剣聖
それからもきっちりかっちりディゼオが話を進めていくが、僕がじっとしていられないせいで度々話が脱線してしまう。
会議は予定より大幅に遅れて終了した。
毎年戦術祭では見てるだけだったが、たまには提案してみるものだな。
幻影魔法の劇が行われることになったみたいだし。
幻影魔法を使って思い通りのものを人に見せられるように開発するか。
といっても似たような魔法はある。
転移魔法の設定を操作するための画面が、幻影魔法の応用で作られているからな。
あれは静止画だったから簡単だった。
だが動くようにしなければならないとなると、さて、どうしようか。
今からワクワクしちゃうね。
今から魔法道具を作るのもいいが、たまには自分以外から魔法について聞いて視野を広げたいかな。
マジナーサは意味不明すぎて視野を広げるどころではないので、除外するが。
せっかくだし、さっきの緑髪のメガネ女教師の授業でも見に行こうか。
というか、あんな先生いたっけ?
いなかったような……。
去年いたなら、ディゼオと僕の仲のよさに驚いたりしないだろうし、今年きた先生か?
全ての教職員を把握しているわけではないので、憶測になるが。
ディゼオから緑髪の女教師、マルネミック先生の担当授業や教室を聞いてから、別行動となる。
マルネミック先生の授業は朝八時から魔剣士の育成で、場所は第三グラウンド。
この学園は広いので、移動が大変だなぁ。
僕の場合は中央校舎内で授業が出来ることが多いし、僕の研究室も学長室も同じ校舎にある。
グラウンドを使う場合も、校舎を出てすぐの中央グラウンドでいいんだけど……。
こんな遠いんじゃ先生も生徒も大変だ。
転移魔法があったら良いけど、今は発表出来ない。
軍事に使われる可能性と、僕の正体がバレる危険性があるからな。
たらたら歩いて第三グラウンドまで来た。
もう授業は始まっていて、生徒は剣を持って素振りしている。
魔剣士だから、もしかしたらユリアが取っていた学科の中にこの授業があったかもな。
どうでも良いことを考えながら、ぼーっと生徒たちの素振りを見とく。
頑張ってるなぁ。
何人か、魔法道具に改造した剣を持っているようだ。
あとは剣ではなく槍や弓など色々な武器がある。
魔剣士といっても、剣士だけではないということだ。
魔法と武器を同時に使って初めて有名になった人が剣士だったため、魔剣士と言われているがな。
生徒たちを見て感心しながらマルネミック先生の隣にやってきた。
「やあ、頑張ってるね」
「に、ニファン先生? 何故こちらに?」
「たまには別の先生の授業を見学しようかと思って」
「はあ……ニファン先生の授業は大丈夫なのですか?」
「十時に授業だから、あと二時間暇がある」
「そうですか。ニファン先生にはあまり面白くもない授業かと思いますよ? 魔剣士は魔法も使いますが、前衛職となるので基礎として武器の扱いに慣れなければなりません。ほとんど素振りや武器だけを使った手合わせです」
「ふーん。確かに僕が興味を持てなかったものの詰め合わせみたいなことしてるんだな」
「それでも剣士ではなく、魔剣士になりたいのが彼らですので」
「魔剣士は出来たらかっこいいけど、相当努力しないと器用貧乏になるよね」
「そうですね。ですが今年は凄い逸材がいます。最近努力をせず、天狗になっている節がありますが、それをやめて努力を続けられれば、相当強い魔剣士になるでしょう」
「努力しないなら意味なくない?」
「……そうなんですよね。でも、もうすでに彼は私を超えていますので、私が言っても説得力がないんですよ」
深いため息をついて悲しそうにしているマルネミック先生。
……少し頑張ってみるか。
「暇だし俺がその生徒を教育しよう」
