魔宝石が好き
リエーナの酒場の二階にある転移の魔法陣から家に帰ってきた。
ディゼオはまだあの部屋にいるだろうか?
ケルトのために書いた魔法陣の部屋に入ってみる。
魔法陣の真ん中に立つケルトと目が合った。
「やっぱりヴィオランお兄ちゃんです!」
「ケルトちゃんはもう魔法のコツを掴んだみたいだ。凄いだろう?」
ケルトとディゼオが僕を見ながらいう。
どうやら魔法で僕が帰って来たことがわかったようだ。
まだ一日目なのに魔法に振り回されず、しっかりとコントロール出来ているのか。
凄いけど、僕のほうが凄いよ。
それよりも言うことがある。
そのために帰ってきたのだし。
「ディゼオ、報告だ。ケルトの魔宝石らしきものの持ち主と交渉することになった」
「なに? 早すぎないか?」
「僕は天才だからな。ただ宝石をこの目で見てないし、ケルトの魔宝石か確証はない。仮にケルトのものだとしても、交渉して譲ってくれるかどうか……」
「……まあそのときはそのときだ」
そのときが来る可能性があるなら、他の人たちに交渉については話さないほうがいいか。
ケルトには聞かれてるけど、どうにかして黙らせよう。
「ディゼオ」
「ああ、わかってる。秘密にするぞ。ケルトちゃんのことは任せろ」
ディゼオもケルトに他言させないようにしてくれるのか。
それなら安心だな。
「僕は交渉に失敗したときのために、魔宝石の在り処を探しておく」
「おう。よろしくな」
二人と別れてまたリエーナの酒場の二階に転移してきた。
また魔宝石を探すことになるが、まずは王都とは反対側に向かって探していこうか。
一階に降りて厨房を突っ切って進む。
「あ、ニファン。丁度いいところにいるじゃない」
リエーナがそう言っての胸ぐらを掴み引っ張っていく。
リエーナは乱暴だなぁ。
「ニファンにもらったコンロだけど、火がつきにくくなってきてね。直してくれる?」
「どのコンロ?」
「今スープを煮込んでいるあのコンロだ。つくにはつくんだけど、突然火が消えることもあるからね」
僕の魔法道具なので、さっさと直して元気になってもらいたい。
とりあえず簡易コンロを取り出してこっちで料理してもらおう。
「これを使ってくれ。その間に直す」
「わかった。マイケル、少しの間スープはこれで作ってくれ」
不調らしいコンロの点検を行う。
魔法陣を見てみるが、特に消えたりしてないし問題なさそうだ。
ちょっとした改良をしてから別のところを見る。
魔宝石も問題ない。
少し魔力が減ってるので補充しておこう。
あとは火をつけるためのスイッチと魔法陣の接続部分か?
魔法陣から伸びる魔物の血で書かれた線が、しっかり火をつけるスイッチまで伸びているか確認する。
あー、少し掠れてるかな。
これが原因か。
掠れてる線の上に太めの線を描く。
これで火をつけてみると、普通についた。
線を太めにしたから少しくらい掠れても問題なくなるだろう。
火の大きさを変えたりとしばらく確認したが、やはり問題なかった。
「よしリエーナ、出来たぞ」
「相変わらず早いね。この間魔法道具修理師に見てもらったら、原因がわからずお手上げだって言ってたんだけど」
「魔法道具の修理しかやらない人は、基本的に魔法陣を直す人だし、ほとんどの人があまり細かくは見てくれないね。魔法道具を作る人のほうが構造を理解してくれる。まあ人によって個人差はあるし、良いところは料金も割高になるだろうけど」
「なるほどねぇ。お代はどうする? 夕飯をここで食べるのなら無料で料理を出すけど」
「あー、じゃあここで食べようかな」
「わかった。用意しておこう」
ポケットから時計を取り出す。
六時か。
もう飯食う時間帯だな。
でもまだ外は明るい。
……時差だな。
転移の魔法陣を使ったからこういうのは仕方ない。
普通に徒歩で来れば一ヶ月くらいかかるのに、一瞬でここまで来たら太陽より早く移動してしまうわけだし。
「リエーナ、今何時くらいだ?」
「ん? 五時くらいだな」
「もう飯食うよ」
「わかった。夜に腹が減ったら簡単なものを作るし、そのときは言っておくれ」
「はーい」
料理が出来るまで他の客と一緒にカウンター席で待っていることにする。
待ってる間、暇だ。
魔法を作ったりしたいけど、こんなところでやるのはなぁ。
「あなた見ない顔ね」
隣に座った女性が僕のほうを向いて話す。
ナンパだろうか?
