魔力を奪われた少女
また家の門まで来てみたが、家の前で叫ぶ女性の声で誰が来たのかわかってしまった。
「ヴィオラン! どうかお助けください!」
僕をヴィオランという祝名で呼ぶのは宗教関係者しかいない。
更にいうと僕を呼び捨てに出来るのは僕と親しい人か、五の魔法使いくらいなものだ。
面倒に思いながらも門を開けると、予想通りの人物がそこにいた。
髪も肌も服も白。両目には白い包帯を巻いていて白以外の色を放棄したような女性がいた。
マジナーサ・グンブラ・トゥイーゼオ。
五の魔法使いのうちの三であり、聖女と崇められる存在でもあり、ほとんどの病と傷を治せると言われる最高位の治癒魔法の研究者。
そして僕は全く理解出来ないが、神への信仰心で魔法が発動するという考えを持った人物だ。
「聖女サマがなんのご用で? お前の力か神に祈るかすれば、救われるっていうのは嘘なのか?」
「いいえ。ですが今回は神の与えてくださる試練。人々が力を合わせてこの子を救わなければならないということなのです!」
「あーそーですかー」
面倒くさすぎんだろ。
マジナーサが言ったこの子と示した十歳前後の赤髪の少女をちらりと見る。
少し驚いた。
その少女の魔力はすでに一般的な大人が持つ平均値をほんの少しだが上回っていた。
大体、今の僕と同じくらいの魔力量。
子供でこれは凄い。
将来は素晴らしい魔法使いになるかもしれないな。
「先生! 私からもお願いします!」
声をかけられてそちらを向くと、いつか見たマーヤの友人がいた。
たしか治癒魔法を専修しているスティナ、だったか?
何故マジナーサと一緒にいる?
というか、それよりもだ。
「面倒ごとはゴメンなんだ。他の魔法使いに頼んでくれないか?」
でもマジナーサは眉間に皺を寄せて悲しそうな声音で話し始める。
「もちろん他の方にも頼みましたとも。魔法王には魔力の量で、五の魔法使いのうちの二には古代の魔法で、四は武力なので例外として最後はあなたとなるのです」
「マジナーサでも無理だったってわけ?」
「無理でしたね」
同じ魔法研究者である五の魔法の二と三がダメなら僕でも解決するのは難しいぞ。
「この赤髪の少女に何があるっていうんだ?」
一番大切なことを聞いてみる。
そして予想外の言葉がマジナーサの口から飛び出してきた。
「この子の魔力は今よりもっとあったのです。しかし今はこれだけで、時間が経っても回復しないのです。信じられないことですが、誰かに魔力を奪われたとしか言いようがありません」
魔力を奪われた。
魔力を、奪われた。
何度もその言葉が頭の中で再生される。
そして僕の過去も思い出さずにはいられない。
ふふ。今だけは神を信じていいかもと思えるくらい喜ばしいことだった。
「あははっ」
僕と同じ経験をしている存在が僕の前に現れるとはなんて奇跡だろうか!