「魔法でねじ伏せるのですか? 意味ないと思いますよ? 魔剣士でないと素直に認めません」
「先生こそ僕を舐めないでくれないか? 僕は全てにおいて魔法を極めている。だからこそ、五の魔法使いになれたんだ」
マルネミック先生の腰に差してあった剣を引き抜く。
「これ借りるね。で、その生徒はどこにいるのかな?」
「えっと……あ、あそこでサンドイッチを食べている生徒です」
先生が指差したのは、グラウンドの隅のベンチ。
それでは行こう。
歩いて生徒の前に来た。
サンドイッチは食べ終わり、怪訝そうに僕を見つめている彼。
白い髪に金の瞳となかなか不思議な外見をしていた。
金の瞳という点は僕と同じか。
僕の場合、髪も目も全て金なのだが。
ああ、金というと怪盗衣装も金だった。
金色が大好きな人みたいで嫌なんだけど、金ぴか衣装は改良して良い魔法道具になったから、今は色は気にしてない。
いや、派手だからたまに気になるけどさ。
「なんだよアンタ」
「ニファン・ヴィオラン・アスタール。五の魔法使いにして、最終的には魔法王になる男だ」
「先生かよ。オレを注意しにきたのか?」
「いや、手合わせをしにきた」
「先生って魔法のプロだろ? オレ魔剣士だぜ? 剣で戦えんの?」
「それは君の目で確かめればいいことだ」
「いいぜ。五の魔法使いを負かしたとなれば、オレの知名度も上がるってもんよ!」
ということで、僕たちはグラウンドの真ん中でまで移動し対峙した。
「ちょっとニファン先生! 大丈夫なんですか!?」
マルネミック先生が心配してくるが、何も問題ない。
ちょっとした運動に丁度いいだろう。
「ニファン先生、魔法は無しだ! アンタに魔法使わせたら流石に勝てねぇ」
「いいよ。どうせ君は負ける」
「剣なんて持ったことないんじゃねぇの?」
「いや、僕の親の方針が剣で、本当は剣士になる予定だった」
「……なるほど、舐めてかかると痛い目みるか。でも、魔法使いを名乗るってことは剣の才能がなかったんだろ?」
「僕の家系は魔法使いだが、僕の魔法の才能の無さに剣士にさせられそうになった。僕はそれから逃げるために家を出て、魔法使いになったまでだ」
「才能ないのに魔法使いになったのかよ……」
「ああ、僕は天才だからな」
「……じゃあ、本気でいかせてもらうぜ」
「そうしてくれ」
チラリとマルネミック先生を見る。
諦めたような顔をした先生が僕を見て、またため息をついた。
そして一歩前に出て真面目な顔をする。
審判をしてくれるようだ。
じゃあ剣を構えよう。
剣の刀身が僕の視界に入る。
ああ嫌だなぁ。
まるで剣士になったみたいだ。僕は魔法使いなのに。
でも有望な生徒がこのままダメになっていくのは見過ごせないしなぁ。
……頑張ろう。
「試合開始の合図をします。用意はいいですね? ……始め!」
白髪生徒が開始とともに距離を詰めに走ってくる。
僕は動くことなく、生徒を見つめていた。
剣聖の教えは斬って斬って斬りまくれ。
故に防御の剣はほとんどない。
防御したとしても必ずカウンターを放つ技しかない。
冒険者時代に、防御の剣を剣聖以外に教わったことはあるから使えないわけではないけど。
「オラァァアア!」
だから白髪生徒のこの攻撃は、剣聖の教えに従うのなら回避。
もしくは、攻撃ということになるだろう。
最近、剣は使ってないから攻撃で防御することはできないかもしれないな。
でも難しいほうを取る。
「ハッ!」
白髪生徒の剣が僕の攻撃範囲に入ったところで剣を振るった。
斬ったか?
……否、斬りそこなった。
昔は剣くらい余裕で斬れたんだけど、鍛錬してないから腕が落ちるのは仕方ない。
でも剣の軌道をそらすことに成功したし、剣にはヒビが入った。
それと今の一振りでなんとなくコツを思い出したぞ。
次は斬る!
