式典8
「確認に向かわれますか?」ウィリアムは窓辺から離れ、吉野に歩み寄りながら問うた。吉野はたいした興味もなさそうに鷹揚に首を振った。
「あんたの描いた筋書きだろ。俺の出る幕じゃないじゃん」
「私のですか?」ふわりと微笑んで、ウィリアムは問い返した。吉野はひょいと首を竦めて苦笑った。
「そうだよ。あんたとヘンリーの読み通りになったじゃん。読んでたってよりも、仕向けたんだろ、奴らがそう動くようにさ」
――現国王からサウード殿下へ譲位……、それにはまだまだ時を要しそうだね。僕としては、そう長くは待っていられないよ。手っ取り早く済ませて帰ってきてくれないか、飛鳥のためにもね。
そうヘンリーに言われたのは、いつのことだったろうか。吉野がクーデターの残党とそれに乗じたテロリストたちに追われる混乱の最中、極暑の砂漠まで駆けつけてくれた折のことだったろうか。
この「時」を縮める画策は、その時点ですでに始まっていたのかもしれない。あるいは、更に遡って――。
吉野が宮殿の警備室からモニターで、ウィリアムはその窓辺から眺めていたアリーの就任式。皇太子と国王を狙った狙撃犯は、己がこの日に向かって網を張られ、流れに沿って追い込まれる魚に等しかったなどと、露とも考えはしなかったに違いない。
捕縛された犯人は、金で雇われ昨年この宮殿を襲ったクーデターに参加したものの、逮捕投獄されるに至った外国人傭兵だ。戦闘能力を買われ恩赦によって身分を一新し、サウードの身辺護衛として取りたてられることになった。
この一連の流れが、今日この場で「皇太子暗殺」という舞台を演じるための役回りだった、などと本人にしてみれば裏をかかれて悔しさもひとしおといったところだろう。こうして宮殿深部まで潜入し、自らの計画通り暗殺に成功した、と思い込んでいたのだから。
今頃ことの顛末を知り、サウードも王も実体ではなかった事実に臍を嚙んでいることだろう。だが、そもそもこの式典の全てが、大掛かりで緻密な虚構そのものだったとは、思いもよらないに違いない。
「それを言われるなら、ヘンリー様というよりも――、」
「ルベリーニか? 怖えよなぁ、たかだか面子のために、ここまでやるんだもんなぁ。結局、それって、ヘンリーの手前だから、ってことなんだろ。アブドもつくづく運がねえよな。まぁ、運を引き寄せるには、あの傲慢さがネックだったってことなんだろうな」
吉野は再度両腕を後頭部で組み直し、回転椅子にもたれかかっただらけた姿勢で、しみじみと息をついた。やるせなかったのだ。予想通りの展開だったにしろ、いや、だからこそ、心のどこかで違う結末を願っていたのかもしれない。
事件を計画したアブドは、あまりにも世事に疎すぎた。前回のクーデター失敗にもかかわらず、今回もまた、こうして同じ轍を踏んだのだから。
軍の一部分から発生したクーデターであろうと、雇用契約を結ぶ傭兵とは無関係にみえるテロであろうと、実行犯グループをまとめあげるために戦闘に長けた傭兵が雇われるのは珍しいことではない。だが、彼らを斡旋したのがどこの誰かということくらい、雇う側は一考に処すべきだろう。
前回のクーデターにしろ今回の皇太子暗殺にしろ、失敗するべく計画され、粛々と遂行されていったのだ。
ルベリーニ一族の軍隊とも言うべき、フィリップ・ド・パルデュ家の経営する軍事・警備企業から、選りすぐりの精鋭が秘密裏にスパイとして彼らの手の内に送り込まれていたのだから。
もちろん、反社会勢力側の要員になる場合には、表立った契約が民間企業と交わされるはずはない。命令することに慣れきり表舞台で生きるだけで、自ら調べることも交渉することも皆無だったアブドでは、裏社会の仕組みにまで視野が届かなかったのも詮無いことだったのかもしれない。
この裏事情を知っていたからこそ、吉野は、理念を持たない金で動くだけの傭兵だから、と彼らの罪を問わずサウードのためにその能力を役立てるように、とイスハークに働きかけたのだ。
だがルベリーニを信用していないサウードには、ことの始まりから詳細に知らせていたわけではなかった。そしてそれは、ロレンツォ・ルベリーニ、そしてフィリップ・ド・パルデュの思惑がこの国の事情とはまったく無関係に、もう一つ絡んでいたためでもあった。




