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世界最強のパーティでスローライフ

作者: 花鶏むつき

不安を抱えながらも勇者に選ばれ、波乱万丈な旅を経て、辛くも魔王を討伐。果ては都へ華々しく凱旋。これらはほんの一年にも満たない出来事でありながらも、勇者という存在の全てが詰まっていると言っても過言ではない。

そう、勇者とは魔王を倒すための存在なのだ。では、凱旋した後の勇者は一体どうなるのか。当の勇者であるモニカも旅の最中はあまり考えたことがなかったのだが、今現在我が身をもってその答えを体感しているところだった。



「……今日も皆忙しくて会えないの?」

「はい。皆様、戦後処理に奔走しておられます故」

「……そう」

「モニカ様、今日のご予定はどうされますか?」

「部屋にいる」

「かしこまりました。何か御用があればお呼びください」



王宮務めの侍女が下がるのを見届け、一人になった室内でモニカは深い溜息を吐いた。モニカの現状を端的に説明すれば、飼い殺しと称するのが一番相応しいだろう。

かつてモニカは神託によって勇者に選ばれ、王宮から派遣された三人の仲間と共に魔大陸まで旅をした。その道のりは決して楽なものではなかったし、何度も帰りたいと思ったものだ。しかし、いざ目的を果たして帰ってみればこの現状である。


魔王は人間よりも遥かに強大な存在である。それを打ち倒すために現れる勇者もまた、人の枠に留まらぬほど強い。厳密にいえば、勇者だけが振るうことのできる聖剣が凄まじい代物なのだ。

聖剣は創世の神々によって創られたとされるオーパーツだ。唯人にとってはただの剣だが、勇者が振るえば神の魔法を編み込まれた触媒として機能する。創世の力を宿した剣は、一振りで地形を変えることも、死者を蘇らせることもできるといわれていた。

これだけ凄まじい代物を用いなくては、人間に魔王など倒せはしないのだ。しかし、厄介なことに聖剣は魔王を倒すためだけに存在しているわけではない。もしそうであれば、魔王を倒した時点で勇者の手元から消えてしまうだろう。だが、聖剣は今もモニカの手元にあった。

まるで神々が人の意思を試しているかのように、聖剣は勇者が死ぬまでずっと地上に在り続ける。勿論、勇者は魔王を倒した後も聖剣の力を使える。そのことから、過去には聖剣を使った勇者を国が利用し、一国を一日で滅ぼすほどの戦争が起きたこともあったそうだ。

故に、聖剣は救世の象徴であるのと同時に、救世の役目を果たした後は災厄の引き金となりかねない厄介な代物ともみなされていた。酷い話だ。そもそも勇者一人で戦争などできるはずもないのだから、戦争をする国同士が理性を持てば済む話なのに、いつの間にか勇者に責任転嫁されている。


つらつらと勇者の取り扱い困難を語ってみたところで、この国の王に勇者は殺せない。そもそも暗殺に抵抗できないほど勇者というのは軟弱ではないというのもあるが、そんな曖昧な理由で勇者を手にかければ、王の求心力が目に見えて弱まるであろうことは簡単に予想がつくからだ。平民にとっては御上の事情など露知らず、勇者が世界を救ってくれたという事実だけが現状の全てなのだから。

残った手段は、モニカを城の一室に押し込めて飼い殺しにすることである。おざなりではあるが、案外いい手でもあった。世界を救った英雄に対し相応しい扱いでないとは言えど、明確に危害を加えられていない以上モニカは抵抗できない。この状況でモニカが無理に暴れたりすれば、たとえ勇者といえど弁解は中々難しいだろう。

それに、モニカも鬼ではない。恐れているから極端な行動を取る王宮の人々に呆れる気持ちはあれど、暴れて傷つけたいとまでは思わなかった。とはいえ、いつまでもこのままというわけにはいかない。



「……潮時かな」



モニカは宛がわれた部屋の窓から、眼下に広がる王宮の庭を眺めた。綺麗に整備されていて、元々平民だったモニカには眺めているだけで楽しかった。しかし、それが二週間も続けばさすがに飽きる。

書き物机の椅子に座ると、備え付けられていた便箋とペンを取った。紙一枚にしたって王宮の備品は物が違う。触ったこともない滑らかな材質の紙に、呑気にも感動した辺りモニカの心理状態は案外まだ余裕があるのかもしれない。

