1話 公園の亡者
前書きにあらすじ、後書きに次回予告を載せようかと思っています。
「······やばいわ、コレ」
目の前の信じられない出来事に、私の語彙力は消失した。
押し付けられる数多の雑用に飽き、暇つぶしにふらりと都会のオアシスと呼ばれる森林公園に遊びに来てみれば、道沿いの木が折れているわ遊具が壊れているわの荒れ放題で、オアシスなんて嘘のような惨状だった。嵐の後の方が、よっぽど綺麗なくらい。
立派だった噴水の上では、頭を押さえて発狂する亡者が一人いた。足元から全身にかけて、黒い煙が包み込んでいく。
『シ ニ タ ク ナ イ』
脳内に直接響いてくる亡者の言葉に、私は呆れた。
見てすぐに『死んでいる』と分かるその容姿に、生きている要素は皆無だ。というか、なぜまだ死んでいないと思うのか。
(いやいや、頭が悪いにもほどがあるだろうよ)
別に仕事でもないし、追いかけてきた訳でも無い。私はただ散歩に来ただけだ。この面倒くさい亡者を放置してもいいかと思った。······が、よくよく考えると放置した後の方が面倒くさい。これを知ったアイツが何を言うだろうか。お説教喰らうのは、目に見えている。
私は観念したため息をついて、首裏を掻いた。······やる。選択肢がそれしかない。
「多分、おっさん! 成仏しろよぉ。手間かけさせんなよなぁ」
私はパーカーのポケットから札を三枚取り出した。『爆』と書かれた札を風に乗せて、亡者に届けてやる。札は亡者の顔の前まで飛んでいくと、この上ない威力で爆発した。
私は駆け出し、爆風に飛ばされた亡者に手を伸ばした。あともう一発ほど喰らわせれば、大人しく球体だけを残して消えるだろう。
あともう少し、あともう少しで届く──
手が触れるか触れないかの距離で、私の体は吹き飛ばされた。噴水の中に落ちた体がその冷たさに跳ね上がる。
私は濡れた視界に現れた瓦礫の竜巻に唖然とする。それは都会のビル並みに高く、中の瓦礫一つ一つが鋭く尖っている。
近くを通った中年女性は悲鳴を上げた。私に少し危機感が芽生える。
「あーあ、騒ぎになったら大変だ」
亡者はゲラゲラと笑っていた。あれに私を巻き込めば勝てると思っているらしい。
──私はついうっかり、鼻で笑ってしまった。
(そんな物理攻撃が効くものか!)
私もお前と同じなのだから。
「全てを穿て 全てを壊せ
清廉なる水の祝詞
邪悪の一切を奈落に流せ」
私は脅すように祝詞を唱えた。そして続けざまに水の唄を歌う。
「この唇は命を癒す一雫 この腕は命を安らげる一掬い
私を求める者よ 微笑み踊れ花の如く
私を恐れる者よ 嘆くなかれ炎の如く
私は戯れに歌う 私は気まぐれに踊る」
私が穏やかで悪戯な唄を奏でると、私の足元で噴水の水は蛇の形に姿を変えた。透き通った体をしなやかに動かして、瓦礫の竜巻とは逆向きに渦巻く。力を失った竜巻を突き抜けて、蛇は亡者を一飲みにした。水の力に抗うことも出来ず、亡者は苦しみもがいて瑠璃色の球体となって地面に落ちた。
その球体を回収し、私は満足気に頷いた。
出来は上々。一人でも十分戦えるようになった。自身の成長に少し笑みがこぼれる。
「──でも、ちょっと目立ちすぎたか?」
騒ぎを聞きつけた人々が、公園の有様を見て殊更に騒ぎを大きくしていく。スマホで写真を撮ったり、動画を撮影したりと現場に足を踏み込む。マナーのなっていない現代人に、私はふんと鼻を鳴らした。
遅れてやってきた警察は「現場に入らないで!」と野次馬を公園から追い出す。まだ若い警察を捕まえて、最初に駆けつけた中年女性は、彼に向かって叫んだ。
「何が起きたのかわかんないんだけどさ! いきなり竜巻がバーッて起きて、私びっくりしちゃって!」
私は警察の横を通って公園から逃げる。警察らしくない制服だが、青い髪の美形の警察だ。昔見た女の警官と同じくらい若い。そして、人にない不思議な音が一瞬だけ聴こえる。私は振り返りそうになった。
「落ち着いてください。現場には誰がいましたか?」
「誰もいなかったわ!」
──そうだ。『生きている』人間には、『死んだ』私の姿が見えていない。視えるわけが無い。
享年17歳。職業──『祓い屋』
これが幽霊少女・朝日野奏の日常物語だ。
次回
『霧の里』に帰った奏は師匠と顔を合わせるが──