精霊くんとの再会
懐中時計に繋がる鎖を持ち、振り子のようにゆらゆら揺れるその時計を眺める。
揺れに影響されずにチクタク動く針は九時半を指していた。
今日の予告は十時なのでまだまだ時間はある。
僕は冒険者組合の建物の上で、美術館の様子を観察しながら時間を潰していた。
普段は寝静まっている街も今日は少し騒がしい。
魔法か魔法道具で作られた明かりが、美術館を中心に広がっていて、そこだけ夜が来ていないかのようだ。
なかなか綺麗な光景なので見ていて飽きない。
でもあんなに明るかったら盗むのは骨が折れそうだ。
なにせ僕の今の服装はあの金ぴかの怪盗衣装。
こんな格好じゃ光が反射して目立ちまくること間違いなし。
目立つことは嫌いじゃないけど、泥棒するにはあまり好ましくない服装だ。
まあ今に始まったことではない。
でもこんなに街に光があるんじゃ隠れて行動は出来ないな。
魔法道具を使えば出来るだろうけど、それは逃げる時に使いたい。
ならば姿を現すときは堂々と行くか。
魔法も魔法道具を上手く使えば正面突破も可能だろう。
早めに準備して周りの建物よりも高いこの冒険者組合の屋根の上に来たわけだが、早く準備しすぎて時間が余った。
時間ギリギリよりはいいけど暇で暇で仕方ない。
こんなとき魔法や魔法道具の開発や改良をしていたいんだけど、僕の場合夢中になり過ぎて時間を忘れるからな。
怪盗の仕事をするときは、絶対暇潰しで魔法に手を出すなとディゼオに注意されたし。
何か面白いものがないかとポケットに手を突っ込んで探る。
異空間蹂躙からランダムで物を取り出してみた。
それは大きめの辞典くらいで楕円型にカットされた透き通った緑色の魔宝石だ。
あれ?
こんなのポケットに入れてたっけ?
首を傾げているとその魔宝石は実体化し少年の姿でふわふわと空中に浮かび出した。
しばらく魔宝石から出てきた少年姿の精霊と見つめ合う。
……思い出した。
こいつこの前の授業で使った魔宝石だ。
《……誰だ貴様?》
うん。まあ顔も隠してるし、こんなヘンテコな格好してたらわからないよね。
《もしや人間が話していた怪盗とやらか? そして我を盗んだと? ……人間。今なら怒らぬ。ニファンという人間の元に我を返せ》
精霊が威圧するように全身から魔力を溢れさせる。
普通の人間なら恐れるだろうが、僕には魔力が見える。
流石に精霊なだけあって凄い魔力の量だが、それだけだ。
僕に危害を加えるつもりが微塵もないことが、魔力の動きでよくわかる。
この精霊は人が好きだし、性格もとても優しいのだろう。
僕は帽子とマスクを外して精霊に正体をバラした。
「やあ精霊くん。僕の正体を知ったからには、今日から永遠に日の光を浴びれないと思え」
《ニファン!? 貴様は盗っ人だったのか?》
「今から仕事だから黙っとけよ? あとお前は怪盗サーチの魔法道具の核に使うことにするから覚悟しろ」
《それは別にいいんだが……犯罪に使われるのはちょっとな》
「お前に拒否権はない。ほら、魔宝石に戻れ」
《ちゃんとあとで変な空間から外に出してくれると約束するなら戻る》
「約束しよう」
僕がそういうと精霊くんは元の緑の魔宝石に戻っていった。
すぐさま魔宝石をポケットに入れる。
それから大きくため息を吐いた。
暇潰しをしようとしたけど碌なものが出てこなかった。
もう大人しく時間が来るまで待っていよう。
◆〜〜〜〜◆
物々しい雰囲気の美術館の玄関口。
そこに二人の男がいた。
「ダイザム団長。魔法陣の暗号化は順調に進んでおります」
メガネをかけた真面目な騎士である副団長が冒険者組合怪盗サーチ対策部隊の団長である銀髪の男ダイザムに報告している。
ダイザムは難しい顔をしたまま頷いた。
「やはり皆優秀だ。だが、怪盗サーチが現れてからが本番。あいつはいつも俺たちの想像を超えてくる。油断は出来ない」
「前回は過去最大の驚きでしたからね」
「一瞬で魔法陣を書き換えるなど五の魔法使いでも難しいだろうと魔法王が直々にお教え下さったしな」
