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4日目<夜>


ジョニーが地響きのような何かを感じる少し前…


オマコンはゾンビが目の前に迫っているという状況でありながら

性も根も尽き果てたといった体で、牢屋の中で項垂れていた。


火種を持ってきていないと気づいた瞬間に服の中を何回も探したし

牢屋の中で使えそうなものがないか探した。

無駄とは知りつつも転がっている石を叩きつけて火花を出そうともしてみたし

やけくそになりながらIpadをゾンビに叩きつけたりもしてみた。


だがその全てが徒労に終わり、今まさに自分の人生が徒労に終わろうとしている事に

涙すら枯れてしまったかのような喪失感に覆われていた。


「自分を間抜けだと思っていたがまさかここまでとはね…」

自傷気味に独り言をつぶやくも、帰ってくるのはゾンビのうめき声ばかり。

牢屋によって阻まれているものの、オマコンの気配を察知してゾンビは視界を覆うばかりに増えていた。

ある意味で陽動はできているかもしれないが、このゾンビたちはオマコンを食い殺した後

また避難民たちやジタンやマックスに襲い掛かるのだ。


もしかしたらゾンビ化したオマコンもそれにまぎれて。


「最悪だよ…味方を窮地にしか追い込まないなんて…食い殺されるだけのモブにすら劣るじゃないか…」


何度も泣き叫びたい気持ちになりながらも、ぐっとこらえる。

もうだめだ…何をしても無駄だ…そう分かっていながらも諦めたくない気持ちが

発狂しそうになるこの状況でもオマコンの理性をかろうじて保たせていた。


しかし目の前にあるのは充電どころかもはや液晶が割れ基盤がむき出しになったIpadと石のかけら

あとはポケットの中に入っていたゴミ程度のものだ。

これでガソリンに火をつけるだなんて到底不可能だ…

何度も同じことを自問自答していたオマコンだったが割れたIpadから覗いた基盤の金属を見た瞬間

違和感を感じた。


待てよ…基盤…いやそうじゃない…液晶…いや違う。そう…何か…そうだ事故か何かのニュースで…

うすぼんやりと霞がかかった思考が、触れたIpadの温度が上がっていたことで一気に鮮明になる。


「そうだ…!モバイルバッテリーの発火事件…!鞄に入れてたモバイルバッテリーの異常発熱で…!

そんなニュースを見た覚えがある!」

鮮明になった記憶から必死に探り出す。

「そうだよ!Ipadのバッテリーでもいけるはずだ…!」

画面こそ割れていたが電源はついた。割れたIpadを自分の上着でくるみ、バッテリーとIpadの接続部分に

ポケットから出たゴミを詰める。


「一般家庭でもホコリの積もったコンセントから延焼する事故がある!火種さえあれば一気にいけるはずだ…!」

地面に撒いたガソリンの一部をさらに接続部に塗り込み、祈るような気持ちで息を吹きかける。

こんな方法で本当に火が付くかどうかなんて分からない。

しかし今のオマコンにはこんな事しか出来ないのだ。


頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼む頼むお願いだ頼む頼む頼む少しだけでいいんだ頼むッ…!