まあ僕は自分で認めるほどの美人だから、お近づきになりたいという気持ちもわかるけど。
ちらりと女性を見てみると、がっちりと鎧を着た冒険者のようだった。
「これでも昔はよくこの店に顔を出していたんだが、最近は忙しくてね」
少しの間だけど、毎日ここで手伝いをしていたから嘘ではない。
初対面でその辺のこと話しても仕方ないし。
今はアルファード王国で教師をしているし、怪盗サーチ関連でも色々してるからあんまりこっちに来れないので忙しいっちゃ忙しいよね。
法王と宗教があるから行きたくないというのもあるが……。
「あらそうなの? 私は五年くらいここに通っているのにわからないなんて」
「僕がこの国を出たのが約十三年前だから知らなくて当然じゃないか?」
「そんなに前なの?」
「たまにこの国に来てるけど、それも七年くらい前じゃなかったかな?」
魔法陣を設置して、コンロや冷蔵庫を僕の魔法道具に取っ替えたのが確かそのくらい前?
あんまり覚えてない。
あのころは全てが憎かったからな。
今は僕は憎まれる側になったから結構余裕があるが。
「へぇ、どこの国で働いてるのかしら?」
「アルファード王国。世界一の魔法学園がある国だ」
「あらまあ。私、その学園の卒業生よ。といっても落ちこぼれで、冒険者をやるのも苦労してるけど」
「ふーん」
「興味ない? じゃあこういったら興味持ってくれるかしら? 私、五の魔法使いのうちの五。ニファン・ヴィオラン・アスタールと同じ年に卒業したのよ?」
「へ?」
僕と同じ年に?
こいつ僕が誰か知ってて話してるのかな?
彼女をじっと見てみるが、僕がそのニファンだとは気づいていなさそうだ。
「といっても知り合いじゃないわ。ただ一方的に知ってるの。遠目からちらっと姿を見かけたり、噂を聞いてる程度」
同じ年に卒業っていっても沢山いるからな。
それに僕は授業にほとんど出なかったし、僕の姿を見る人はあんまりいなかったかも。
なら、知らなくて当然か。
「どう? 興味ある?」
「その噂って何?」
「女の子に興味なさすぎるから隠れて男の子と付き合ってるんじゃないかとか?」
「はあ?」
なんだそれ。
どうしてそんなことになってる?
いや卒業したのも結構前だから今更感が凄いが……。
「だって女の子に告白されてもすぐ断るのよ? 私の友達も振られて泣いてたわ」
「それはすまん」
「え?」
「でも魔法が恋人みたいなものだからな。それに告白してきた人たちは共通して僕の話についてきてくれないんだ。つまんないし、仕方なくない?」
「……あなた、名前は?」
名乗ろうとしたところでリエーナが料理を運んで来てくれたので、話が中断される。
「ニファンの好きなクリームスープだ。ちょっと甘めに作ってあるぞ。それとパンね。肉も持ってくるから待っててくれ」
「わかった。ありがとう、リエーナ」
「酒はいる?」
「いらない」
「今日は帰るのか?」
「んー、出来るかぎり探して、夜中に帰ることになりそう。明日仕事だし」
「今日はここに泊まっていけばいいんじゃないか? どうせまた朝は食べないんだろ? 私が作るから食べていきな」
「じゃあそうする」
「布団出しておくから勝手に使っていいからな」
そう言い残してリエーナは仕事に戻っていく。
「……ねぇ、あなたニファンっていう名前なの?」
さっきのリエーナとの話を聞いていた隣の女性がいう。
「ああ、そうだけど?」
「……ニファン・ヴィオラン・アスタール?」
「そう」
「な、なんで有名人がこんなところにいるの!?」
「用事があってこっち来たから、ついでにリエーナに会いに来たんだ」
「ここの店長と知り合いだったのね……」
「まあね。あと変な噂は信じるなよ?」
「わかったわ。はあ、まさか隣の席の人が五の魔法使いだったなんて……」
「運がいいな」
「そうなのかしら。それより店長とどういう関係? 泊まってとか言ってたけど……まさか」
「兄弟みたいなものだよ」
「兄弟!?」
「よく一緒にいたんだ」
「幼馴染ってこと?」
「そんな感じでもある」
「恋人?」
「それはない。僕は魔法一筋だ」
「そんなに魔法好きなの……」
「魔法は美しくでミステリアスでとても素敵なのもだ。人の役にも立つ素晴らしいだろう? 研究していくと魔法のいろんな一面が見れるし、誰にも見せたことのない姿を初めて僕に見せてくれた時なんか、興奮して夜も眠れなかった!」
「ちょっと引くくらい魔法好きなのね。……まあ私も魔宝石一筋だから人のこと言えないけど」
「魔宝石?」
「ええ、最近では少しずつ大きくなる不思議な魔宝石がお気に入りね」
「なにそれ見たい」
「あら? 興味ある?」
「ある。魔宝石は魔法に関係しているからな」
「じゃあ今度一緒に魔宝石を取りにダンジョンに行くって約束してくれる? 不思議な魔宝石を見せてあげるから」
なんかマーヤにもダンジョンに誘われたよな。
最近流行ってるの?