「サーチは過去にも魔法陣の書き換えを行なっているとの調査もあります。魔法陣の不具合だと思っていた魔法書はサーチが書き換えていたと」
「魔法王でも出来ないことを平然とやってのけるなど化け物のようなやつだ」
「もしかしたら我々は、魔法王を上回る魔法使いと戦っているのかもしれません」
「それでも捕まえなければならない。我が国の宝を、そして未来を取り戻すために」
報告を終えた騎士とダイザムは青い魔宝石が展示されている美術館の一番奥の部屋へ向かう。
歩きながらダイザムはふと思い出したように先ほどの騎士に声をかけた。
「魔法王が五の魔法使いで魔法陣の書き換えが出来そうなやつが一人いると言っていたな。流石に一瞬で、というのは無理であろうが」
「確か五の魔法使いの五であるニファン・ヴィオラン・アスタール殿ですね」
「ゆっくりでも書き換えることが出来るというなら怪盗サーチの捕獲に協力してほしいものだ」
「彼にも彼なりの事情があるのでしょう。彼の作った魔法道具なんて金貨が何枚あっても足りたいほどの価値があると言われていますし、その作成や開発、さらに学園で教師としても働いているそうですから」
「多忙なのだな」
「ええ。五の魔法使いでも群を抜いて仕事熱心な方だと魔導師の友人が言ってました」
「五の魔法使いは変人揃いと聞いていたのだが」
「魔法王は比較的常識人ですが、五の魔法使いの二と四は変人とよく聞きます。三はある意味変人……というか狂信者ですかね。五は色々です。変人とも紳士とも言われていてどちらの噂が本当なのか判断がつきません」
「五の魔法使いは皆、怪盗サーチに無関心か?」
「五の魔法使いの四であるジークレイン・クリス・バンダーウッド殿はロゼレット王国に使える魔導師ですので、我が国のように国宝が盗まれないか警戒しているようですよ」
「ほかの五の魔法使いたちは?」
「魔法王は関心があるようですが、ほかの方々はあまりないでしょうね。出した手紙も読んでもらえているかどうか……」
「特別な報酬とかがあれば彼らも動くか?」
「どうでしょう。彼らに硬貨は必要ないでしょうからそれ以外の報酬であれば……最低でも国家が隠し持つ古代の魔法陣や魔法道具。もしくは国宝級の魔法石やその他の素材などを求められるのでは?」
「本国に相談してみるか。古代の魔法関連のものを貸すだけなら出来るかもしれない」
ダイザムは腰に下げた飾り気のない地味な剣の柄を撫でた。
「貸すだけで動いてくれますかね……」
「彼らに直接聞いてみるのはどうだ? 手紙を読んでくれない人は仕方ないが、読んでくれてる人もいるだろう。そしたら協力する条件を教えてくれるかもしれない」
「そうですね。一応手紙を出してみましょうか」
「直接会いに行ってもいいしな」
「それもなかなか難しいと思いますがね」
「せめて五の魔法使いの五である彼だけでも、少しでいいから助言がほしい」
「忙しくて現場に来れないのなら、助言でも有難いですからね」
「我々はサーチに触れることさえ叶わない。それなのに捕まえるとなると夢のまた夢。正体にも検討がつかない。手がかりとならなくてもサーチの使う魔法などの情報がほしいのだ」
「魔法を学んでみても騎士たる我々ではちんぷんかんぷんでしたし」
「ああ。専門家に頼るほかないのが現状だ」
「その専属の魔法使いたちも殆どが魔法書を使う人たちで、魔力そのものを扱ったり、魔法を作ったり、描いたりする人は少ないです」
「出来れば魔法王に協力してほしいが、彼も忙しそうであったしな」
「少しでも協力してくださるのですから有難いことです」
「そうだな」
二人は話をしているうちに今回の魔宝石が展示されてある部屋にたどり着く。
「あと五分でサーチの予告時間です」
「よし。皆の者! 気合い入れていくぞ!」
冒険者組合怪盗サーチ対策部隊は今日も今日とてサーチを追う。
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次話は2月14日投稿予定です