嬉しくて嬉しくて笑ってしまった。
マジナーサたちが気味が悪そうにしているが、それどころじゃない。
「さあ! 家にあがっていきなよ! お客さんいっぱいいるけど気にしなくていいから!」
「ゔ、ヴィオラン? 急にどうしたのです?」
「いやいやなんでもないって! あっはっは! 今日だけは神に祈ってやってもいい! もう最っ高だな!」
三人を家の中に招きディゼオたちがいる部屋に案内する。
残ったパンケーキを急いで食べて、食器を洗える魔法道具にの中に突っ込む。
そのあと皆が囲むテーブルの上にポケットから取り出した書物を置いていった。
ほとんど僕が書いたメモみたいな物だけど、ないよりはマシだろう。
ディゼオとマーヤとエリックが声をかけて来るが無視して、最優先でマジナーサの持ってきた問題に取り組む。
「マジナーサ。これらを読め。お前の求める解決に繋がるかもしれないものだ」
「え? もう原因がわかったのですか?」
「原因なんてこれしか考えられない」
マジナーサが半信半疑で書物を読み始めた。
その間にディゼオと話をすることにする。
「ディゼオ。マジナーサが魔力を奪われた子を連れてきた」
「なに? 魔力が回復しないのか?」
「そうらしい」
「なるほど。お前の様子がおかしいと思ったがそうか、そういうことか」
ディゼオは腕を組んで苦しそうな顔で赤髪の少女を見ている。
少女はそわそわと落ち着かない様子でマジナーサの服を掴んでいた。
ちなみにだがマジナーサは両目を包帯で巻いているが、不思議な目の持ち主らしく、ちゃんと周りが見えているから読書も可能だ。
「……ヴィオラン。これは、どういうこと、ですか?」
マジナーサがペラペラと紙をめくるスピードを上げながら震えた声で聞いてくる。
「どうってなにが?」
「“僕の魔力の増量は不可能”って? “僕から魔力を奪ったのは古代魔法の禁忌を使った可能性が大”? ヴィオラン。あなたの魔力が少ないのは、奪われたせいだったのですか!?」
マジナーサがダンッとテーブルを叩き、椅子を倒して立ち上がる。
こんな取り乱すマジナーサは初めてみた。
疑問には素直に答えてやろうか。
僕は頬杖をついてマジナーサをちらりと見てから鼻で笑ってやる。
「昔から言っているだろう。僕は魔法王になる。なれるだけの力があると」
「……あなたが神を信じられない理由がわかりました。これは、酷い試練です」
マジナーサは椅子を起こして座り直しながらいうが……試練って笑えるな。
「試練じゃないさ。こんなものが試練なら僕は神を殺すぞ」
不意に沈黙が訪れる。
マジナーサは悲しそうに唇を震わせながら両手を胸の前で組み、祈りを始めた。
マジナーサのことだ。
神を信じない僕の代わりに、僕のことを祈ってるんだろう。
そんな必要ないのにな。
「……あの、状況が理解出来ないんですけど」
マーヤが申し訳なさそうに手を挙げるので、この際赤髪の少女に説明する意味でも話しておこう。
「精霊と強制的に契約する古代の魔法がある。それは精霊だけではなく人間にも強制出来たりするんだ」
「精霊だけにではなく?」
マーヤが首を傾げながら確認してくるのでしっかりと頷いてみせる。
「そして、契約する精霊と人間と別の第三者がその古代魔法を使えば無理やり精霊と人間を契約させられる」
「それが魔力を奪われるのと関係していると?」
「普通の精霊と契約するときも、どのくらいの魔力を与えるか、ということを決める。でも強制的に契約させられた場合は第三者が契約の内容を決めるんだ」
「魔力を奪うための契約があるんですね? でもどんな契約内容になっているんですか?」
「……精霊は契約した主人の魔力を一般的な人間の魔力になるまで取り込める。裏を返せば取り込み続けなければならないということになっていると思う」
「じゃあ契約した人はずっと一般的な人間の魔力で過ごさないといけないということですか?」
「精霊と契約を破棄できれば魔力は戻ってくる。だからずっとってことでもない。……精霊の宿る魔宝石が手元にあるならの話だが」
僕の魔宝石は親に売られてしまった。
魔法使いにとって命とも言える魔力を奪ったまま。
「僕の場合、どんな形でどんな色の魔宝石か、今はどこにあるのか、売られてしまったからわからない」
だから僕の両親に古代魔法を教えたかもしれない魔法組織デジメーションとやらの目的を聞き出して組織は壊滅させる。
そうでもしないと怒りが収まらないし。
今回はずっと隠れてたのに、突然僕の前に尻尾を現し始めたデジメーションのことを探る絶好の機会だ。
「君はどうかな?」
マジナーサの服にしがみつき俯く少女に問いかける。
少女はぎこちなく顔を上げて、怯えたように僕を見つめる。
「……わ、わたしもわかんない、です」
「まあそうだろうな。天才な僕でさえあっという間に魔宝石を売り飛ばされてしまったんだ。わかるわけがない」
でも奪われてからあまり日にちは過ぎていないだろう。
僕の魔宝石より見つかりやすいはずだ。
「あっ、でも、わたしに魔法をかけた人が、宝石に刻印の血涙って名前をつけてたって言ってたの聞いたです!」
刻印の血涙、ね。いいことを聞いた。
名前からして魔宝石の色は赤いのだろうか?