一歩踏み込んで生徒の剣を見据える。
生徒は目を見開き、慌てたように剣を防御の形に構えた。
剣もたまには面白い。
これをずっとやるのは無理だけど、娯楽としてはまあまあいい。
ニヤリと笑いながらそんなことを思った。
僕は容赦なく生徒の剣に向かって、僕の手に持つ剣を振るう。
キンッと甲高い金属音がなった。
生徒の持つ剣の刀身が、光を反射しながは落ちていく。
グサッと鈍い音を鳴らして地面に突き刺さった。
剣は斬った!
でもまだ剣の刀身は半分残っている。
その半分も持ち手に繋がる根本から斬ろうか。
「あ、アンタなんなんだよ! 剣斬るって、剣聖様みたいなことすんじゃねぇよ!」
焦った生徒がいうが……ああ、知らないのか。
まあいいや。
知らないほうが、努力する気になるだろう。
「剣聖は魔法さえも斬るらしいから、魔法専門の僕では相手にならないと思うぞ?」
「このバケモノがぁああ!」
バケモノってひどい。
それくらい強いってことだから嬉しいっちゃ嬉しいけど。
生徒は刀身が半分になった剣をデタラメに振るうので、さっさと剣を斬って、落ちる途中の刀身を更に細かくしておいた。
落ちた時にはサラサラの砂鉄だ。
生徒はガクリと膝をつき、粉々の刀身を見つめていた。
ちょっとかわいそうだ。自分でやっといてなんだけどさ。
「まあ、僕相手によく頑張ったと思うよ? これからも頑張って鍛錬すれば、僕を超えるくらい簡単だって。剣を弁償してほしかったら言ってくれ。好きな剣を買ってあげるから」
それから僕は剣をマルネミック先生に返した。
ちょっと疲れたな。
座って授業の見学をしようと思い、マルネミック先生に話しかけようとする。
でもそれを遮る者がいた。
「ニファーン? 元気そうだナァ?」
ぞっとするような声が聞こえてきた。
この喋り方は聞き覚えがありすぎる。
剣聖、だろう。
いやいやここ魔法学園だし剣聖いるわけないじゃん。
こんな僕が剣で戦っているという超貴重なシーンでタイミングよく現れるわけがない。
……でもアイツ神出鬼没だからなぁ。
いない、いるわけない、いたら絶対おかしいという場所に当然のようにいるとかよくあった。
勇気を振り絞って声が聞こえた方をみる。
剣聖がいた。
マジでなんでここにいるのか教えてほしい。
相変わらず海パン姿の変態野郎だし……。
腰には十本以上の剣と、沢山のナイフがぶら下がっている。
流石に剣聖をなのるだけのことがあり剣を愛する姿勢が現れているが、それ重くないわけ?
「やっぱ剣も使ってくれてんじゃねぇカァ。ふははハ。流石天才を名乗るだけのことはあるナァ!」
「僕が天才なのは魔法だ。剣じゃない」
「そんなカタイこというなヨォ! オレらのなかじゃねぇカァ。オレが言うんだから天才なんだヨォ!」
「黙れ」
「冷てぇナァ。それでこそニファンだがナァ!」
僕の肩に腕を回して引き寄せ、べったりくっついて体を僕に擦り付けるようにしてくる。
そして楽しそうにケラケラ笑うクソジジイ。
やめろ。変態が移る。
「剣聖、純白で穢れのない美しい僕に馴れ馴れしく触るな」
穢れのないは言い過ぎだと思うが、触らないでほしい。
「十三年ぶりの再会だゼェ? もっと喜べヨォ」
「嫌だ」
「なになにどうしタァ? そんなまーるい口調になっちゃっテ。昔なら喜ぶわけねぇだろ! とかもっと食ってかかったのにヨォ。剣の稽古の時だってゼッテェやんねぇって駄々捏ねたり、オレに向かってクソ海パン野郎って罵ってきたりしたのにナァ」
「うるさい」
「かわいくねぇナァ。オレはオマエに会ったせいで変わったゼェ? 剣を教えんのが楽しくて仕方ねぇんダァ」
