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祓い屋の幽霊  作者: 家宇治克
いつまでも続く唄
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13話 繰り返す日々を

 彼が消えたあの夜、私はどうやって里に帰ったのか覚えていなかった。

 だが、彼が抱いていた感情はよく覚えていた。私と馴染みのある感情だ。でも、私は彼を理解出来ないでいる。



 私は彼じゃない。

 彼も私じゃない。



 でも、いつまでも過去に縛られるのは、何となく分かる。私も吹っ切れたふりこそしているが、本当はまだ引っかかっているから。


 それでも彼が救われたなら、それでも彼が一歩でも未来に進めたなら、私は彼を許そうと思う。

 今までもこれからも、『いつまでも』を繰り返し続ける私が、存在する意味を持てたから。


 * * *


 地震かと思うほど揺れる床。びっくりしたように崩れる本の山。

 ノックもなしに開けられた戸の向こうで、望月は額に血管を浮かせながら怒鳴り声をあげた。


「奏ぇ! また修行を怠ったな!」

「うるっさいなぁ······あー、昨日何時に帰ってきたと思ってんだよ。別にいいじゃんか。一日くらい朝の日課やらなくても」

「そういう考えが怠惰にするんだ! 早く起きろ! 遅れを取り戻すぞ!」


 望月は鼻息荒く、私を外へと連れ出そうとした。私は布団を死守して時計を見やった。

 まだ朝の六時だ。朝ごはんまでかなり時間がある。弟子が明け方に、ヘトヘトになって帰ってきたというのに、望月はお構い無しか。

 ──腹が立った。





「··················筋肉バカの破戒僧め」





 望月の堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。


 大砲のような大きな音をひとつ鳴らして、浴びせかける思いつく限りの罵声を撒き散らし、二人して屋敷を飛び出し里を駆けた。

 それを聞いて里の人はぞろぞろと外に出て、互いに挨拶を交わし、顔を洗い、店の前を掃除する。

 長屋の女が洗濯に外に出て、どこからかおねしょを叱る声がする。


 私と望月が取っ組み合いの喧嘩になると、里の男たちが歓声をあげる。私と望月が同時に札を出すと、野次馬の男たちは被害が出ないように遠くまで呼び掛けに走った。

 そして誰かが千代を呼びに行き、私たちは千代の拳骨を喰らって屋敷に戻っていく。それが里の朝の光景だ。

 そうして霧に包まれた世界は活気に満ちていく。


 私はここでは浮いた存在で、仲間外れの現代人だ。だが、ここはかつての暗い世界じゃない。

 太陽が見えなくても、眩しいくらい輝く場所だ。



 本に占拠された部屋。

 うるさい師匠と優しい仲間。

 同類の尻拭いのような仕事。



 これが今の私の世界だ。何度だって嫌になる。それでも居心地が良くて、ついつい戻ってくる場所だ。

 めんどくさい事ばかりだが、自分を苦しめる事は何一つ無い。


 私は朝食を済ませた後で、望月と一緒に千代の説教をしこたま食らう。

 何度も聞いた千代の説教を受けながら、私は窓の外に目をやった。

 つまらない、なんて言ってられないほど忙しない日が続く。それが今日も始まった。


「奏! 聞いてるのかい? アタシャ怒ってんだからね!」

「ちゃんと聞いてるよ。ん? ······千代姐、なんか出たっぽいよ」

「なんかって何だい。はぐらかすんじゃ──」



「現世で亜種が出たよ! 見越し入道っぽいの来ちゃった!」



 汗をかいて走ってきた生馬の報告を聞き、私は望月と競うように屋敷を飛び出した。千代の怒鳴り声と生馬の呑気な声を聞き、私は里の大通りを駆けた。


「私が祓ったら千代の昼ごはんの残飯処理な!」

「俺が勝ったらお前がやれ」

「はぁ!? 子供にやらせんなよ!」

「お前の命日は十一年前だろ! 大人だ大人だ!」

「享年は十八だやい! 三十路には眩しいだろー」

「今日の夕飯抜きだからな!」

「昼飯はダメ?」


 相も変わらず、望月とケンカしながら里の門まで走った。私たちのその背中を、皆が呆れながら見送った。



 土の匂い。

 風の肌触り。

 水の囁き。

 炎の舞。

 樹木の恵み。



 それら全てに耳を澄ませ、私はいつだってつまらない現世を目指す。

 今日こそは望月に一泡吹かせようと意気込んで、私はとても濃い霧に身を委ねた。

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