それも当然だろう。別にモニカは今の状況が辛いわけではないのだ。凱旋した初日、王やその側近の目に勇者に対する警戒心と怯えを見て取った時は、さすがに少し落ち込んだ。起きるかもしれないことに怯え、話すことすらしてくれない彼らに軽く失望もした。

けれど、そのことはあまり引きずらなかった。別に王宮でなければモニカは生きていけないわけではないのだから。彼らが自分を恐れるのなら、さっさと王宮を立ち去ればいいと思っていたのだ。しかし、予想に反し軽い軟禁状態に陥ってしまったため、対応に迷っていたのだ。



『魔王を倒すという勇者の役目を果たした以上、もう此処に留まる理由はありません。私は旅に出ます。今までお世話になりました』



簡潔に書き置きを残し、モニカは誰にも悟られることなく王宮を出た。旅が少しでも便利になるようにと覚えた転移の魔法がまさかこんな所で役に立つとは思わなかった。

心残りは特にない。しかし、最後に一言別れを告げたかった相手ならいた。王宮から派遣され、魔王を倒すまで共に旅をしてくれた仲間達だ。

元は平民だったモニカとは違い、彼らは皆王宮でも権威ある立場だった。だからこそ、旅が終わってからも魔王が荒らした土地の復興作業などで忙しいのだろう。寂しいと感じる心は否定できなかったが、仕方ないことだと納得はできた。共に旅をしていた頃から、随分と頼りになる仲間達だと思っていたのだ。そんな彼らが頼られている状況を誇りにさえ思う――何もかも終わった瞬間、厄介な頭痛の種となってしまった自分とは違うのだ。


最後に一度だけ、敷地の外から王宮を見上げた。長く過ごしたわけではないが、逃げられない役目を負っていた頃のモニカにとって、此処は帰還すべき場所の象徴だった。しかし、今となっては最早帰る場所ではないのだ。新しく『帰るべき居場所』を探すように、勇者はその国から忽然と姿を消した。



+++



畑に並ぶ作物を眺め、モニカは小さく呻いた。食べられないほどではないが、全体的に小ぶりで上手く育っているとは言いづらい。中々農家のようにはいかないものだ。



「モニカ、調子はどうだ?」

「育ってはいますけど……中々難しいものですね」

「ははは。まあ、一朝一夕に上手くなるようなもんじゃない。気長にやればいいさ」

「はい」



王宮から飛び出した後、モニカは辺境の地に居を構えていた。ちょうどよく使われていない農家の土地があると聞いたので、勇者時代に稼いだ個人的資金を注ぎ込んで購入したのだ。現在はそこに住んでいる。

そこでの暮らしは穏やかで充実したものだった。久々に新しく慣れないことをするのが楽しかったのだ。勇者になる前も都会で暮らしていたモニカにとって、栽培や飼育は何かも初めてのことであり、覚えることばかりだった。



「ところで今日はどうしたんですか?」

「ああ、実は今度町でお祭りがあるんだよ。モニカちゃんはまだ引っ越してきたばかりだから知らないかもしれないと思ってね。もう日もないから急遽伝えに来たというわけさ」

「そうなんですか……わざわざありがとうございます。当日は是非足を運ばせて頂きますね」

「美味しい料理も振る舞われるから楽しみにしておいてくれよ!」



一人静かに土弄りをしていると、新しいことを覚えるというのは大変だったのだと思い出す。おかしな話だが、勇者になってから覚えるべきことは何の苦もなく覚えてしまえたからだ。

元は一般市民だったモニカにとって、戦闘や魔法など縁のないものだった。しかし、聖剣に選ばれたその日から、モニカはまるで最初からそうであったかのように、ごく自然に戦い方や魔法を身につけることができた。きっと勇者が魔王を倒すために手間取らないよう、神の加護でも授かっていたのだろう。

旅をしている最中は不思議とそのことに疑問を抱かなかったが、こうして一人暮らしを始めて以来、勇者としての力はあまり使わなくなった。別に、力を授かったことが後ろめたいわけではない。どれだけ加護を得ていようと、それでも辛い道のりだった。苦労しながらもそれを踏破したのは、紛れもなくモニカ自身なのだ。何も後ろめたくは思わなかった。


けれど、それでも、魔王を倒した後になっても加護に頼って生きていくのは少し後ろめたかった。魔王がいなくなったからといって、魔物がいなくなったわけではない。今でも魔物に襲われれば、当然モニカは加護と聖剣の力で魔物を倒すだろう。

