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  秋の洗濯室2

 毎土曜日の夜八時に、ヘンリーはサラに電話を掛ける。マーカスが出て、すぐにサラに替わってくれる。

 それなのに今日に限って、なかなかサラが出なかった。電話口で待たされ、ヘンリーは不安を募らせていく。


『ヘンリー』

 サラの声だ。ほっと安心して笑みがこぼれた。

「サラ、元気かい?」

『パソコンのパーツが届いて、組み立てているの。地下にいたから、電話に出るのが遅れたの。ごめんなさい』

「いいんだよ、そんなこと。パソコンが届いて良かったね。でも、こんな遅くまで続けているの? サラは、もうすぐ眠る時間だよ」


 本当にサラには心配ごとが尽きない。何か始めだすと、眠ることも食べることも忘れてしまう。ヘンリーは、電話口に向かって小言を言い始めた。


『ヘンリーが帰ってくるまでに、完成するわ』

 受話器の向こうで、サラは笑っているようだった。

「楽しそうだね」

 こんなに嬉しそうな声は久しぶりだ。ヘンリーは小言を言うのを止め、サラの話に耳を傾けた。ひとしきり聞いて、

「でも、無理をしてはダメだよ。ちゃんと食べて、ちゃんと眠ること。約束して。あと十日もすればハーフタームだ。元気なサラに会いたいからね」

『わかっているわ。ヘンリー』





「あの難しいお嬢さんを、よくまぁ、手なずけたものだ、ヘンリー坊ちゃん」

 廊下で話すサラの姿を、開いたドアから眺めながらスミスは小さく呟いた。

「とても仲がよろしいですよ。あのお二人は」

「アメリカの弟も妹も毛嫌いしているのに? 坊ちゃんが幼児に優しくできるとは思いませんでしたよ」

「幼児とは言えないでしょう? サラお嬢さんは」

 マーカスは、嬉しそうな笑顔でしゃべっているサラを眺めて微笑んだ。

「確かに。だが、あの子があんなにしゃべって、子どもらしく笑っているのを初めて見ましたよ」

 スミスは肩をすくめ、おもむろにポケットから煙草のケースを取り出した。


「ここは禁煙です、スミスさん。吸われるならご案内いたしましょう」

「いや、いい。あの子を一人で置いておけないだろう?」


 エンジニアはとっくに今日の仕事を終え、村のB&Bに戻っていた。夜は仕事を忘れてのんびりしたいらしい。パブで一杯やらないことには、一日が終わらないのだろう。 


 スミスは、今日はここに泊まる予定だったが、サラが作業を止めないので、ティーテーブルについたままその様子を眺めていた。スミスの役割は出来上がった基板を隣の部屋に運ぶことくらいしかなかったが。サラに、時折話しかけてみたが、ほとんど反応は無かった。黙々と組み立て、出来上がったら、手を止め、こちらを見る。スミスが気づかぬふりをした時だけ、終わった、と小さな声で言った。


「もう、止められますよ」

 電話を切ったサラが部屋に戻ってきた。子機をマーカスに差し出す。

「ありがとう。わたし、もう寝るわ。自分の部屋で」

 それだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。


「どんな魔法を使ったんだ?」

 スミスは感心したように皮肉に笑い、マーカスに顔を向けた。

「坊ちゃんに電話いたしました。『お嬢さんが根を詰めてパソコンを組み立てていらして、地下室にこもりっきりで、お休みされるのも地下の床の上です。また、食事も召し上がりません』と」

 マーカスは、嬉しそうに続けた。

「坊ちゃんは、『僕からサラに言うよ』とおっしゃられました。それから、サラお嬢さんは、まだ坊ちゃん以外とはいっしょに食事ができないから、一人で食事できるようにしてやって欲しい、とおっしゃっておられました」


「なぜ、ヘンリーならいいんだ?」

 スミスは、一瞬、しまった、と口をゆがめ、

「坊ちゃんだって会ったばかりじゃないか」

 すぐに『坊ちゃん』と、言い直した。

「坊ちゃんがおっしゃるには、他人といっしょに食事できないのは習慣的なものだと。坊ちゃんは家族だから例外なのだそうです」

「よくわからないな」

 スミスは納得できずに呟いた。

「それだけ坊ちゃんがお嬢さんを大切にされていて、お嬢さんの方も、そのお気持ちに応えて心を開いてらっしゃるのですよ」


 ヘンリーの話題になると、いつもマーカスは、誇らしげな、自慢そうなそぶりを見せる。赤ん坊の頃から世話をしてきたヘンリーが可愛くてたまらないらしい。

「それにヘンリー坊ちゃんは、誰にでも好かれる方ですから」

「そういうものかな」

 マーカスの話に納得はできなかったが、これ以上きいても仕方がない。


「上に戻ろう。一服したい」

 スミスは、煙草の入ったポケットを軽く叩いて言った。







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