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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第二章
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春の訪れ

 ウイスタン校内の、中庭の片隅にも黄水仙が咲き誇り、春の訪れを告げている。


 回廊の石段に腰かけた杜月飛鳥は、こちらへ向かってくるヘンリー・ソールスベリーとロレンツォ・ルベリーニを眺めて、クスクス笑う。

「またやっているよ……」

 最近、ヘンリーとロレンツォはよく一緒にいる。大抵、ロレンツォが手を振り回しながら声高に喋りまくり、ヘンリーが煩そうに一言二言返答する。その繰り返し。それから、


 ほら、やっぱり、いつもと同じだ。


「もう、いい」

 ヘンリーが立ち止まって冷たく言い放ち、ロレンツォはがっくりと肩を落としたかと思うと、飛鳥の所まで靴音を高く響かせながら走ってくる。


「今日は、話は進んだ?」

 飛鳥は苦笑しながら立ち上がる。

「何も」

 ロレンツォは、大げさに腕を広げてため息をつく。

「何だって、あいつはあんなに気が短いんだ!」

「きみが、いいかげんすぎるからだろう」

 ヘンリーの冷たい声が、背後から追い打ちをかける。


「アスカはどう思う? どっちの味方?」

 ロレンツォは飛鳥を盾にでもするように、その肩に腕を回した。

「わからないよ。きみ達いつもイタリア語で話しているだろ!」


 この二人、本当に仲がいいのか悪いのか……。


 一緒に行動する時間は確かに増えている。ヘンリーにそっぽを向かれながらも、やっぱりロレンツォは嬉しそうだ。でも、ヘンリーは判らない。寮の部屋に戻るのはいつも消灯時間ぎりぎりで、最近ほとんど話をしていないような気がする。


 僕よりも、ロレンツォの方が沢山話しているんじゃないかな……。


 少し寂しい気もするけれど、飛鳥は飛鳥で、自分を庇って利き腕を怪我したウィリアム・マーカスの世話を焼くのに忙しい。




 ハーフタームが終わり学校が始まってみると、十数名もの退学生が出ていた。学寮の寮長ロバート・ウイリアムズもその一人で、暫くの間、新しい寮長の選定や空きがでた数名の監督生の選抜やらで、寮内も学校もばたばたしていた。


 同じころ、オックスフォードのDクラブの起こした傷害事件が大衆紙にスクープされた。その事件をきっかけに、芋づる式にドラッグパーティーだの過去の傷害・暴行事件だのまで暴かれて、連日紙面を賑わせている。現在のDクラブに、ウイスタンの卒業生が含まれていたことから、まことしやかに退学した生徒との関係性が取り沙汰され、校内はどこかぴりぴりしている。




「パブリックスクールの名門校でも、物騒な事件があるんだねぇ」と、自分がその渦中にいたことを忘れたような飛鳥の物言いに、「滅多に表沙汰にならないだけでよくある話だ」「みんな金と暇を持て余して、なおかつ抑圧のはけ口を常に探しているからね」と、ロレンツォはヘンリーと顔を見合わせ、苦笑する。


「お金と暇があって、やりたいことがお酒を飲んで暴れることなんて可哀想だね。叶えたい夢はないのかな? 僕は、六月祭の化学発明コンクールのことでもう頭が一杯だよ。お金も暇もないけど、やりたいことは山ほどある」


 そんな飛鳥の真っ直ぐな瞳を、ヘンリーは優しく見つめ返す。


「そうだね。彼らは、夢を持つことを諦めていることの方が多いかもしれないね」


「貴族だから? きみは? きみの夢は?」


 ヘンリーは一瞬驚いたように息を止めた。そして少し考えてから、「今は、あるよ」と、微笑んだ。


「何?」

「復讐」

「To be or not to be ? (生か死か?)」


 古典舞台の台詞らしく、飛鳥は大袈裟で大仰に発音し、怪訝な顔をして訊き返す。


「僕は、迷わないよ」

「不健全な夢だね」

 困ったように顔をしかめる飛鳥に、「そうかな?」と、ヘンリーは穏やかな笑顔を崩さない。


 その笑顔が余りにも静かで、言葉からイメージされるような恨みつらみを感じることができなくて、飛鳥はからかわれたのかと思ってしまう。これ以上追求する気にもなれず、傍らのロレンツォに話題を振った。


「きみは?」

「世界征服かな」

 思わず吹き出して、「二人とも、僕は真面目に聞いているのに!」と、飛鳥はわざとふくれっ面をしてみせる。


「大真面目だとも!」

 ロレンツォは、いつものように大げさなジェスチャーで、朗らかに笑っている。


「それより、コンクールが楽しみだな」

 一気に和み、自分から逸れた飛鳥の視線を取り戻すように、ヘンリーはさりげなく話を逸らす。

「うん。奨学金を貰っているからね。結果をださないと」

 飛鳥は振り返り、瞳を輝かせてヘンリーを見上げた。

「プレッシャーはないの?」

 ヘンリーの問いに、勢い良く首を横に振る。


「発表の機会(チャンス)を貰えることに感謝しているよ」



 この自信――。


 普段の彼の言動からは想像も出来ないような、この自信はどこから来るのか、もうヘンリーは知っている。それが現実の上に凝縮されるさまを見たいのだ。そのためにここにいるのだ、と胸の内に強く刻み、ヘンリーは目を細め、飛鳥に満足げな笑みを向けた。







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