6話 幽霊の妖怪退治
あらすじ
詩音を成仏させようと山に向かった奏だが、いつもいるはずの精霊に避けられてしまう。仕方なく洞穴に棲む酒呑童子に助力を願うが、『詩音に気をつけろ』と忠告される。洞穴を出ると、望月の伝言鳩が待ち受けていた。
移動媒介として神社を通り、呼び出された樹海に入ると、望月が半ギレで私を待ち構えていた。愛用の錫杖を突きつけて「遅い!」と怒鳴るが、私は「はぁ!?」と怒鳴り返す。私だって急いできたんだから。
彼につられて、私もキレ気味に叫ぶ。
「誰!?」
「姦姦蛇螺!」
「どこ!?」
「この辺!」
「大きさ!」
「でかい!」
伝わっているような、いないような会話で情報交換する。そのすぐ後に望月と私は左右に分かれて走り出した。詩音はどっちについて行けばいいか分からず、私の後を追ってきた。
「あ、朝日野さぁん! 何があったの!?」
「亜種が出たの!」
「デッ、亜種って何なの!?」
「ねぇ、人が妖怪になる方法って知ってる?」
私は耳を澄ませ、聴こえる気配を追いながら簡単に説明した。
妖怪は二種類ある。
自然現象から発生した生粋の妖怪と、人間から妖怪になったもの。
後者は更に二種類に分かれる。
生きたまま妖怪になったものと、死んでから妖怪になったもの。
私たち『祓い屋』と呼ばれる者が主に退治するのは後者の更に後者、つまり『死んでから妖怪化したもの』である。私たちはそれを単に『亜種』と呼ぶ。
──最初は『デカブツの見よう見まね』の『デミ』だったらしい。
望月曰く、“普通の魂は悲しみや後悔等の『正しい感情』で未練があり、しばらく現世に留まるため、大体は勝手に成仏する”そうだ。しかし、恨みや憎しみ等の『負の感情』で留まった場合、魂は『悪霊』と化し、さらに進むと『妖怪』になるらしい。
『悪霊』・『妖怪』ともなれば他者の魂を取り込み、喰らう。最悪の場合、生きている人間に被害を及ぼすこともある。
それを止めるために、同じように現世に留まり、且つそれらに対抗出来る力を持つ者たちが退治をする。
私たち『祓い屋』というのは、要するに同類の尻拭いのための職業なのだ。
「でも!『お岩さん』とか『皿屋敷』とかあったよね!? あれも妖怪なんじゃないの!?」
「あれは怨霊! 亜種っていうのは『舞首』みたいなやつのことだ!」
私は舞首の詳しい説明をしようとしたが、ふと足を止めた。詩音が私の背中にぶつかり、どしん! と尻もちをついたが、私の頭には詩音のことなんて入っていない。
······耳の奥で鳴る雑音。とても小さい、一昔前のテレビの砂嵐のような音が、段々と近くなってくる。
「逃げろっっ!」
私は詩音の背中に手をつき、彼女を飛び越えて札を投げた。詩音の後ろから、大きな口を開けて襲いかかってきた姦姦蛇螺に当たると、札は青白い雷電を放って、奴を妨害をする。その間に詩音の腕を引いて走り出した。
「望月! こっちだ! さっさと来い!」
ポケットから掴み出した札にそう吐き捨てて、空に放り投げる。札はひとりでに鳩に形を成すと、望月の元へと飛んでいった。
「何アレ! ねぇ朝日野さん!」
「あれが亜種! もっと早く走れ!」
木の根を潜り、岩をすり抜け逃げ惑うが、姦姦蛇螺は蛇の下半身を引きずり、六本の腕で追いかけてくる。二本しか足がない私たちにはかなり不利だ。
私は詩音と巨木の裏に隠れ、奴をやり過ごす。音で通り過ぎたことを確認して、元来た道を駆け抜けた。すぐ様それに気がついた姦姦蛇螺の、雑音混じりの雄叫びが樹海に響き渡る。
蛇の尾が私たちの体を薙ぎ払い、太い木の幹にぶつけた。上手く息も吸えない中、姦姦蛇螺は長い腕を伸ばす。
私が何とかしないと。必死に考えていると、揺らぐ視界の先で黒い影が迫ってきていた。目の前に飛んで来た錫杖が、影の正体を語る。
私は柔道の受け身の要領で地面を転がり、錫杖を避ける。さっと立ち上がると木の幹を支えに、詩音を投げ飛ばした。悲鳴をあげて飛んでいった詩音を、黒い影が優しく受け止めた。
「もっと丁重に扱え!」
「来るのがおせーんだよ望月ぃ!」
お互いを怒鳴る声が、ビリビリと響いた。──やっぱり、これだけは逃れられない。
私は錫杖を拾いあげると、詩音を隠すように望月の隣に立つ。私は姦姦蛇螺を睨んだ。奴の血走った目が忙しなく動く。
