怪盗サーチの夜のお仕事
よろしくお願いします。
星の明かりを遮るほど美しい青白い月の輝きの下、僕は眼下の広い敷地に建てられた大きな魔法道具専門店を見つめていた。
今回の僕の獲物は『女神の瞳』。
大手の魔法道具商会が大切にしている宝石なのだけど、昼間に金を払ったのに触らせてもくれなかったから盗むことにした。
僕にとっても大切な宝石かもしれないのに、その確認だけでもさせてくれれば盗むことはなかった。
見せるだけで大金を奪いとる悪徳商会なのだから、今回のことで反省してくれればよいのだけど。
黒い手袋をはめた手で、頭に乗る悪趣味な金色のシルクハットのつばを摘む。
これから盗みに入るのに、金のシルクハットに金のスーツなんてイかれてる。
これを最初に見たとき、流石の僕も目を疑ったものだ。
でも、今では結構気に入ってしまっているのだけれど。
「そろそろ頑張るかなっと」
金縁の黒いドミノマスクに触れて、暗視効果の継続時間を延長した。
高い塀の上から飛び降りて、風の魔法で音もなくふわりと着地する。
自前に調べた情報では、女神の瞳という宝石はとても美しい純白の球体だそうだ。
ただの球体の宝石というわけでもない。
石に膨大な魔力が宿り、その魔力が物質化したものが魔宝石と言われるのだが、女神の瞳はまさにその魔宝石なのだ。
宿る魔力が膨大であればあるほど、その宝石は大きく美しい形と輝きを放つ。
装飾だけではなく、魔法道具を動かすための魔力としても使われていることもあるが、女神の瞳はその美しさから展示品となっている。
建物の中に侵入し、女神の瞳が展示されている部屋にやってきた。
薄暗い部屋の真ん中に、お目当ての女神の瞳がケースに入れられているのが見える。
人が全くいないのが少し気になるが、まあどうとでもなるだろう。
ケースに向かって歩いていく。
その途中、床に違和感があったので目を凝らしてみると、床に敷いてある大きな赤い絨毯に赤黒い魔法陣が描かれていた。
なるほど。その魔法で僕を罠にかけるつもりか。
魔法の天才である僕なら赤い絨毯と赤い魔法陣、さらに薄暗い部屋のなかでもすぐ気がつくに決まってる。
ポケットから筆を取り出して、ちょちょっと魔法陣を書き換えておいた。
僕相手に魔法の罠を使うなんて馬鹿だなぁ。
魔法が便利で使うのはわかるけど、もっとわかりにくくすべきだろう。
そうしないと僕に丸わかりだっていうのに。
そう思いながらもケースの前までたどり着いた。
その中には昼間に見た女神の瞳が柔らかそうなクッションの上に鎮座している。
僕の頭より一回り小さいという、宝石としては特大サイズの魔宝石。
僕の魔宝石だったらいいな、と思いながらケースにかけてあった鍵を壊し、女神の瞳を取り出してスーツの内ポケットにしまった。
さて、帰ろうっといったところで振り向くと、ドアから沢山の人間が入って来ているところだった。
そして僕を取り囲むように並び、光の魔法が放たれる。
その様子はまるでスポットライト?
いいね。
僕が物語の主人公みたいでとても素晴らしい。
でもこれってやっぱり罠?
「怪盗サーチ! 今日こそお前を捕まえる!」
またいたよ。団長さん。
この団長を含めた彼らは、僕が過去にとある国の国宝である魔宝石を盗んでから出来た面倒な組織。
冒険者組合怪盗サーチ対策部隊だ。
僕にかけられた懸賞金目当ての冒険者や傭兵。他には魔宝石を盗まれ取り返そうとする人たちが結託して出来た組織で、どこかの国の騎士サマなんかも参加してたりしている。
特に付きまとってくるのが、過去に国宝を盗んだ国から来たらしいダイザムというこの団長さん。
団長というのが本当か自称かわからないが、僕にとってはどちらであっても面倒なやつなのは変わらない。
今も僕に話かけて来てるし、僕は相当大切なものを盗んだみたいだな。
そんなに大切なら頑張って奪い返せよ。
この天才魔法使いである僕から奪うなんてなかなか出来ることではないけど、その頑張る姿は応援できる。
だからといって魔宝石は返さないし、大体奪われるほうが悪いんだ。
なあ、そうなんだろう?
「魔法妨害の陣、発動に成功しました!」
ダイザム団長の部下らしき人が言っている。
ああ、床に書いてあった魔法陣のこと?
僕にそんな小細工が通用するわけないだろう。
指をパチンと鳴らして、空中に松明サイズの火を浮かして見せる。
魔法妨害?
妨害されてませんねぇ?
