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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第二章
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  波乱の幕開け10

 ソメイヨシノによく似た一重の白い花が、久しぶりの青空にほころんでいる。五分咲きほどか。

 ヘンリーのアパートメントのすぐ近くにあるハイド・パークで、飛鳥は大きく深呼吸する。

「やはり、まだ早かったね。イースターに来るといい。その頃なら辺り一面満開だよ」

「充分だよ。やっと囚われの身から解放されたしね」

 二人並んでベンチに腰掛けた。


「じっとしていると寒い。鬼ごっこしよう!」

 デヴィッドが、手を振って呼んでいる。


 飛鳥がヘンリーを見ると、

「僕はいいよ」

 と、彼は煙草を取り出して火を付けた。

 飛鳥は、みんなの方へ駆け出して行く。





「随分、ごゆっくりじゃないか」

 程なくして隣に腰かけたロレンツォに、ヘンリーは開口一番嫌味をぶつける。

「掃除に忙しくてね」

 ロレンツォはしれっと答えた。だが広々とした芝生の上をエドワードやデヴィッドと元気に走り回る飛鳥に気づくと、心配そうに眉をひそめた。


「あいつ、あんなに走りまわって大丈夫なのか?」

「問題ないだろ。先生の話じゃ、脳震盪を起こしたのは一瞬で、そのまま過労と寝不足で爆睡していただけらしいからね」

 紫煙を燻らせる口の端で笑い、ヘンリーもぼんやりと飛鳥の楽し気なさまを目で追っている。



「掃除の報酬を払おう。グラスフィールド社とマーレイ銀行に、空売りを仕掛けるといい」

「おいおい、たかだか中小企業に提訴されたくらいで株価は下がらないぞ。裁判の結果がでるのなんて、早くても半年は先だろ」

 ロレンツォは呆れたように、感情の読めないヘンリーの横顔を眺める。


「当然だ。僕の祖父が、あの会社の持ち株を吐くんだよ。スキャンダルが出てくるのはそれからだ」

「スキャンダル?」

「知りたきゃ自分で調べろ」

「マーレイ銀行もか?」

「これからの銀行は全部売りだ。この一年で資金を作る」

「アスカの問題は、もう済んだんだろ?」

「馬鹿言っちゃいけない。ゲームはこれからだ」


 ヘンリーは煙草を揉み消しロレンツォを一瞥すると、「もう少し機敏に動かないと、件のアデル・マーレイも僕のフットマンが片付けてしまうよ」と、酷薄に笑った。


「デイヴ、オニを替わるよ!」

 と、負けてオニばかりしているデヴィッドに呼び掛け、ヘンリーはあっという間に駆け出した。


 歓声があがり、散らばっていた仲間が集まってくる。




 ロレンツォは、ひとり両腕を広げてベンチの背もたれに身を預け、未だ寒々としている澄みきった青空を見上げた。






空売り……株価の下落で利益を得る手法。

     株価が現在よりも下がると思ったら、買い戻すことを前提に「空売り」を入れ、想定通り株価が「売り」時点の価格より下がったら買い戻し、その差額が利益になる。

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