秋の洗濯室3
組み立て作業は、予定よりも一日早い今日中には終わりそうだった。
エンジニアの割り当ては、すでに終わっていた。
「配線を手伝わせてくれ」
サラは、最後の基板の組み立てをしていた。
「スミスさんには許可を貰ったよ。タダ働きでいいんだ」
エンジニアは、俯いて手を動かしているサラに必死に声をかける。
この静まりかえった陰気くさい地下室で、六日間いっしょに作業してきたが、サラは全くエンジニアに打ち解けることはなかった。
だがエンジニアが、サラに屈服するには十分な時間だった。
一度だけ、知らない間に配線されたむき出しの試作品の一台にモニターが繋がれ、動作テストが行われていた。
テストは既に終わっているらしく、画面上に、flop/sを測るグラフが表示されていた。
「動いている……。14Tflop/s!」
驚異的だ!
動くはずのないものが動いている……。それも、桁が違う処理能力で!
エンジニアは息を飲んで、モニターをじっと見つめるサラを凝視した。
「プログラムが視たい」
だが、今までと同じように、エンジニアの声は無視され、サラは無慈悲に電源を落とした。
技術者として、サラの前では自分は素人に等しかった。
だが、エンジニアのはしくれである以上どうしても、この膨大なパーツがどのように配線され、五十台の基板が、どんなふうにクラスタされるのか見たい。出来上がったものではなく、繋いでいく過程から全部知りたかった。エンジニアは、諦めきれず食い下がる。
「勉強させて下さい。サラお嬢さん」
エンジニアは語調を変えてお願いした。
サラが、エンジニアに顔を向けた。
「ファッジを買ってきたんだ。一緒に食べよう」
エンジニアは、やっとチャンスを掴んだとばかりに、ジャケットと一緒に無造作に投げ出してあった包みを取って来て差し出した。メタリックな虹色のビニールテープのリボンがかけられている。
「女の子にプレゼントだって言ったらリボンをかけてくれた。可愛いだろ?」
「ファッジって何?」
やっと応えてくれた!
エンジニアは、内心小躍りする。
「知らないのかい? 砂糖菓子だよ。食べてみなよ?」
エンジニアは、包みをびりびりと破いて箱を開け、サラに差し出した。
「旨いよ。好物なんだ」
サラは大きな緑の目を見開いて、しばらくじっとエンジニアを見つめていたが、
「ありがとう、手を洗ってくる」と言って部屋を出た。
サラの背中を見送りながら、エンジニアは大きくため息を吐く。
相手は六歳の子どもなのに、なんだってこんなに緊張するんだ!
いや、菓子に釣られるあたり、やっぱり子どもだ。
エンジニアはなんだかほっとして、ふふっと笑った。
サラが戻ってきて、ティーテーブルに置いてあるファッジの箱から、ひとつつまんで口に入れた。甘くて、噛むと口内でほろほろと崩れていくその菓子を、サラは無表情のまま呑み込んだ。そしてまた、部屋から出て行く。
気に入らなかったのか……。
不当に吊り上げられ、あっけなく叩き落された気分だった。エンジニアは皮肉な笑みを浮かべ、自身もファッジをつまみあげた。
もう、次の手が思いつかない……。
手に取った菓子を口に入れる気にもなれないほど、落ち込んでいた。
サラが戻ってきて、ちらりとエンジニアの手にあるファッジに目をやり、
「ありがとう。私も、これ、好きよ」
と、小さな声で言った。
今度は、エンジニアの方が口をぽかんと開けた。
「あの……。もっと食べない? もし良かったら」
「ありがとう。でも、手が汚れるから。後で」
サラは、もう元の作業に戻っている。
「サラ、配線を手伝ってもいい?」
恐る恐る聞いてみた。
サラは、手を止めることなく頷いた。
エンジニアは、今度こそ本当に安堵のため息を付き、菓子を口に入れて微笑んだ。