お客さんを忘れなければ
しばらくすると別のお客さんがやってきた。
カエルスはまだ接客中だ。
「あの、お店の方でしょうか?」
お客さんがカウンター側にいる僕に聞いてくる。
話し相手くらいならできるかな。
「いらっしゃいませ。私はこの店のお手伝いをしている者ですよ」
「あっ、じゃあ結婚指輪をプレゼントしたいのですが、何か良いものありますか?」
「良いもの……因みに指輪につける宝石は、宝石か魔宝石どちらがお好みですか? 色などはどうします?」
「えっと……出来れば魔宝石で、色は透明か淡い色のもので」
「かしこまりました」
この店にあった魔法道具の指輪と僕が渡した指輪を何個か手にとって、お客さんの前に置く。
「こちらは手動で結界を発動出来る指輪になり、お値段は一番お安くなっております。こちらは危険が迫れば自動で結界を発動しますが、魔宝石が小さく数も一つなので二、三度結界を張ってしまうと魔力の補充をしなければ使えなくなってしまいます」
安い順にそれぞれ紹介していく。
「最後にこちらですが、手動と自動の両方の切り替えが可能となっており、魔宝石の質がよくたった一つの宝石でも結界を何度でも張れる魔力を宿しております。よほど強い衝撃を結界に与えなければ百回張っても持つでしょう。サイズも指に合わせて自動で調節してくれますよ」
「す、凄いですね」
「そうでしょう? ですがその分お値段がお高くなっております」
「少し見せていただけますか?」
「ええ、どうぞ」
指輪をみていたお客さんが宝石を覗き込んだあと固まった。
「……あ、あの、これ、ニファン様のサインが入っているんですけど」
「はい。こちらニファン様の作品となっております」
ニヤニヤしそうになりながらも、それを隠して爽やかな笑顔を保つ。
「そ、そりゃ高いですよね。しかもこんなにも高性能……これは買えませんね」
「店主と値段交渉すれば、もしかしたら買える可能性があるかもしれませんよ?」
「いやいやいや」
「私が交渉をしましょうか?」
「……お店の人なんですよね?」
「実は私も客なんですけど、暇なので手伝ってます」
「は?」
丁度最初のお客さんの接客が終わったカエルスが僕の側まできた。
「ニファンさん! なに勝手に接客してるんですか! 見てましたよ!」
「まあまあ落ち着いて。僕は仕事を完璧にこなしてただろう?」
「……確かにしっかり接客出来てはいましたが」
「……あなた、ニファンという名前なんですか? え? 待って待って」
お客さんが凄く混乱している。
この店主がおかしいだけで、普通に僕が五の魔法使いってわかるよね?
僕の名前聞いてから一週間たって、なんで僕の正体に気がつかないのか。
「えっと……ニファンさんって結構有名な方なんですかね?」
店主が首を傾げてる。
お客さんは目をまんまるに見開いて、ありえないものを見たような顔をした。
「あの、ニファン・ヴィオラン・アスタール様を知らないんですか!?」
「え? し、知りませんが……。ニファンさん有名なんですね」
「魔法使いの間では結構有名なほうだと思うけど、気にしなくていいよ。魔法道具は副業だから、一般的な魔法道具よりちょっと高く売れるくらいだし」
「ニファン様の金銭感覚どうなってるんですか……?」
僕はニッコニコと笑いながら店主には聞こえないよう、魔法を使いながらお客さんに囁く。
「彼は僕のことを知らないから、僕の魔法道具の価値も知らない。つまり安く売ってくれる最高の店! というか、安く売ってほしいんだよ。マジで。金がありすぎて消費しきれないから」
「そ、そういう理由ですか」
「今のうちに買っとけって。指輪以外にもあるからそれの一番安い僕の作品買って売ったら最低でも億が手に入るから。そして奥さんやお子さんにいい思いさせな。でもしっかり貯金もしてね? いきなり豪華な何か買うなよ? 最後借金まみれになるから」
「は、はい」
「金はどう? 沢山持ってきた?」
「全財産持ってきました」
「いいね」
「……詐欺じゃないですよね?」
「違う違う。僕とあの下等な奴らを一緒にするな。信用できないなら今からこの国の王サマ……じゃなく隣国の王サマのところいく? 会わせてあげるよ?」
「か、勘弁してくださいよ!」
この国の王は法王なので会いたくない。
危なかった。
でもお客さんは王サマに会いたくないようだ。
まあ面倒くさいよね。
とってもわかる。
あんまり会いたいとは思えないよな。
「なにコソコソ話しているんですか?」
店主が言っている。
店主には今後も魔法道具をプレゼントする予定なので問題ないだろう。