まあいいか。
「君が持ってる全ての魔宝石を見せてくれるなら行ってもいいかな」
「えー、全ての魔宝石? それはちょっと……」
「五の魔法使い相手に正式に依頼してみろ。びっくりするほど高くつくぞ。今回は特別価格だと知れ」
「そ、そういわれると確かにそうよね……。魔宝石については他言無用ってことなら見せてもいいわ」
「わかった。で、どこのダンジョンだ?」
「カンナムグラ王国の外れ。プーナの森の奥に難易度が高すぎて人気のないダンジョンよ。噂ではまだダンジョンが生きていて、古代人がいるっていう噂もあるの」
「へぇ。面白そうだね。でも最近忙しいから大きな休暇が取れるまで行けそうにないね」
「いつなら行ける?」
「早くて一年後? 何人か付き添いがいてもいいなら、今年の夏くらいに行けるかも」
「付き添いって?」
「君の他にも僕はダンジョンに誘われてるんだ。そいつらと一緒にダンジョンに行こうってこと。許可してくれるかわからないけどね」
「場所も決まってるんじゃないの?」
「たぶん決まってない」
「……じゃあ出来たら夏で」
「わかった。集合場所は?」
「あなたはどこを拠点にしてるのかしら?」
「学園の近く。というか学園で教師してるから」
「そうなの? じゃあ夏までにそっちに行くわ」
「そういえば君の名前は?」
「あっ、私はユリア・エイレーネ。ユリアが名前で、エイレーネが祝名よ」
家名がないのか。
田舎者か捨て子か、そのどちらかなのだろうな。
どちらであっても学園に通えたほど魔法の才能があるだろうから、仕事では引っ張りだこになりそうだ。
僕には及ばないが。
「あなた魔力は少ないけど強そうよね。声をかけて正解だったわ」
「魔力が見えるのか」
「ええ、今もあなたが魔力操作の訓練をやっているのが見えてるわ」
そういえばやっていたな。
ほぼ無意識に出来るようになっている訓練だから、やっていることを忘れていた。
暇さえあれば魔力を動かしているけど、それに気づくとは、なかなかやるじゃないか。
……ただ鎧で体をガッチガチに固めてるから魔法使いに見えないが。
「気持ち悪いほど自由に魔力を動かせるのね」
「僕は天才だからな。いつでも魔法が使えるように暇な時は魔力を動かすのは当然だろう?」
「それが難しいのに簡単に言ってくれるわね」
リエーナが肉を持ってきてくれたところで会話が中断する。
会話に夢中でスープを飲んでなかったことに気がついたので、スプーンですくって食べた。
うむ。おいしい。
「ゆっくりしていきなさい。探し物があっても徹夜はダメだからな」
「わかってるって」
「しっかり寝なさいよ」
「はいはい」
「本当にわかってんだか」
リエーナは疑いの目を向けながら、また仕事に戻っていった。
最近はしっかり寝てるんだから心配しなくていいのに。
「それじゃあこの国にいる間で暇な日あったらここに来て。魔宝石を見せてあげるから」
ユリアはそう言って紙切れを一枚テーブルに置き、去ろうとする。
その際に僕のポケットから時計を盗んで行こうとしたが、時計から伸びる鎖に繋がった白衣を引っ張る。
僕でなければ取られたことに気がつけなかっただろう。
気づかせずに物をとるなんて凄い技術だな。
「なんの真似かな?」
ユリアに向けて手のひらを差し出しながら言ってみる。
ユリアは顔を強張らせながら、僕の手に時計を置いてくれた。
「あ、あなたが約束をすっぽかさないように、何かを持っていって取り返しに来させようかと……」
「それにしては手慣れていたね」
「……」
「このあと話せるかな?」
「……役所に突き出さないでね?」
「まずはお話をしてからだな」
同業者と会えるなんて嬉しいよ。
魔宝石を狙う者として見過ごせない。
もしかしたら僕の魔宝石を持っているかも知れないし、ケルトの魔宝石についても何か知っているかもしれない。
さっさと飯食って、こいつの拠点へ行こう。
法王がいる国だからと遠ざけていたが、以外とミアナッシーク王国も楽しい場所だな。
顔色の悪いユリアをニヤニヤしながら見つめながら思った。
次話は5月2日投稿予定です。




