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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第十章
763/805

  傀儡3

 あなたも――、と誘われて、どうするべきかとアレンが迷っている間にも、吉野とサラの間ではこれからの予定が組まれていく。はたから見れば石のように動かないアレンの頭のなかで、自分にスヌーカーの相手が務まるのだろうかといった、あれこれとした躊躇(ためら)いが膨れ上がっているとは、想像だにできないに違いない。当然のように、サラの問いは無視されたものとして処理され、ゲームも一段落ついたことだし朝食にしよう、という話になった。

 成り行きがスヌーカーから逸れたことにほっとしながらも、食事は先に済ませているアレンは、どうしようか、と重ねて小首を傾げる。だが「お茶くらいつきあえ」、と吉野に肩を叩かれると無下にすることもできなくて、一抹の居心地の悪さを感じながら皆と一緒にテラスへ向かった。


「アボット寮長は?」

 開け放したガラス戸からアレンが室内を振り返ると、「起きてるよ」とソファーに横たわる本人が片手で髪を梳きあげながら、眩しげに目をすがめて軽く手を振って応えた。

「先に始めていて。一度部屋へ戻って、すぐ下りてくるよ」

 寝起きとは思えないような軽やかな言い様に、吉野が「おう」と一言応じる。


「身だしなみを気にされているのですね。さすが……」

「メールチェックだよ。食いながらじゃ済ませられない相手から問題が持ち込まれてないかどうか。最優先事項だろ」


 したり顔のアレンに、だからお前は、と吉野は軽く唇を尖らせる。だがそれ以上は言わずに、「ロンドンでさ、フレッドとクリスに逢ってきたよ」と、楽し気な口調で話題を替えた。





 晴天の下、テラステーブルには、サンドイッチやサラダ等のブランチがすでに用意されていた。温かい皿(ホットディッシュ)とお茶を待つ間、そして本格的に食事が始まってからも、皆、取りたて喋りもせず、眼下に広がる春めいた庭にぼんやりと視線を遊ばせることで、徹夜明けの疲れや昂ったままの神経を休めている。

 食べる時は食べることに集中する、が信条の吉野は言うまでもなく、サラも黙々と自分の皿に専念している。アレンだけが、食後に吉野が教えてくれるという、イースター休暇を終えてすでに始まっている大学の様子にあれこれ思いを馳せ――。落ち着きのないセレストブルーの瞳は、庭でも、手元のお茶でもなく、脳内の様々な想像を追いかけているのだろう。動きの少ない所作とは裏腹に、生き生きと躍動している。そんな彼を、フィリップは、なんとももどかしげな眼つきで見つめていた。もちろんアレンは、そんな視線には気づくことはない。


 それぞれがてんでばらばらの静かな食事も終盤にさしかかったところで、ようやくケネスが戻ってきた。

 吉野に言われたことが気にかかり、アレンはつい隣に腰を下ろしたケネスをまじまじと見つめてしまった。ん? と小首を傾げられ、慌てて首を振って笑ってごまかした。だが、「何もなかったのなら良かったです」と、言わなくてもいい一言がつい口を滑り、逆隣にいる吉野の失笑を買ってしまう。


「気になるのかな?」

 にこやかな笑みを湛えたケネスに尋ねられ、アレンは口許を強張らせたまま目線を伏せる。

「あのこと?」

 耳許に口を寄せられ、小声で囁いてきたケネスをそっと見上げた。

「あとで話そうか。彼の意向も、きみに聞いておいてもらいたいしね」

 ケネスはアレンを通り越して、吉野にすっと視線を走らせて言った。釣られるようにアレンも吉野を見て、ケネスに小首を返すような形で頷いた。吉野は横でひそひそ話をしている二人に、軽い一瞥(いちべつ)をくれただけだった。


 別にやましいことをしているのではないのだから、とアレンは自分自身に言い聞かせながらも、どうも落ち着かない。ここ数日に渡ってケネスと話し合っている、彼がここに滞在しなければならなくなった原因ともいえる問題を、どう円滑に処理していくかは、吉野にはまだ知られたくなかったのだ。自分の軽率な行動のせいでこんな事態に陥っているのだから、ここは何としても吉野の手を借りずに自分自身で解決したい、そんな想いがアレンを気負わせ、頑なにしていた。吉野がロンドンにいる間にせめて、とケネスの協力を得て、自分なりに一通りの目途をつけていたところだったのだ。



「ところで、僕もそろそろ戻らなければならないようです」


 やがていささか唐突に、とても残念そうに告げられた言葉は、横で悶々としているアレンにではなく、はす向かいに座るサラに向けられたものだったのだろう。ケネスのその言葉と優しげな眼差しを、瞳を打ち震わせて受けとめ、失望を漏らさぬように唇をきゅっと結んだのは、彼女だけだったのだから。







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