「まだギリ悪霊だよね。姦姦蛇螺なら」
「そうだな。更に進行していたら厄介だった」
「仕事は早い方がいい」
「相手の力量による」
私は大きく息を吸う。望月も姦姦蛇螺を見据えて、ゆっくり息を整えた。
仕事の前の気合い入れ、というよりは、礼儀作法だろうか。私と望月は両手を合わせ、声を重ねた。相手に向けた最大の悲哀と皮肉······──
──······私はいつも、笑いそうになる。
「「この度はお悔やみ申し上げます!」」
私は手の平に隠すように挟んだ破魔の札を、錫杖に貼り付けて、望月に投げて渡した。望月がこちらを見ずに受け取った直後、錫杖の先は姦姦蛇螺の脳天に直撃する。そのまま裂いてしまうのでは、と思う望月の怪力に、姦姦蛇螺は鼓膜を破るような悲鳴をあげた。
望月の一撃から逃げ出した姦姦蛇螺は、今度は私に牙を向けた。
“亜種は恨みを、魂ごと喰らう”
身をもって知った亜種の特性を、私は鼻で笑ってやった。
──ばぁか。お前に私が食えるわけないだろう。
「千代に咲け 永久に散れ
大地を恵む樹木の祝詞
命を枯らせよ 邪悪を喰らえ」
私がそう唱えると、私の横を囲む樹木の枝が姦姦蛇螺に絡みついた。奴が足掻くほど、絡む枝はギシギシと音を立てて、体を蝕んでいく。
遠くまで伸びた根は地上に姿を現し、蛇の胴体に突き刺した。木が力を増していくと姦姦蛇螺は抗う力を失っていく。奴の妖力を吸い尽くすと、木は元の場所に収まり、砂のように乾いて枯れた。
動けなくなった姦姦蛇螺は、一番近い魂を求める。私を狙う姦姦蛇螺を、私は望月の前へと誘導する。
望月は錫杖を前に突き出し手をかざす。私が生んだ好機を逃すまいと、一気に呪を唱えた。
「全てを誘え時の川
廻り廻れよ輪廻の輪
あるべき所へ還し給え この者に魂の救済を」
錫杖から溢れた光の粒が、雪のように舞って姦姦蛇螺を包んでいく。光が触れた先から連鎖して、全身が光の粒と化す。彼女は「口惜しや」と悲しそうにこぼした。姦姦蛇螺の体が消え去ると、淡く輝いた光は一点に集まり、くすんだ白い玉となって落ち葉に乗った。
「ご冥福をお祈りします」
望月が両手を合わせてお辞儀した。私が白い玉を回収すると、望月は「ゆっくり眠れ」と優しい言葉をかける。
詩音はそっと、その玉に優しく触れると「すごい······」とこぼした。
「朝日野さんと望月さん、すごいね! こんなカッコいいの、初めて見たよ!」
興奮する詩音は私の手を握って目を輝かせる。まるで無邪気な子供のような反応に、私は怖気が走る。別に気持ち悪いわけじゃない。なのに、ものすごい嫌悪感があった。
「ねぇ! 他になにか出来ない?! 私、もっと見てみたいな!」
「いや、あの······これ見世物じゃないし······」
「ちょっとでいいの! ちょっとでいいから······」
ふと、私の耳を劈く不協和音が聴こえた。
それは光のような速さで近づいてくる。だがその方向も、距離も分からない。
──どこだ。どこにいる?
私は耳を澄ませた。そして見つけた。でも遅すぎた。
その音の元凶は、詩音の真後ろに迫る。真っ黒な悪霊は、酷く飢えたような表情をしていた。突然のことに望月も反応が遅れた。血だらけ、ヒビだらけの指が、詩音の肩に──······
「危な──」
「全てを誘え時の川
廻り廻れよ輪廻の輪
あるべき所へ還し給え この者に魂の救済を」
望月が唱えた葬送の呪を、詩音は一字一句間違えることなく唱えた。悪霊は顔を押さえて呻きながら、黒い玉へと変化する。詩音は黒い玉から土を払うと、嬉しそうに掲げた。
「出来た! 私にも出来たわ!」
修行を積まなければ出来ない技を、詩音は一度見ただけで出来てしまった。あまりの事に、私はポカンと口が開きっぱなしになり、望月は目を輝かせる。
「凄いな。まさか、たった一度見ただけで、この術が使えるとは! 詩音、祓い屋の修行をしてみないか? 成仏出来るまでの間の、護身術とでも思ってくれ」
「本当に!? わぁやってみたい! 沢山教えてね。望月さんっ!」
望月は戦闘要員が一人増えて嬉しそうだ。私が止めようとしても、望月は私の方を向かずに詩音と家路を歩く。私は仕方なく二人の後ろを歩いた。
ふと見下ろした水溜まりに、私のマヌケ顔が映っていた。
次回
奏、師匠と決裂。