生涯でこれほど神に祈ったことがあるだろうか、というほど強く強く祈り続けた。

ゾンビの声も牢屋の冷たさも感じないぐらい一心不乱にオマコンは祈り続けた。




瞬間。


チリッ




気のせいかと思うようなわずかな音と一緒に暗い牢屋に、オマコンからすれば閃光のような光が映る。


瞬間。


オマコンの瞳からは枯れたかと思われた涙があふれんばかりに流れ出た。

火は力強くあたりを照らすまでに燃え広がっていく。

まるで先ほどまでの祈りがそのまま火の勢いになるかのように。


涙で火を消してしまわないかと一瞬頭を掠めたがそれが杞憂だと即座にわかるほどに

Ipadは強烈な火を燃やし始めた。


「ははは…そうさ…火だってつけられるさ…そうIpadなら…なんてね…」


そうオマコンが言い終わるかどうか。

燃え広がった火はゾンビの足元にまかれたガソリンに引火し

オマコンのその独白は燃え盛る火と爆音と衝撃にかき消されていった…




その頃、ジタンは姫騎士と一緒に扉を開ける算段を付けていた。

「いいかい…?今から私がこの扉の取っ手を全力で引っ張る。だから君は開いた扉と金具の隙間に

そのレイピアを根元まで一気に差し込むんだ」

ジタンのセリフに無言でうなずく姫騎士。


ジタンが考えたのは難しい話ではない。


扉が少しでも開けば隙間ができる。

隙間につっかえられるように何かを挟み込めればそれをつっかえ棒代わりにできる。

隙間から水が抜けていけばより扉は開きやすくなる。


ただそれだけの話である。

ただ問題はその扉を少しでも開くことができるかどうかだった。

一番いいのは扉を破壊することではあったが、元々は王族の避難通路にある扉。

おいそれと破壊できるものではなかった。


「じゃあ…いくよ!」

合図とともに両足を踏ん張って扉を開こうとするジタン。

同時に姫騎士も反対側の扉の軸部分に、必死にレイピアを突き立てる。

しかし… 一瞬の変化もなく扉は開こうとしなかった。


しかしジタンは力を緩めずに踏ん張った。

こういったことは勢いが大事なのだ。

それならば一番最初が一番力が入るし、勢いもつく。

逆に言えば、後になればなるほど疲労で力は入らなくなるだろう。

まさしく踏ん張りどころだ。


「……………ッッッッッッ」


頭から血管が飛び出そうなほど顔を真っ赤にしながらジタンは明日は腰痛か筋肉痛かなと考えながらも

後先を考えずに力を振り絞った。

だが…


「あ・かな…い…っ!」


姫騎士の悲鳴が間近に聞こえる。

彼女はジタンが来るずっと前から同じことを繰り返していたのだ。

ジタンより限界が早いことは明らかだった。

だが今この瞬間を逃して…避難民を無事逃がせる確率はより低くなる。


「オマコンが稼いでくれた時間だ…!さっさと道を…あけてくれっっっ!」


ジタンが声を絞り出したその瞬間。

重い振動…いや何かが爆発したかのような地響きが水面を震わせる。


その一瞬に残る力を振り絞り。叫ぶように扉を引き上げる。

「うぉぉおおおおおっっっっ!!」

ジタンの獣のような唸り声とともに扉は一気に開く。


「や…った!!」

姫騎士の歓喜の声が聞こえる。

すかさずジタンは扉の間に滑り込み、扉を固定させる。

「さあ…!避難民たちのところに戻るんだ…っ」

ジタンの声に姫騎士は頷き、踵を返す。


今避難民たちの多くは道半ばで止まってしまっている。

それはなぜかというと道が水で覆われていたからだ。


だが今、そのたまった水の栓ともいえる扉を開いた。

するとどうなるか。


水が…流れるのだ。

避難民たちからすれば前に向かって。


姫騎士にはこの水の勢いを利用しようと事前に話してある。

避難民たちには病人を戸板に乗せて運んできている人たちもいる。

その戸板を水の流れに乗せて運んでしまえば一気に避難も進むだろう。


「あとはこの扉が閉まってしまわないように私が踏ん張れば済むだけだ…」

ジタンは脂汗を浮かべながらもつぶやく。

扉の閉まろうとする力に体がひねりつぶされそうになっているが、関係はない。

先ほどから扉から抜け落ちる水の勢いで息もろくに出来ていないがそれも関係はない。

ジタンが力尽きても、扉さえ空いていれば皆は逃げられるのだから…




息遣いが荒くなる。体の筋肉は自分の意志とは無関係にビクンビクンと跳ね回り

目の前が血の色で染まり視界がぼやけてくる。

マックスはごく冷静に自分がゾンビ化していくのを感じ取っていた。

それよりも…自分より先に…そして自分を信じてくれていた若い兵士たちがゾンビ化してしまった事が

悔しくて仕方がなかった。


まだ残る意識を振り絞り、避難通路側の扉を後ろ手で絞める。

家族を。仲間を守ろうとした彼らを、家族と仲間を食い殺す化け物にしないために。

今ここで始末をつけねばならない。


マックスもいつまで意識を保っていられるか分からない。

包丁を振りかぶる…が、手に力が入らない。

ぶるぶる震える手から今にも落ちそうになっている包丁は、とてもではないがゾンビを切り殺すような

威力は出せそうにもない。


ゾンビ化が進んでいるから…だけではない。

彼らが相手だからだ。


ゲームを敵を倒すのも、この世界でゾンビを倒すのも大差はなかった。

人の形をしていようと結局は見知らぬ他人。

マックスにとっては人形を壊すのと大差はなかった。


だが彼らは違う。

先ほどまでともに戦い、逃げ、協力し合った仲間だ…


ゾンビ映画でも家族がゾンビになった時のお約束の展開だ。

分かってはいる。分かってはいるのだが…感情が追い付かないのだ。


倒さなければならない、だが倒せない。そんなジレンマに襲われる間も、ゾンビ化した若い兵士たちは

マックスにじりじり近づいてくる。

今のマックスにできることは…避難通路の扉を背に必死で耐えるしかなかった。


若い兵士たちだったゾンビたちはすでに意識をなくしマックスに襲い掛かる。

幸いなのかどうなのか腕に食いつかれても、引き裂かれてもそれほど痛さはない。

自分に群がってくる彼らを抱きしめて、なんとかここにとどめる方法を考える。


だがもはや時間はない。

何か…何か手はないか…考える間にもマックスの視界は真っ赤に染まり…いやマックスの視界だけではない。

正面に見える宝物庫の入り口の扉…バリケードの隙間から真っ赤な炎が見えた。


オマコンの付けた火は、ばらまかれたガソリンに次々と引火し城全体を火の海に変えていた。

すでに半ばゾンビ化していたマックスは気づかなかったが、宝物庫の温度はすでに数百度を超えていた。

若いゾンビたちは炎を上げながら倒れていく中

マックスは安堵していた…


彼らも。自分も役目を果たしたのだ。

後は仲間が何とかしてくれる…

何も不安などない。


ただ…そう。

願わくば…ほかの仲間たちが無事である事をただ祈り…


マックスはゆっくりその瞳を閉じた。



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