言葉は要らない
食料調達後、サノイとリオスは、リーダーの山勘に任せて「金庫」目指して屋敷内を走っていた。
そこで、警備兵の存在に気づく。
サノイとリオスの計算より、ラナンはさらに多くの兵士の数を読み取り、頭数を告げる。
阿吽の呼吸。
そういう言葉がある。
過去に、これほどまで「言葉」にとらわれず、動けた経験は無かった。
何度も、何度も戦場を駆け巡った。
それでも、必ず「言葉」が必要だった。
※
「ラナ、あなたってひとは。感覚だけでよくもまぁ、これだけ大きな屋敷の中を走り回れますね」
リオは、相変わらずため息まじりではあるが、半ば感心もしているようだった。結構な距離を走らされたが、どうやら本当に金庫のある部屋に向かってはいるらしい。
なぜわかるか?
それは、警備が徐々に厳重になってきたからだ。私たちは柱の影に隠れ、警備兵の数と位置の把握に努めていた。
「兵士が……五人ですね」
「いや、あの柱の左右に三人居る」
私とリオが数を探っていると、後ろからラナが頭を出して会話に参加してきた。
「でもって、俺たちの後ろにざっと十人な」
「「えっ……?」」
ラナは、さらっと言ってしまったが、本当に私たちの後ろには、図体のよい男が十人、こちらとの距離を詰め寄せてきていた。手には剣を持っている。それにしても、なぜここまで近づかれていて、私は彼らの存在に気がつかなかったのか。それが、不可解であった。
リオもまた、私と同様驚いていた…………ということは、リオも彼らの存在に気がついていなかったということになる。
では、ラナは?
彼だけは背後に忍び寄る影にも気づいていた。
「合計は……どれだけだ? ひぃ……ふぅ……みぃ……」
「十八人ですね」
リオがさらりと人数の合計を出した。剣の柄に手を置きながら、いつ斬りかかられてもいいようにと、警戒心を強める。
「十八か。なかなかの数だな」
私もまた、相手の力量を測ろうと辺りに注意を向けた。私の計算では、この中にはそれほどの腕を持ち合わせたものは居ない。私も双剣の柄に手をかけた。そして、斬りかかるタイミングを見計らう。
「ちょうどいいじゃん」
「「何が……?」」
そんな中、またもやラナは謎な言葉を発した。この頃になると、私とリオの息は次第に合ってくるようになっていた。もともと、考え方だとか戦い方など、私とリオは色々な点で似ているところがあった。そして今では、同じリーダーに仕える身だ。息も合ってくるというものだ。
「十八って、三で割り切れる数字だろ? ひとり、六人ずつ倒せばいいじゃん。分かりやすくていいだろ?」
ラナは、嬉しそうに剣を抜いていた。私には、何が嬉しいのかわからなかったが、リオにはその理由が分かっているらしい。
「よく計算できましたねぇ。進歩したじゃないですか」
「だろ、だろっ!? 俺、計算少しはできるようになってきたぞ!」
褒められたラナは、とても嬉しそうだった。これくらいの計算、それがどうしたのだろうかと思ったが、ラナにとっては、大きな一歩だったらしい。
私は幼い頃から教育係によって一般教養から帝王学、馬術、武術、剣術など、ありとあらゆることを教えられてきた。だが、ラナは読み書きもできなければ、こういった計算も、得意とはしていなかった。そのことを特別気にしているようには見えないのだが、リオが言うには、教養のないことがラナにとってはコンプレックスのひとつであるらしい。最大のコンプレックスは、あの緑の瞳らしいのだが……。
人間には現れない瞳の色を持つラナは、これまでに色々と痛い目を見てきたようだ。
ラナは、キラキラとした眼差しで私の方を見てきた。尻尾を振っている犬に見えるのは、私の気のせいであろうか。どうやらラナは私にも褒めてもらいたいようだ。こういうところは、まるで子どものようである。いちいち他人の評価を気にする点も、私とは異なるところであった。
「よくできたな」
だがラナがそれを望むのならばと、私はそう声をかけた。するとラナは、さらに嬉しそうに笑った。とても素直で、純粋な笑みだった。この笑みが見られるのならば、いくらでも褒めてあげたくなる。それは、ラナの人徳だと思った。
「お前たち、何を三人だけの世界に浸っている。あのもの達をひっとらえろ!」
警備兵のリーダーらしき男が声を荒げて仲間に指示した。命令を受け、兵士たちが次々に襲いかかってくる。だが、私たちは三人とも慌てたりなどはしなかった。これぐらい、なんてことはない。
「では、六人ずつですね? 行きますよ」
そして、私たちは散った。こういうときは、なぜか私たち三人の呼吸は驚くほど合うのだった。誰がどのあたりを受け持つのか、どこへ向かって走るのか。自然とその場の流れで決まってしまうのだ。
私たちは迷ったりなどしない。言葉がいらない戦場というものを、私はこのふたりと組んで、はじめて経験した。
クライアント兵を指揮していたときには、考えられないことであった。あの頃の私は、誰がどこに動いて、何をするのか。とにかくこと細かく決め、戦場に出てからも指示を出し続けていたのだ。そのため、万一予期せぬ出来事が起きてしまったときには、対処に困った。私の近くにいる者たちには、すぐに指示を出せるが、遠くで戦っている者に指示を出すには時間がかかるからだ。
しかし今はそれをする必要はない。彼らに言葉は要らない。なぜならば、彼らは自分で判断し、自分で動けるからだ。
(仲間……か)
私は、後方の敵に向かって走った。リオとラナは前方で戦陣を立てる。