邂逅6
やはり自分もパーティ会場に行ってくる。懐かしい方々にお会いできる良い機会だから。と、アレンが持参していたタキシードに着替えてこの部屋を後にしてから、飛鳥は落ち着きなく何度もため息をつき、ヘンリーのTS映像とその周辺を映す画面を食いいるように眺めている。
彼が「お腹が空いた」と言うのでルームサービスを頼んだにもかかわらず、届くのを待たずにアレンは出てしまったので、サラは一人で紅茶を飲み、機械的に大皿に盛られた一口大のサンドイッチとフライドポテトを摘まんでいる。
アレンが部屋を出て直ぐに、飛鳥は吉野に電話をかけていた。彼が会場に向かったことを告げる簡単なものだ。その短い会話が終わってから、飛鳥は難しい顔で黙りこくったままだった。
「アスカ、食べないの?」
あまりにも重苦しい空気にいた堪れず、サラはとうとう沈黙を破った。彼が何か考え事をしているなら邪魔をしてはいけない、とそう思ってはいたのだけれど。
「え? あ、うん。いただきます」
飛鳥は夢から醒めたように、びくりと顔を跳ねあげてサラを振り返る。
と、その時インターホンが鳴った。弾かれたように立ちあがり、飛鳥は慌てて入り口のドアに向かう。賑やかな笑い声が、ドア越しに突き抜けている。
「あー、腹減った!」
ソファー越しに凝視したサラの瞳に、まず映ったのは吉野だ。そしてアレン、クリスやフレデリックも戻ってきたらしい。最後に困ったような、なんともいえない笑みを湛えている飛鳥と、彼に並ぶサウードがいた。それにもう一人、従者だろうか。影のような男はリビングには入らずに控えの間で留まりドアを閉めた。
「なんだ、これっぽっちしかないの? サウード、会場からこっちにも回してくれよ。俺、まともに食えてないんだ。もう腹減りすぎて倒れそうだよ」
「済まない、ヨシノ、すぐ用意させるよ」
サウードはすぐに踵を返し、ドア向こうの従者に要件を伝える。
「吉野、ルームサービスでもなんでも頼めよ、殿下を顎で使って失礼だろ!」
飛鳥が慌てて、ソファーのまん中に陣取っている吉野の頭を小突いている。
「パーティーのオードブルのが旨いもん。飛鳥もきっと気にいる。サウードの国の食い物なんて、そうそう食えるもんじゃないだろ?」
「ヨシノ、そんなにアラブ料理が好きだっけ? お望みならいつでも料理人を貸すよ」
いつの間にか傍らに戻っていたサウードは、鷹揚な声音で冗談交じりに応えている。
だがすぐに吉野の傍らのサラに気づくと、優しげな微笑を湛えて突然訪れた不作法を詫び、この滞在と新年の花火をゆるりと楽しんで欲しいと丁寧な挨拶を告げた。
サラにしても婚約パーティーで互いの面識はあったので、とくに驚いた様子も見せず、「ご招待ありがとうございます」と礼を言う。
「挨拶はもういいだろ? ほら、皆、座れよ!」などと、吉野はサンドイッチを頬張りながら片手を振っている。「お前はもう!」とぼやきながら、飛鳥はサラの横に腰をおろした。
話題はすでに、宙に浮く大画面の中のヘンリーのTS映像とそこに映る人々の滑稽な会話に移り、おおいに花が咲いている。パーティ会場では、このヘンリーの正体を知っている人々が、まだ知らない友人、知人を揶揄うネタにしているのだ。なにせネタにされているのが、かのヘンリー・ソールスベリーなので、会場の見物客にしろ、クリスやフレデリックらのここで観ている側の人間にしろ、正直に心のまま笑ってしまう訳にもいかず、口を固く引き結んでしきりに笑いを噛み殺している。
「アスカ、ロバートがすっ転んだ時の映像、見れないかな?」
「録画はしてあるよ。ちょっと待って。別画面で出すから」
飛鳥がローテーブルに置いたままになっていた自分のタブレット端末に手を伸ばすと、「貸して」と吉野に横取りされた。リアルタイムの映像の位置を飛鳥側にずらして新しく立ちあげた画面に、TS映像とロバート・カールトンの珍問答のやり取りが再生される。
「あ、ここ、見逃した所!」と、クリスが頓狂な声をあげた。
吉野は黙ったままその映像を眺めている。そして、すっと薄く笑みを刷いた。飛鳥はそんな弟の横にいるアレンにばかり気をとられていて、弟のそんなわずかな変化に気づかなかった。この部屋を出る前は蒼い顔をしていたアレンが、戻ってきた時には薄っすらと頬を染めていたのだ。酒でも飲んできたのかと思ったほどに。それが飛鳥には気にかかってならなかった。だがやがて、嫌な目に遭って紅潮しているのではなさそうだ、といつも以上におっとりとした彼の微笑みと、哀しみではなく充足感から潤んでいるようなその瞳を間近に確かめて安堵していた。心配することはなかったのだ、と。
「アスカ、このヘンリーの偽物、ラスベガスの見本市にも出さないか? 前にも一回出したことあるだろ、こんなに進化しましたよって中間報告でさ」
「え? ヘンリーに訊いてみないと」
「私は賛成。それでヘンリーの仕事が軽減されるなら」
「あ、うん。そうだね。相談してみるよ」
これは映像の完成度よりも、人工知能を前面に押しだすことになってしまうだろう――。そうすると、今度はサラの負担が増えるのではないだろうか……。
そんな危惧を覚えながら、飛鳥は口々に画面上の彼の完成度の高さを褒めそやす吉野の友人たちの言葉、そして、画面から入れ替わり立ち替わり語られる称賛の声を、どこか遠いもののように聞いていた。




