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小麦の在処

厨房へ入っていったラナ。

見守るリオ、そしてサノ。


ラナは、能天気で「おバカ」なことを口にしているが、次第に雰囲気が変わっていき……。

 変わりつつある。


 私も、リオも……きっと、ラナ自身も。


「このパン、もらってもいい?」

コックと思われる男たちは、呆れた顔やら、疎ましく思う顔をしながらも、作業を進めていた。もう夜更けだ。明日の朝食の準備でもしているのだろうか。

「あぁ、やるからさっさと出ていけ。ここはお前のようなガキがうろつく所じゃないんだぞ? さっさと家に帰ってお寝んねしな」

隙間から部屋の様子をこっそりと伺っているため、はっきりとは見えなかったが、ラナが一瞬、顔を曇らせたような気がした。

「……俺みたいなガキは? じゃあさ、どういう人物ならうろついてもいいんだ?」

「そりゃあ、ドグー様のようなお方だよ。他には……デッジ様とか、ロム様とかさ」

どれも、一度は耳にした事のある名前だった。クライアントの軍師をしていた頃に目を通した、敵国に関する資料の中に彼らの名前が書かれていた。


 ようするに、資本家だ。


 彼らはフロートに武器などの軍事資金を、提供している。


「へぇ……」

ラナのその相槌には、どこか皮肉が込められているような感じがした。いつでも楽観的で明るさを絶やさない彼には珍しい反応だ。そしてラナは手近にあったパンをひとつ手に取ると、しばらく男たちを観察していた。その様子を見て、男はしびれを切らしたらしい。

「まだここにいる気か!? 早く出ていかねぇと、この街の保安官に突き出すぞ!」

この世界では珍しく、この街には保安官がいるらしい。普通は、フロート兵がたまに見回りに来る程度だ。資本家の力が、それだけ大きいということであろうか。フロートから、独立しかけている……そんな感じがした。

「あのさ……これ。美味そうだけど、小麦はどこで作ってんだ?」

怒りを増し続けている男に対して、ラナは構わず質問を続けた。ラナに、脅しはまったく通じないらしい。もっとも、この程度の脅しならば、私も屈しないであろうが……。

「どこでもいいだろ!? このガキは……。とっととつまみ出せ!」

「じゃあさ、これだけ教えてくれよ。小麦の場所。そうしたら、この部屋から出て行くから」

先ほどまでとは違い、ラナの雰囲気が変わっていた。今は、何かを探り出そうとしている感じだ。元気のよい声ではなく、声のトーンを少し抑えた、少年らしからぬ声色になる。

「知らねぇよ。この街付近の村じゃねぇのか?ほら、さっさと出て行け!」

ラナはそれを聞くなりこくりと頷くと、パンをちゃっかり三つも手にして部屋を出てきた。


「あれ?ふたりとも、こんなとこに? 何してんだ?」

第一声は、そんな間の抜けたものだった。先ほどの落ち着いた声色ではなく、いつもの彼に戻っている。

とりあえず、部屋を出てすぐにそのようなことを言われては、中に声が漏れ、男たちに私たちふたりの存在もばれてしまう可能性が高い。すぐさま私たちはラナをぐいっとひっぱり、先ほど下りてきた階段のほうに向かった。

「何をしていたじゃないでしょう。あなたというひとは……何を考えているんですか」

「あ、これもらえたよ。これがリオの分。これがサノの分」

怒っているリオを完全に無視して、ラナは私たちの手のひらにパンをひとつずつ置いていった。とてもいい香りだ。手に持った感触もやわらかくて素晴らしい。久しくこのようなまともな食べ物とは縁がなかったため、私は思わず感動してしまった。さりげなく仲間の分までパンを盗……いや、いただいてくるとは、仲間想いではある。

 しかしリオは私とは違い、あまりそれを快いとは思っていないようだ。自分の言葉を無視してことを進めているラナを前にして、怒りを通り越して呆れている。

「まったく。ひとの話を聞いているんですか? あなたは、いつも先走るんですから。サノもなんとか言ってくださっ……」

リオの声がいきなり途切れた。私はどうしたのかと思い、リオの顔をじっと見た。すると、リオは目をいっぱいにあけて、私の顔を見ていた。思わず見つめ合う形になる。

「……何だ?」

見つめ合いに耐えかねた私は口を開いた。

「サノ……あなた、さりげなくパン食べましたね?」

「えっ……?」

ふと視線を落とし、自分の手の中を見てみた。すると、先ほどもらったばかりのパンが、一口サイズ欠けていた。思えば、先ほどから口の中には、甘い香りが広がっている。

「……これは」

「これは……じゃないでしょう」

「サノ、おいしかった?」

ラナは、にこにことしていた。リオは、呆れていた。そして私は、自らの行動に驚いていた。よほど腹が減っていたのだろう。

「さてと、金庫に行こうか……あぁっ!?」

ようやく落ち着いたと思ったら、今度はいきなり叫び声をあげた。リオは慌ててラナの口を手でふさぎ、黙らせた。

「なんですか、ラナ。もう少し静かにしてください」

「さっきの奴らに聞けばよかったぁ……と思って。金庫の場所」

いや、聞いても教えてはくれないだろう……とは、あえて言わなかった。パンの礼とでも、考えておこう。本当に、おいしかった。ひと口食べ、残りは袋の中に入れておいた。

 それにしても、まさか無意識のうちに食べ物を口にしてしまうとは……。自分でも、信じられなかった。はしたない。そして、空腹とは恐ろしい。

 しかし、以前にも戦場下ではこれくらいの空腹、いくらでも味わってきた。それでもこのような事態は起きたことがない。はじめての経験だった。

(変わってきたな……私も)

自分は、ラナに出会って変わってきた気がする。けれどもそれは、悪いことではないのかもしれない……そう思った。



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