子どもなリーダー
金持ちそうな屋敷へ乗り込み、旅資金を調達するべく動き回るサノイもといい、リーダーのラナン。
ついに、警備兵に見つかり剣を抜くはめになる。
しかし、思っていた以上に兵士の数が多い。
サノイの取った行動で、ラナンは兵士の下敷きとなり……。
革命者に必要なものとは、何だろうか。
断固たる「決意」と「武力」も、そのひとつだろう。
しかし、それだけではないと思えるのだ。
「うぅ……ひどいよ、サノぉ」
それからしばらくして、ラナのうめき声が聞こえてきた。やはり、生きていた。いや、死んでいては困るのだが……。ラナは、ごそごそと、山のふもとから這いつくばって出てくる。しばらくほふく前進すると、ラナはゆっくりと立ち上がってきた。
そのような様子を見ながらも、私とリオは未だ警備兵と剣を交えていた。斬っても斬っても数が減らない感覚に陥る。しかし、それも終幕を迎えそうだ。
「リオ、いくつ斬った」
「今ので十五ですね」
「そうか。予想以上に数が居たな」
私も二十近くは切り捨てている。随分とすっきりした廊下を、私たちふたりは満足げに眺めていた。不意に笑みがこぼれる。そして、ラストスパートをかけるために、さらに兵士に向かって斬りこみに行った。
「ふたりばっか楽しんで、ずるい!」
そんな声が背後から聞こえたかと思うやいなや、私とリオをあっという間に追い抜いて、先ほどまで兵士の山の下敷きになっていたラナは、ひとり。兵士の集まっているところに自ら駆け込んでいった。
肩に携えている剣に手をやり、走りながらそれを抜く。注意は兵士だけに向けられていた。
「楽しそう……ですって。サノ、あなたは楽しかったですか?」
横に並んで居たリオは、兵士の剣を弾き飛ばしながらそう声をかけてきた。私は兵士をまたひとり、切り伏せて応える。
「いや、全く。面倒なことになったと、半ば投げやり気味だったな。リオは?」
リオは、ラナの方を見ながら再び苦笑しながら答えた。その間にもひとり、兵士を片付けているところが流石だ。
「同感ですね」
私たちがそう会話をしているうちに、ラナはすでに十人は斬っていた。もちろん、誰一人として死んではいないし、重症でもない。そこが、ラナのすごいところであった。
私たちがひとりを倒す合間に、十人もの兵士を片付けているのだ。彼のスピードは並ならぬものであった。
「ふぃ~……片付いたっと」
ラナは、額の汗をぬぐう動作をしていた。汗など少しもかいてないのだから、ただのフリなのだ。疲れを見せている私たちを端に、ラナはひとり充実した顔をしていた。まるで、軽くジョギングでもしていたかのような表情だ。
「サノ、ひどいじゃないかぁ。俺を殺す気か?」
多少、悪いことをしたと思っていた私は、ラナから視線をわざとらしくそらした。頬をふくらませて怒っているラナを、リオはなだめながらも叱っていた。やはり、よい保護者だ。私はリオの態度に感心した。
「確かに、僕も驚きましたよ? サノの行動には。ですが、あなたが無茶苦茶なことをするからでしょう? もう少し考えて行動してください。あなたは、僕たちのリーダーなんですから」
リーダーという言葉に少し笑みをもらしながらも、ラナは食い下がらずに、リオと私に噛み付いてきた。
やはり、犬だ。
まぁ、猫よりも犬の方が私は好きなのだから、ラナが犬系でも別によいのだが。リーダーが犬というのは、少し考えようかもしれない。
「この方が手っ取り早かっただろ? ほら、こんなにも綺麗に片付いたし」
自信満々に両手を広げ、兵士がごろごろと転がっている廊下をアピールしていた。
確かに片付いた。だが、綺麗だとは思えない。おそらくは、リオもそう思っていることであろう。それに、半数以上片付けたのはラナではなく私たちだ。
「こっそり侵入すれば、これほどの兵士は出てこなかったかもしれないでしょう?」
確かに、この数は多すぎた。おかげで空腹の体には、少々堪えた。私は軽くため息をもらした。
「い~や、出たね。間違いなくこれだけの兵士は出てきたさ」
「「どうして?」」
やはり、私とリオの声はそろっていた。
「どうして……って、俺がそう思うからさ」
私は、自分で言うのもおかしいが、人よりは冷静で、あまり怒りも持たない人間だと自負している。しかし今は、少しばかりラナに対して怒りを覚えていることを自覚した。
