暗闇の恐怖
突然眠ってしまったリーダー、ラナン。
ラナンを背負ったサノイだが、空腹により力がうまく入らなくなっていく。
さらに、灯が消えていき、辺りは暗い。
サノイは、とあるものが出ないように祈りはじめ……?
その道は、異様に暗かった。
もともと廊下に設置してある灯火の数は少なかったのだが、先ほどのさわぎでいくつか消されていることもあった。
これは……私にとって、大きな問題のひとつ。
そしてもうひとつは、ラナを背負うことが実は辛かったということだ。
つい意地を張ってというか、見栄を張ってラナを背負うと言ってしまったが、空腹の為に力が思うように入らなく、先ほどから足元が安定しなくなってきていた。
クライアントにて軍師を務めていたときには、何日も飲まず喰わずで戦場を駆け回ってきていたはずなのに、これぐらいの空腹で今では根をあげるとは……情けないにも程がある。
私はこれでも、他国の皇子よりはハングリー精神を培って生きてきたつもりでいたのだったが……やはり、他国の皇子同様、まだまだ甘く、大人にはなりきれていなかったようである。
現に、リオなんてどうだろう。私たちと同じだけの量しか口にしていないというのに、足取りは常に変わらない。彼を、見習いたいと心から思った。
「暗いですねぇ」
リオもそう言って、注意深くあたりを見渡していた。陰から突然警備兵が出てくることも考えられるからであろう。私も、注意深く辺りを見渡していた。
ただしここで重要なことは、私はリオとは違うものに注意を払っている……ということだった。
(……こういう屋敷には、たまに出るものなんだ)
そう、たまに出るのだ。
アレが……。
怖いという感情とは、少し違うかもしれない。ただ、気味が悪いのだ。この世に存在するものは、この世に生きているものだけでよい。その、うっすらとした容貌で、私の前に「出てくるな」と命令したかった。
そうなのだ。私は、「幽霊」が苦手であった。もちろんこのことは、誰にも言ってはいない。このようなことを、ラナに知られたら……。いや、リオの方が笑うであろうか。とにかくからかわれることは目に見えていた。だから私は、必死に平静を装っていた。
私の父、クライアント国王だけである。この事実を知っている者は……。
「なんだか暗いですね。ますます薄気味悪くなってきました」
「……そうだな」
私を怖がらせたいのか……と、言いたい気分であった。
「そうそう。知っていますか? このあたりに古くから伝わる伝説ってものを」
「伝説?」
嫌な予感がした。「古く」という単語から、なんだか不吉な何かを感じ取った。リオは、各地にまつわる色々な神話だとか、伝説だとかを知っていた。趣味で、色々な書物を読んだのだと以前話していたが……。この地には、いったいどのような伝説があるのであろうか。
「このあたりには、有名な刑務所が建っていたそうですよ。ですから、毎日のように死刑囚が処刑されていたとか」
やはり、こういう話か……と、私は肩を落とした。すると、ラナの体もガクっと落ちたので、慌てて背負いなおした。危うく、ラナを落としてしまうところであった。
「大丈夫ですか?」
「怖くなどない」
「は?」
「あっ……」
私は、赤面した。心臓も、激しく波打っている。大丈夫かと聞かれたから、てっきり私はこのような怪談話をされても平気かと問われているのだと思ったのだ。しかしどうやら、私の体力のことを心配しているようであった。どうして私はここまで幽霊などが駄目なのであろうか。私はこのとき初めて、この暗い廊下に感謝した。暗いおかげで、おそらく赤面した顔を、リオに見られなくても済む。
そう、思ったのだが……。
「あれ、どうしたんですか? サノ。顔が赤いですよ?」
「えっ……」
急に、灯火の数が増えてきたのだった。運がない。私から、リオの顔がはっきりと見えるということは、リオからも私の顔がしっかりとみえていることを示していた。悟られないようにしようと意識すればするほど、胸の動悸は早まっていくようであった。
「サノ、変わりますよ。あなた、疲れているでしょう?」
ばれていない……。その事実が、今の私にとって、何よりもよい栄養であった。力が出てくる。
「大丈夫だ。それより先を急ごう。この静けさが不気味だ。何か、よからぬことが起きるかもしれない」
この屋敷の警備兵に見つかるとか、そういうことを匂わせて話したが、もちろん私が一番気にしていることは、幽霊などが出てくるかもしれないということであった。
「そうですね。では、急ぎましょうか。それから……サノ、いっそのことですから、この灯火を全て、消してしまいましょうか」
私は慌てた。全てを消す? そのようなことをしたら、真っ暗になってしまうではないか。ますます、霊的存在の出現率があがってしまうような気がした。
「な、何故だ?」
リオは、私のことを何か不思議なものを見るかのような目で見てきた。その不審な行動に疑問と不安を感じた私は、無意識のうちに、リオとの間に距離をとっていた。
「サノ……ですよね? あなた」
急に何を言い出すんだ……。私がサノイではなければ、いったい誰がサノイだと言うんだ? その前に、どうして疑うのかが分からなかった。今までずっと一緒に行動をしてきたではないか。それなのに、どうして私がサノイであるかどうかを怪しむのだ? ただでさえ今の私は、通常の神経ではないというのに、これ以上、心配事を増やさないで欲しかった。
「何をいうんだ。当然であろう?」
それでも、リオはしばらく私の方を見て怪しんでいた。
「そう言われましても……あまりにも、いつものあなたらしくないから」
いつもの私らしくない? 私は、リオの言葉を胸の中で繰り返した。それほど不自然であったろうか。
「だってそうでしょう? いつものあなたなら、灯火を消す理由くらい、すぐに分かるはずでは?」
そう言われると、私はますます焦りを感じてくるのであった。いつもの自分どおりふるまおうとしていた為、余計にリオの言葉は私の同様を誘うのであった。私は、必死にいつもの自分というものを思い出していた。それにしても、私は私であって、いつもの自分も何もないように思えるのだが……。まったく、人間とは不思議なものである。
「敵から姿を隠す為…………か」
「そうですよ。当然でしょう?先ほどの騒ぎで、絶対に僕たち侵入者の存在はばれていますよ。だったらなるべく、今どこにいるのかを、敵に見せないようにする方がいい。そうでしょう? 曲がり角なので待ち伏せされていたら、結構困りますよ。ラナはこの通り、すっかり眠っちゃっていますしね」
暗くなった方が、ラナは寝やすいのであろうな……とか、そんなことを考えながら私はラナの寝顔を横目で見ていた。気持ちのよさそうな寝息を立てている。数年前には、命を懸けて国の為に戦った敵同士であるとは、少しも思えない光景であった。ラナは完全に、私のことを信用してくれているようであった。
(暗いのが怖いとか……思っている場合ではないか)
私は覚悟を決めた。確かに、このまま明るい中を走っていくより、灯火を消して奥に進む方が、安全だと思うから。それだけ暗い中では、私たち自身も前に進めなくなるのではと思うかもしれないが、私たちは、夜目がひとよりは利くように訓練されているため、ある程度ならば平気であった。
こんなところ、さっさと消え去ってしまいたかった。