若さゆえの過ち?
COMRADEシリーズの過去話。
主人公は神子魔術士「サノイ」である。
自由奔放のリーダー「ラナン」の提案で、富豪の屋敷に「泥棒」として侵入するレジスタンス。
彼らの運命は、いかに。
「本当にいいのか?」
私は、何度も何度も繰り返し聞いた。それくらいに今、自分たちがしようとしていることは、よくないことのように思えたからだ。
薄暗い草陰の中に、私たち三人は身を潜めるようにして腰をかがめ、目の前にある大きな屋敷を視察していた。
「いいの、いいの。だって、ここって金もうけの鬼ってことで有名らしいじゃん?」
なんの罪悪感も持たないのか……。私たちのリーダーは、不安を抱く私とは対照的にやる気充分だ。彼は茂みを掻き分けて、どんどん屋敷の方へと向かっていった。
「本当に、いいんだな?」
リーダーである彼に聞いても同じ返事しか返ってこないため、私はもうひとりの仲間に聞いてみることにした。押し殺した声で、念を押すように話しかける。すると彼は、私と同様の顔色をしている。多少不安を抱いている様子の反応を返してきた。
「まぁ……良くはないでしょうけどね。ただ、ここなら少しぐらい拝借しても……」
結局は、同じ返答しか返ってはこなかった。
自分だけが今回の件から降りるというわけにもいかないため、私は腹をくくって前に進むことにした。これまで団体を指揮してきた私にとっては、個人行動をとるという行為をすることに抵抗を覚えていたからだ。余計なプライドが邪魔をして、私もこの気の乗らない作戦に同行することとなった。
結局、はじめからこうなることは分かっていたんだ。リーダーの意見は絶対だ。私も、もうひとりの仲間リオも、リーダーを心から慕っていた。
リーダー、リオ、私の順で屋敷の裏口に回りこんだ。頑丈な南京錠で鍵をかられた扉がそこにはあった。
するとリーダーである少年ラナは、しめしめ……というような顔をしながら、どこで身につけた業なのか。ズボンのポケットにしまってあったヘアピンを取り出し、それをまっすぐに伸ばすとピッキングの技術をふんだんに扱い、その扉をいとも簡単に開けてみせた。あまりにも簡単に開けてしまったので、特に自慢げというわけでもない。彼にとってはこれぐらい、造作もないことなのだろう。
ラナは淡々と、次の行動へ移ろうとしていた。使ったヘアピンは捨ててしまわずに、また元のように折りたたみ、同じズボンのポケットにしまっていた。この先でもまた、時さえこればそれを使うつもりでいるのだろう。
「しかし、こういう家には防犯のためにもお金を使っていそうですよね」
「まぁ、多少の警備兵はいるだろうなぁ……」
ラナとリオ。このふたりは、今まさに自分たちがしようとしていることを、腹を決めた今となってはどこかで楽しんでいるようにさえ見えてきた。私としては信じがたい事実だった。
すでに住居不法侵入の罪で問われることをしでかしてしまっている。
(すみません、国王……)
私は心の中でそう呟いた。国王と言っても、今この国、この世界を支配している国王に対しての謝罪の言葉ではない。私の敬愛する、滅びた王国の陛下を思っての言葉だ。
「サノ、行くぞ?」
ふたりから少しずつ距離の開いていく私を、リーダーであるラナは、声を潜めながら呼んだ。ラナの後ろには、ぴったりとリオがついている。
サノ。
私の本名はサノイだ。なぜかラナは、ひとのことを頭の二文字で呼びたがる。彼曰く「その方が親しみを感じるから」だそうだ。私も例外ではないらしく、出会ってから今日まで「サノ」と呼ばれ続けている。
これまで、そのようにあだ名というもので呼ばれた記憶が皆無に等しかったため、新鮮といえば新鮮だ。
「サノ、あまり遅れないほうがいいですよ。もしもはぐれたら困るでしょう?」
「……あぁ」
まるで子どもを扱うかのようなそのリオス、愛称リオの声に短く答えた。
それにしても、本当にいいのかどうか不安だった。なぜならば、私たちが今しようとしていることは……泥棒、なのだから。
「ラナ。これは泥棒なんだぞ? 本当にしてもよいのか?」
「もう……サノ、そのことについてはよく話し合ったじゃないか」
いや、私の記憶が正しければ、話し合いの時間は一分もなかったと思うのだが……と言うより、話し合ってなど実質上いない。あれは話し合いとは呼べまい。ラナが昨夜、焚き火を前に突然こう言っただけだ。
『明日の夜、ドグーという奴の屋敷に金を盗みに行くぞ!』
そう宣言して、そそくさと当人のラナは眠ってしまった。残された私とリオは、顔を見合わせてラナが本気かどうかを話していたのだが……。
その結論は、単なる冗談であろうということで決着がつき、私とリオも交代で仮眠を取ったのだ。
しかし、翌日目を覚まし、旅の支度を整えると、ラナは一直線にそのドグーという者の屋敷の方角に向かって歩き出したのだ。まさか、本気だったとは……私もリオも呆れるほかなかった。
だが振り返ってみれば、ラナはあの時確かにはっきりと「盗みに行く」と断言しているのだ。そこでラナをたたき起こして、止めさせるべきだったのだ。寝る前に呟いた寝言かと、甘く受け流すべきではなかった。リオと話し合いなどしている場合ではなかったのだ。
そうは言えども時はすでに遅し。止め役であるはずのリオでさえ、今やラナの味方だ。私も観念せざるを得ない状況だ。
それでも泥棒とは、明らかなる犯罪行為だ。たとえ相手が金持ちであろうとも、泥棒は泥棒、罪は罪だ。私はめまいを覚えた。
「それに、これは泥棒じゃないぞ?」
泥棒ではない? では、なんだと言うのだ? 私はふらつく足をしっかりと立たせながら、ラナの言葉に耳を傾けた。
「これは、金をちょこっと分けてもらうだけだ」
ラナはしれっとした顔でそう言ってのけた。それを世の中では泥棒と言うんだ……私はそう、胸中で毒づき、重々しくため息を吐いた。
正直言って、ラナにはついていけないかもしれない……私の中に、不安がはっきりと根付いた瞬間だった。