魔王を倒せるだけの力があれば、傭兵として大成できるかもしれない。そうすれば、農家で地味に土弄りするよりもずっと豪華な暮らしができる。だが、モニカはそうしなかった。勇者の力を疎んじているわけではないが、勇者の力に頼らずとも生きていけるような何かを見つけたくなったのだ。



「それと、モニカちゃんに客みたいだぞ」

「客?」



尚、実家に戻るという案はない。早くに両親は亡くしているし、その後育ててくれた祖父母も旅の最中に死んだと聞いている。祖父母を看取れなかったことだけは悔いが残ったが、穏やかに老衰で亡くなったらしいと聞いていくらか慰められた。

身内もおらず、もう親しい相手に再会することはないだろうと思っていた。そんな矢先に客と聞き、訝しんだモニカの視界に何とも懐かしい相手の姿が飛び込んできた。



「モニカー!!!」

「キ、キアラン!?」



突然抱きついてきた金髪碧眼の男。服装は以前見た時と全く異なるが、確かに見覚えのある相手だった。

彼はキアラン・グレン。王宮に仕える医療師団の筆頭治療師の一人である。そして、かつて魔大陸までモニカと共に旅をした仲間の一人でもあった。



「キアラン……急に飛びつくな。モニカが怪我でもしたらどうする」

「僕が治せるので大丈夫です!」

「そういう問題じゃない」

「そうだぞ。万が一嫁入り前の女子の顔に傷でもつけてみろ……治せる治せないに関わらず、私が直々に貴様へ反省の尻叩き百連発をかましてやるからな」

「何それ普通に痛そう……羞恥心とか以前に滅茶苦茶痛そう……」

「キーファにジャスティンまで……?」



キアランに続くように現れた二人に、これまたモニカは驚愕せざるを得なかった。長衣姿の男はキーファ・オリファント。王都を守る魔術協会の副長である。鎧姿の女性はジャスティン・マクダウェル。王を守る近衛騎士団の隊長の一人だ。どちらもキアランと同じく、モニカにとっては辛い旅を共にした仲間である。



「さ、三人ともどうして此処に……」



三人はモニカと違い、旅に出る前から王宮では要職に就いていた。王宮に帰還してからも多忙だったらしく、だからこそ別れの挨拶も告げずに王宮を離れたのだ。会うことすらできないぐらい忙しかったはずの三人が何故こんなところにいるのか。混乱していると、ジャスティンに妨害されつつも、どうにかモニカに抱きついたままのキアランが答えた。



「モニカが王宮を去ったと聞いて、探して追いかけてきたんです!」

「キアラン、話す順番を考えろ。モニカが混乱する」

「モニカと再会できて舞い上がっているキアランは置いておいて、私から軽く説明しよう」



三人は確かにそれぞれ忙しい日々を送っていた。それでも、人に会う隙間もないぐらいというわけではない。機械ではなく人間なのだ。休憩ぐらい取る。モニカが会いたがっていると知れば、会う時間ぐらい容易く作ることができた。

にも関わらずモニカが三人と会えないと誤解したのは、モニカを軟禁していた王の関係者が原因である。そもそもモニカはその目で三人が忙しい様を確認したわけではなかった。王宮でモニカの世話係となった侍女達が、モニカが自由に出歩くことを止めたからだ。勿論、彼女らは王の命令によりそうせざるを得なかったのだろうが。

モニカも、王やその側近が勇者というものを恐れていることに気づいていたので、無理にでも自由に振る舞ってその不安を煽ろうとはしなかった。そのため、自身の目で仲間の近況を確認することもできず、三人は忙しくしているという侍女の言葉を信じるしかなかったのだ。

加えて、モニカは王宮の人々に比べれば人の悪意というものに疎かった。元は一般人であり、旅をしていた最中も魔王という人ならざるものが相手だったのだ。人の悪意に触れる機会は人並みでしかなかった。だから、強大な力を恐れるという感覚は何となく理解できても、何故そこからモニカと仲間を引き合わせたがらないのかという疑いにまでは考えが至らなかった。だから、嘘を吐かれているとも思わず侍女の言葉を鵜呑みにしていたのだ。



