どこかで聞いた名だな。……あっ」
貴族はなにかを思い出したようで顔色を変える。
そして警戒心を高めてしまったようで、鋭い目つきで睨まれた。
「ニファン・ヴィオラン・アスタール殿。なぜ刻印の血涙がほしいのか、まずは教えてくれるかね?」
「とある友達が刻印の血涙を探してるって言うから」
「その友達はなぜ探している?」
「知らないけど、その友達の子分の魔力に関係するようだぞ?」
そう言ってみると、動揺したように目を泳がせる貴族。
……こいつは、誰かの魔力が宝石のなかに入っていると知っているんじゃないか?
魔法組織デジメーションと繋がっている?
だとしてもなぜ、一度宝石店を経由して貴族の手に渡す必要がある?
直接影で売り買いしたほうが誰にも知られないし、安全だろう。
仮にこの店が魔法組織デジメーションに関連した店だとして……いやそれは考えられないか。
そうだとしたら、カエルスが無警戒すぎる。
勝手に店のもの弄ってもほぼ無視してくれるし、実際魔法組織が関わっていそうなものは出てきていない。
今まで尻尾を出さなかった集団なので、カエルスが俳優顔負けの演技を披露してるとかなら、話は別だが。
でもそれを疑ったら、全ての人が怪しくなる。
極端な例だと、ディゼオが魔法組織デジメーションの幹部でした、みたいな。
そんなことあるわけないけどね。
「……その友人を数字で表すとしたらなにになるかね?」
「もちろん、五と三だ」
「……五の魔法使いのうちの三ということか?」
「よくわかったね。数字だけで見破るなんて、あなたも天才!」
なわけない。
マジナーサの子分、ケルトのこと絶対知ってんだろ。
知っていなければ、すぐにその答えにはたどり着かない。
五と三で連想できるものなんてマジナーサ以外にも沢山あるだろう。
「だから譲ってくれると嬉しいな。もちろん金は払うよ? 金じゃなくて魔法道具がほしいならそれでもいいいし、五の魔法使いのサインがほしいとかいうならもらってこよう」
「私は五の戦士のほうが好きでね。剣聖のサインをもらってきてくれるなら考えてもよいぞ?」
「マジで? 僕って剣聖の一番弟子なんだよ。余裕でもらって来られるからあなたの住所を教えてくれ」
全く持って余裕ではないが、あの海パン野郎なら問題なくサインをくれることだろう。
本当は近寄りたくないが、ケルトの魔力を取り戻すためだ。
我慢できる。
「……わかった。話し合ってみようか。もし私が納得できないような条件であったら、譲らない」
「いいよ。空いている日時を教えてくれ」
こうして約束を取り付けることに成功した。
人脈と金と魔法でごり押した気がしなくもないが、結果オーライ。
剣聖にサインは…………うん。
まずは剣聖の魔力の波長をブロックする結界を張れる魔法道具を作ろう。
そうすれば剣で切りかかってこない限りは、剣聖に触れられずに済むはずだ。
とりあえず剣聖ブロックシールドの作成を最優先にしよう。
予定が決まった。
交渉相手の貴族、グレーン・コーン・ペキローザの住所をメモしたので、帰ろう。
「じゃあグレーンさんもカエルスもまたね」
手をヒラヒラと振って、店からでた。
……一応魔法組織デジメーションがこの店に関わっているかもしれないので、盗聴の魔法道具をあちこちに取り付けておいたんだけど、気がつれないだろうか?
気がつかれたとしてもそのときはそのときだ。
盗聴の魔法道具と連携しているフードのついた白いローブを羽織る。
そしてフードを被って、フードから小さな音で聞こえてくるグレーンたちの話を盗み聞く。
「……カエルスさん。法王から預かり売った魔宝石を自慢をするのはかまわないが、形や色、名前を教えるなと言ったはずだが?」
「いえ、私は教えていませんよ? ニファンさんが刻印の血涙の姿形をお教えくださったので、それに該当する魔宝石を答えたまでです」
「何? 赤い雫型の魔宝石は滅多にないものなのに、どこでこの情報を知ってこの店を訪ねたんだ……」
「ご友人に聞いたのでは?」
「その友人も知らないはずなのだが……いや、こちらの話をしても無駄だな。それより予約していた魔宝石だが――」
それからは普通の会話になってしまった。
もう少し話してくれるかと思ったのに。
でもこれでカエルスは関わっていなさそうだとわかった。
今後も魔法道具をこの店に流していこう。
適当にぶらぶら歩きながら盗聴していると、聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
「へぇ。初めて来たけど、神聖ミアナッシーク王国って不思議な国だね」
ここで会うなんて早すぎる。
だから彼女の声につい振り返ってしまった。
マーヤ・レイザンガリフ・カワシロ。
なぜここにマーヤがいる?
僕の家を出てから一週間しか経っていない筈だ。
急いで来ても、そこまで早くは来れないだろう。
一体どうやって?
マーヤの周りにはエリックとマジナーサとスティナがいて、楽しそうに会話をしている。
今すぐ問い詰めたいところだが、それはダメだ。
エリックとマジナーサとスティナには、転移の陣の存在は秘密だから。
エリックは次期国王なので話しても良いかもしれない。
だが僕のライバルであるマジナーサと、その子分でもあるスティナには話したくない。
今ここで彼らを問い詰めると、僕もどうやってこの国に来たのかを問い詰められるから、話しかけるのはやめたほうがいい。
「じゃあ早速、刻印の血涙を探すね」
ただし、尾行するし、話も盗み聞きする。
離れていても音が聞こえるように、魔法も使って。
「スキル『情報検索』刻印の血涙の位置を教えて。……あっちだって!」
「便利だよね。マーヤのスキル」
「いくらなんでもズルすぎませんか?」
マーヤ、エリック、スティナが言っている。
マジナーサは付き添っているだけのようだ。
……というかスキルって何?
謎の言葉に困惑しながらついていく。
ゆっくり観光しながら魔宝石を探しているようだ。
数時間後、マーヤたちはなんと、僕が五日くらいかけて探した魔宝石を一日で見つけだし、貴族の家まで乗り込んだ。
家の中に上がって、交渉もその日のうちにやるようだ。
な、なんだこの敗北感。
……とりあえず、マーヤたちはマーヤたちで頑張っているようだ。
次話は6月6日投稿予定です