形は涙や雫のようなものだろうな。
これだけでも結構絞られる。
そういう宝石を探せばいいんだから。
名前だけだから決めつけは出来ないが、参考にするくらいはいいだろう。
僕の魔宝石を探すよりも簡単だ。
「もう少し色々聞きたいが、その前に確認したい」
僕の魔宝石を探すよりも簡単ではあるが、必ず見つけ出せるという保証はできない。
だから今回見つけられなかったら今後僕が手を貸すことはないと思うので、自分で探してもらわなければならない。
それが出来るかどうか。
それとも諦めてしまうのか。
「……君は将来の夢とかあるのかな?」
怯える少女に出来るだけ優しく声をかけた。
少女は目をキョロキョロさせながらも答えてくれる。
「えぇっと、マジナーサ様みたいな、皆を笑顔にする治癒師になりたいです」
「治癒師も魔法使いの一種。つまり魔力が必要だ。君は魔力を取り戻したいか?」
「取り戻したいです!」
「じゃあ奪え。そういう気持ちで取り組まないと、取り戻せない。どんなことをしてでも魔宝石を奪い返せ。出来るか?」
「うっ、でも奪うなんて神さまが怒ってしまうですよ?」
「それでいいんだな? 君が魔力を取り戻せたらどれだけ人を笑顔に出来る? そういう人たちを救えなくてもいいんだな? 夢を夢で終わらせるのか」
「違うです!」
「神サマに怒られることを恐れている程度のお前では無理だ」
「無理じゃないです! わたしだって聖女様のようになれるです!」
少女は顔を真っ赤にして怒り、僕のそばまできてポカポカと両手で殴ってくるが、結界が邪魔するので僕には当たらない。
でもよかった。
この子がすぐに諦めるような子じゃなくて。
これなら例え見つけられなくても僕のようにずっと諦めずに努力し、魔力を探し続けられるだろう。
でも僕のような苦しみをこの子には味わってほしくないかな。
僕の気持ち的にも、この少女の魔宝石を本気で探す気になれた。
魔力がなくてもいいって子だったら魔宝石を返さず、敵を誘き出す道具として使ってたかも。
ぽん、と少女の頭を撫でてみる。
少女はきょとんと僕を見上げたあと、今まで僕を殴ろうとしていたのを思い出したように顔を真っ青にした。
怒られると思ってるのかな。
僕が怒るのは僕の邪魔をした時くらいなものなのに。
「可能な限り君の魔宝石を探すけど、僕も僕の魔宝石を探したい。最低でも半年、君の魔宝石が見つからなかったら、僕は僕の魔宝石を探すために君を見捨てる」
「……叩いたから見捨てるのです?」
「違う。むしろ僕の無理だという言葉に怒って殴ってきたから半年も探してやるんだ」
少女は理解出来ないのか怯えるばかりで、胸の前で手を組んで祈りを始めようとする。
あー、もっとわかりやすく言わないとダメか。
「本当なら僕の魔宝石を最優先で探し出したいんだけど……今は君の魔宝石を最優先で探してあげようって言ってるんだ」
「え!」
理解したようだな?
だったら早速、行動だ。
といってもまずは、いつ魔力が奪われたのか、誰に魔法をかけられたのかなどを聞かなければならないが。
とりあえず、今一番欲しい情報はこれか。
「初めに聞く。君の名前はなんていうのかな?」
「わ、わたしはケルト・ラン・マーレンっていうです!」
「ではケルト。色々質問するから答えてくれよ?」
それから僕は知りたいこと、確認したいことなど昼が過ぎるまで質問していった。
次話は3月28日投稿予定です