たった三人だけのチームだが、リーダーという位を預かっている男が、このようないい加減な性格でいいものなのかと。以前、ひとの上に立つ地位に就いていた私だからこそ、余計にそう思うのかもしれない。
「ラナ」
リオの声はいつもより低い。彼もまた、ラナに対して怒りを抱いているようであった。
当然だ。ラナの無鉄砲な行動のおかげで、いらぬ斬りあいを強いられたのだから。
「あなた、バカでしょう」
半眼でリオはそう呟いた。ラナはその言葉を聞いて目を見開き、咄嗟に否定した。
「なっ……俺はバカじゃねぇ!」
「バカです。行きましょう?サノ」
怒っているようには思えたが、まさかここまでキレているとは思わなかった。いつも温厚な男なために、怒りが際立って見える。よそから見ていても、彼の怒りは顕著に現れていると感じられたであろう。
「あ、あぁ」
リオは無言でラナを通り過ぎ、私の隣に並んだ。そしてそのままラナに背を向けて、奥の部屋のほうに歩き出した。それに続いて私も足を進める。ラナをひとり、置いていく形となる。
「……ぃ」
よくは聞こえなかったが、ラナが何かを言ったような気がした。それは、とても小さくて、少し震えた声だった。とりあえず、それに反応した私とリオは、足を止めた。
リオの方を見ると、先ほどとは様子が違う。私にはよく聞こえなかったが、リオにはラナがなんと言ったのかが聞こえていたらしい。リオは、私に向かって微笑みかけた。それは、先ほどの怒った顔とはまるで違う、穏やかで優しい顔だった。
例えるなら……母親?
手のかかる子供を前にした、母親に似ているかもしれない。
「聞こえませんね? サノ。行っちゃいましょうか」
いじわるっぽいリオの言い方で、私はなんとなくだが、リオが何をしようとしているのかを理解した。そして、リオの口車にのった。
「そうだな。先を急ごうか」
そして、再び私たちは歩き出した。するとラナがこちらに向かって走ってくる音がした。足音がどんどん近づいてくる。
「待って、ヤダ……置いてかないで」
そして、私とリオに飛びついてきた。私とリオを掴む手には力がこめられている。ぎゅっと掴んで、私とリオの服を離そうとはしなかった。
「ごめんなさい」
それを聞いて、リオは体の向きを百八十度変えた。そして、そっとラナの背中を撫でた。
「ラナ。僕はあなたの性格を、少しは分かっているつもりです。あなたのその活発な生き方を、否定はしません。その行動力は、何ものにも変えがたい武器にもなると思います。ですが、その無謀とも言える行動によって、時には仲間が傷つくこともあるでしょう? 現に、今回は僕たち、結構ぎりぎりでしたよ?」
そう言って、リオは私の方を向いた。おそらく、同意を得ようとしているのであろう。まぁ、ギリギリというほどまで辛かったわけでもないが、確かに少々堪えていたので、私は同意の意をこめて頷いた。
「ラナ。これからは、あまり後先考えずに行動しないでくださいね」
「うん」
なんだか、リオに拍手を送りたい気分になった。やんちゃな子どもを、見事にしつけているのだ。私には、とてもではないがマネできないことであった。
リオは、いい親になると思う。親といっても、母親に。そのようなことを言ったら、怒られてしまいそうなので、口にはしなかった。
「でも」
ラナは体を少しリオから離して、じっと見つめた。
「ガンガン行かないのは、俺らしくねぇだろ?」
それを聞いて、リオと私は固まった。駄目だ、ラナをしつけることなど、もはや誰にもできない。どこにも存在しえないだろう。ラナの天下を目にした気がした。
ラナは、奥の部屋に向かってひとりで走り出した。私たちが後に続いていないということを気にもせず、私たちの目から見えないところまで行ってしまった。
「まったく……」
嘆いているリオの顔は、呆然としている私の顔とは違っていた。しょうがない子だな……
とでも、言っているような顔だった。そして、また私の方を見てきた。
「すみませんねぇ……サノ。ラナをおとなしくさせること、僕にはちょっと無理かもしれません」
というより、誰にもできないのではないかと思った。ラナは完全に、自分のペースで人生を歩んでいた。しかし同時に、それは悪いことではないとも思った。
私も、誰にも流されないで生きて生きたいと思うからだ。ラナのような生き方が出来たら、今とは違う視界が見えてくるかもしれない。
そんな目で、世界を見てみたいと思った。