団長たちは三年くらい僕を追ってくれているから、この程度では動じないけれど。
僕のことは絶対に捕まえられないってことも学んでほしいね。
とりあえず団長に話しかけられたし、何か言い返しておくか。
「ダイザム団長。魔宝石女神の瞳はこの怪盗サーチが確かに頂戴いたしました。早々申し訳ありませんが、私は急いでおりますのでこれで失礼いたします」
怪盗サーチらしく紳士な口調で優雅にお辞儀してみせる。
でも団長たちは僕を捕まえてようと、魔法陣の中に入ってきた。
あれ?
魔法陣の効果、まだ続いてるのに入っていいのかな?
魔法、使えなくなっちゃうよ?
「魔法部隊! チェイン!」
団長の言葉を合図に魔法使いたちがチェインの魔法を使おうと、本に書いてある魔法陣に魔力を込めようとする。
鎖で僕を雁字搦めにしようってこと?
でも残念。
この魔法陣のなかでは指をパチンって鳴らさないと魔法を使えないって書き換えたから、普通に魔法を使おうとすれば妨害されるよ。
「ダイザム団長! 魔法が発動しません!」
「なに!? なぜサーチは使えている!?」
「わかりません!」
混乱してますね。
普通の魔法使いなら魔法陣を書き換えるのに結構な時間を使うから、まさか一瞬で書き換えてたなんてビックリだろうな。
今までも書き換えたことあった気がしたけど、気が付いてなかったか?
ここまで大胆に書き換えたのは初めてだし、気が付かなくても仕方ないのかも?
僕は天才だし、それだけ完璧だったってことだね。
僕の天才ぶりを見て、恐れおののくがいいさ。
指パッチンしてから身体能力を強化できる魔法道具を使い、人間離れした速さで駆けていく。
あっという間に団長たちから逃げおおせることが出来た。
あとはこの金ぴかな怪盗の衣装を脱いで一般人に紛れ込めば、もう僕が怪盗サーチとはわからなくなるだろう。
〜〜〜〜
借りていた宿屋の部屋に帰ってきて僕は、はあ、とひとつ息を吐く。
今日も正体を知られることなく盗みを成功させることが出来た。
五年も続けているけど、やはり罪を犯すということは緊張してしまうものだ。
「仕事は上手くいったか?」
怪盗の仕事の相棒であるディゼオが、高そうな酒を豪快にガブガブ飲みながら聞いてきた。
こいつが僕に金ぴかスーツとシルクハットを授けた趣味の悪い男だ。
魔法についてもまあまあ詳しいし、こいつとの魔法談義は結構楽しいからいい相棒だと思っている。
ただ、僕の倍以上の年齢だから無茶はさせられない。
ディゼオは表の仕事が忙しいし、僕の手伝いは情報収集が大半だ。
僕も怪盗のほうが大切な仕事だけど、怪しまれないように表でも頑張ってはいるし。
「仕事は上手くいったけど、例の物かどうかの確認はまだだね」
「そうか」
僕は金ぴかスーツの内ポケットから大きな白い宝石。女神の瞳を取り出し、ごとりとテーブルに置いて見せる。
「綺麗なもんだな。女神の眼球って言われても信じる」
ディゼオの言葉を聞き流して、僕は女神の瞳に魔力を流す。
「精霊よ。お前との契約を破棄しよう」
魔力に乗せて言葉を発した。
すると女神の瞳のなかから魔力が跳ね返ってくる。
契約を破棄って何? まだ契約してないんですけど?
そんな感じのことを精霊に言われた気がする。
僕は精霊の言葉に落胆した。
「あーあ。僕の魔宝石じゃないってさ」
「また探さないといけないか。こんだけデカい魔宝石だからお前のかと思ったんだがな」
もうあの魔宝石を探して十三年になるのに、手がかりさえ掴めないって僕は不運だな。
あまりの天才っぷりで神にも嫉妬されたのだろうか?
まあありえなくはないよなぁ。
深いため息を吐いて、僕は宿屋のベッドの上で横になる。
「ほら寝るんじゃない。明日は学校だろう。今から街を出ないと間に合わんぞ」
ディゼオに言われてしまったが。
「僕は魔法でなんとかなるから問題ないって」
「魔法でばかり解決するんじゃない。怪盗だと周りに言いふらすぞ」
「ディゼオは寂しがり屋だなぁ。一人で帰るの嫌なわけ?」
仕方なくディゼオの用意した馬車に乗り、僕はこの街から出ることになった。
明日も学校か。
正直面倒だけど、ディゼオが僕に協力してくれているのは、僕が学校で頑張っているからだ。
サボったりなんかしたら、僕が怪盗サーチなんだと冒険者組合にチクるだろう。
それでも逃げ延びることくらい簡単だからどっちでもいいんだけど、ディゼオがいたほうが何かと便利なのは確か。
だったら便利さと怪しまれにくい学校という場所で過ごしていたほうが一石二鳥だ。
面倒くさいしだるいのは、この際仕方ない。
あまり揺れない高性能な馬車のなかでたらたらと考えていると、僕は疲れのせいかそのまま眠ってしまった。
この一週間は毎日21時に投稿します
その後は週一投稿になる予定です