「だから道場を開いたのか」
「知ってくれてんのかよこのツンデレェ! ニファンテメェかわいいじゃねぇカァ! こんちくしょウ!」
ちょんちょんと僕の頬を突いてくる剣聖。
そして僕の背中をすーっと撫でてきた。
気持ち悪さに身震いしそうになるが、なんとか抑える。
マジでベタベタくっつかないでほしい。
「でもヨォ。オマエ以上に剣の才能あるやつが見つかんなくてヨォ。ニファンならオレの全てをそのままモノに出来んのに、なーんで魔法なんダァ?」
「剣より魔法が好きだから」
「魔法極めたら剣も極めようゼェ? いつでも待ってるゼェ!」
「待ってなくていい」
「剣を極めなくても力は貸してやんゾォ? 気にくわないやつがいれば斬りまくってやんヨォ!」
「気にくわない奴は爆発させて原型を留めないほどぐちゃぐちゃにするから問題ない」
「そっカァ。オレも最近魔法を学んでるんだが、なかなか難しいのナァ。ニファンが剣に興味を持ってくれるように、オレも魔法を頑張るゼェ」
「好きにすればいい」
今度は頬をするりと撫でられた。
虫唾が走るが我慢して撫でられておく。
逃げだそうとすると剣をぶっ刺してくる危険人物だからだ。
剣聖の持つ回復の剣とかいう剣の仕事放棄した剣があるから、腕や足などを刺すくらいなら躊躇がないし。
「剣の習得しに来てくれヨォ」
「嫌だっていってるだろ」
「ああ、そういうツンケンしてるところも愛してるゼェ! ニファン!」
剣聖の手が肩から腕にかけてするすると下りていき、ケツをパンッと叩かれた。
そして剣聖は僕から離れるとニッコニコの笑顔で手を振りながら立ち去る。
……。
…………。
……………………いなくなったな?
うっわぁぁあああ、気持ち悪かったぁぁあああ!
なんだあれ、なんだあれ。
子供の頃は意味もわからず気持ち悪い触り方してくるなと思ってたけど、今になってわかる。
アレはやばい。
多分剣が好きじゃないのはアイツのせいでもあると思うんだ。
あの気持ち悪さを思い出さないようにしてたし、だから剣もあまり使わないようにしてたのに、なんで現れるのかっ!
全身鳥肌立って、気持ち悪さに吐き気がしてくる。
「あ、あの、ニファン先生?」
「まるねみっく先生。あのきもちわるいジイさんが、なぜここにいるのかしっていますか?」
「確か戦術祭のゲストとして剣聖様をお呼びしていると聞いていますが……」
「げすと……」
また会う可能性があるということか?
「それよりニファン先生と剣聖様ってどんな関係ですか?」
「……僕は剣聖の一番弟子なんだ。それだけだ」
「そうだったんですか!? でもかなり気に入られていましたものね。ニファン先生の剣も素晴らしい腕でしたし、なるほど、納得です」
「あの変態にはもう会いたくない。今すぐ服を洗濯して風呂に入りたい」
「そ、そんなにですか?」
「見てなかったのか? 喋り方、変な手つき、ナニかを狙うような目、気持ち悪くてもう家に帰りたいっ!」
「でも授業があるんですよね?」
「ああ、そうだった……。ディゼオに剣聖が僕のところに来ないようにしてって伝えとかないと……」
「今は行かないほうがいいかと。剣聖様は学園長先生にお会いに来たのでしょうし」
「そうか……」
後でディゼオに文句言わないと……。
剣聖をこんなキャラにするつもりはなかった。
孫溺愛してるけど、時代遅れな思考をする爺さんのつもりだったのに、なぜこうなった?
本当はここで剣聖を出すつもりもなかったんですけどね。
でも出てきてしまったので相当出たかったのでしょう。
剣聖よ、イメチェンしてまで作者の脳内で暴れないでもらおうか。