話の内容が店主には聞こえないようにしていたので魔法を解除する。
それから王様に会わなくても信じてもらえるように、ポケットから魔物の血液とペン、魔宝石、あと蓋のついた箱を取り出した。
「お客さん、しっかり見てて」
蓋の裏と箱の内側に魔法文字を描いていく。
異空間収納の陣と鍵の陣だ。
鍵をあける際は呪文と蓋の上に書いた魔物の血の線をなぞって解除するように設定しておく。
「ほい完成。見てみて」
「……」
お客さんが僕の今作った魔法道具をしっかりと見てくれる。
「……すご、今作ったとは思えないです……」
「僕って本物だろ?」
「本物ですね。この魔法書にサインください」
「いいよー」
魔法書に空白のページがあったので、このお客さんは自分で魔法書を作る魔法使いのようだ。
パラパラと魔法書を見てみる。
攻撃系の魔法が多いから、冒険者か魔導師か。
魔導師は国に使える魔法使いのことで、兵士や騎士みたいなものだ。
防御系の魔法に苦戦しているようで、防御系の魔法陣には沢山の書き込みがある。
ついでにこういう防御系の魔法陣もあるよって、描いておこうか。
サラサラっと魔物の血液で描いていく。
普通のインクではこれがどんな魔法か、ポイントはどこか、これの改善点、最後に応援のメッセージとアドバイス。そしていつもの魔法道具に書いているようにサインした。
「はいどうぞ」
「ありがとうございま、す……。え、これ、いいんですか!?」
「このくらいならうちの学校で、タダで行ってる体験入学でも教えてるからいいんだよ」
「あ、ありがとうございます! なんかニファン様のイメージと違くてびっくりです」
「え?」
「紳士的なんですがそれと同時に冷徹な人で怖いってイメージでした」
「なにそれ。僕ってとってもフレンドリーで誰よりも素晴らしい魔法使いだよ?」
「やはり噂は噂なんですね」
「そうそう。今日は僕が世界一素晴らしい魔法使いと覚えて帰ってね」
「……え?」
「ん?」
「世界一はエドモンド様では?」
「うん。今はね。でも僕は魔法王より素晴らしい才能があるから、いつかは魔法王になる。僕は天才なんだ」
「……あ、その、またイメージが変わりました」
「なんで!?」
問い詰めようとしたが、カエルスが僕の言葉を遮り商談に入ってしまった。
お客さんもそれに乗ってるし。
まあカエルスも仕事で、お客さんも何かを買い来ているわけだから、いいんだけどさ。
やることがなくなってしまったので、この店にもともとあった魔法道具の改良をしておく。
指輪の面積は小さいから一つの魔法陣、かなり頑張って二つの魔法陣が書けるだけなので、あまり高性能にはできない。
魔宝石を埋め込むにしても、小さめのものを用意する必要があるし、そのだけ魔力量は低くなるから沢山魔力を使うことができない。
出来るだけ長く使えて高性能にしたいんだが、なかなか難しいなぁ。
「あ、あの、こんなに安くて大丈夫ですか?」
お客さんが僕が作った一番安い指輪の魔法道具を指差して言っている。
「大丈夫ですよ。むしろ高くないですか?」
「そ、そうですか。本当にニファン様のこと知らないんですね……」
「ニファンさんそんなに凄い方なのですか?」
「そりゃあもう、魔法使いの憧れみたいな……。まあいいです。安く買えるなら」
「この指輪は対になっているので結婚指輪としては素晴らしいと思います」
「あとついでにこちらのネックレスもください」
「ありがとうございます」
お客さんは僕のアドバイス通り安いうちに僕の魔法道具を買ったようだ。
ネックレスは売るのだろうか?
それとも結婚相手にあげるのだろうか?
どちらでも構わないんだけどさ。
金を払って、お客さんはるんるんで僕の前にやってくる。
「ニファン様、今日はお会いできて嬉しかったです」
「僕もなかなか楽しかったさ。なによりも安く売れたのが大きいよ。このままこの店で安く売り続けてほしいな。オークションだと酷いもんだから」
「そうですね。ではさようなら。また会うことがあれば、今度は魔法を教えてください」
「いいよ。なんなら結婚式に呼んで?」
「いやいやいやいや。流石にそれは」
「用事があれば行かないけど、暇なら行ける」
「……ほ、本当に呼びますからね?」
「君を忘れてなければ行く」
「では、名乗っておきますね。私の名前はデュタール・ジェント・バルコニス、日程が決まり次第招待状を送りますから!」
「忘れないよう頑張る」
「ではまた会いましょう。さようなら!」
上機嫌で店を出て行ったお客さん。
有意義な買い物が出来たようでなによりだ。
次話は5月30日投稿予定です