「情けない話だが、そもそも私達はモニカが置かれている状況を知らなかったんだ」

「我々とモニカを遠ざけようとしたのは、直接会うことでモニカに対する扱いがばれ、我々が王に反発することを恐れたからだろう」



王は強大な力を持つ勇者を恐れていた。しかし、周囲の言葉を信じて容易く軟禁状態に甘んじた様を見て、策を弄すれば制御できると踏んだのだろう。だが、そうなるともうひとつ恐ろしいものが出来た。モニカと共に旅をしていた仲間の存在である。

三人は元より一般人ではない。長く王宮で過ごし、王宮に渦巻く策略や悪意にも慣れている。加えて、彼らとモニカの結びつきが強いことを王は知っていた。キアランなどのわかりやすい態度を踏まえれば、軽く間諜を放てば容易くわかることだっただろう。

王はモニカと仲間が再びひとつになってしまうことを恐れた。特に、三人は王宮でそれなりに地位も発言力もある人物ばかりだ。口々に苦言を呈されれば、王といえど都合よく無視はできない。結果、王はモニカと三人を引き合わせないように動いた。



「そんなもの、その場凌ぎにしかならないとわかるだろうに……愚かな王だ」

「まあ、もう少しはもつだろうと踏んでいたんだろう。その間に別の解決策を講じればいいとでも思っていたのかもしれん。だが、王の予想に反する出来事が起きた」

「どこへだって行けるモニカがずっと大人しく軟禁に甘んじていると思うなんて、それこそお馬鹿さんだと思いますけどねぇ」



モニカが失踪した。モニカとしては、魔王を倒した以上恐れられてまで留まる意味はないだろうと思っただけだったのだが、これには王も度肝を抜かれた。強大な力を持つ存在が傍にいるのも恐ろしかったが、そもそも所在がわからなくなるのも恐ろしかったのだ。もしも他国に取り込まれるようなことがあれば最悪である。

勇者が行方知れずになったという噂はすぐさま広がった。当然の如く王は緘口令を敷いたが、人の口に戸は立てられない。水面下で着実に噂は広がった。

モニカがいなくなったとなれば、当然親しい人間はどういった経緯があったのか考えるだろう。結果、モニカが軟禁状態に置かれていたことを知り、三人は慌ててモニカを探し始めたのだ。



「ごめん、閉じ込められるぐらいなら出て行けばいいぐらいに軽く考えてたけど、そんな騒ぎになってたんだね……」

「構わないさ。そもそも、悪いのは起きてもいないことを恐れるあまり極端な行動に走った王とその周りだからな」

「そうです! それに、これからはまた一緒にいれますから、この展開もこれはこれで悪くなかったですよ!」

「え?」



そういえば、三人が現れたことに驚きすぎて、この後三人がどうするのか気にしていなかった。何となく、モニカは無意識に三人はこれからも王宮で過ごすのだろうと思っていた。だからこそ、軟禁されていた頃も別れの挨拶は告げたかったとは思っても、一緒に行こうと誘う考えは湧いてこなかったのだ。だから、キアランの提案はモニカにとって思いもよらないものだった。



「えっと、帰らないの?」

「えっ、モニカは僕と一緒にいたくないんですか……?」

「いや、そりゃあ、皆と一緒にいるのは楽しいけど……王宮での仕事とかいいのかなって」

「ああ、それなら問題ない。事が発覚した時点でほとほと愛想も尽きたが、一応後続に最低限の引き継ぎはしてきたからな」

「そ、そうなんだ……」

「元々貴族出身でもない我々では、現状以上の出世なんて望めなかった。昇り詰める所までいったのだから、もう未練はないさ」



口振りからして、キアランだけでなくジャスティンやキーファも此処に残るのだろう。その事実に、モニカは遅れて嬉しくなってきた。一人暮らしも軟禁状態に比べればずっと良かったが、誰かと一緒に暮らせる方がより楽しい。



「自給自足の生活は訓練のお陰で多少できることがある。栽培などは不得手だが、近くの山や森で狩りを行って肉でも獲ってこよう」

「僕は栽培も基本的にこなせますし、薬草も育てられますよ! 常備薬に加工もできますし、近くの町で薬を売ってお金にするのもいいかもしれませんね」

「む……こ、こういう事態になると魔術師の私が一番不利だな……まあ、とりあえずこの敷地いっぱいに獣避けの結界でも張ろうか」



こうして四人で仲良くのんびりとした生活を過ごすことになったわけだが、話はここで終わらない。辺境から遠く離れた都で今回の件はそれなりに大きな騒ぎになっていたのだが――それはまた別の機会に。



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