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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第十章
664/805

 クリスマスまでの日々は駆け足ですぎていく。

 飛鳥にサラ、メアリーも吉野の帰国を聞いて、マーシュコートから大慌てで帰ってきた。この二人に任せていてはいつまでもらちがあかぬとばかりに、久しぶりに顔を見せた吉野が場を仕切ったことで、パーティーの企画もようやく煮詰まり始めている。


 やはり吉野がいると話が早い。今一つ実感のない主役二人に比べて、彼は現実的な問題にとにかく眼端が利く。二人の特性を考慮して次々と話を進めていく。

 吉野としては、アーカシャーの実質ナンバー2ともいえる兄の婚約発表を大々的に執り行いたいところだが、さすがにそれはできそうもない。

 コズモスのCEOとしてのサラ・スミスと、実際のサラは違うのだ。権限はサラ本人に有りながら、表に立つ顔はジョン・スミスの妻であるサラが担っている。

 あくまでヘンリーの妹のサラとして発表するにしても、彼女をいきなり大勢の前に立たせるのは不可能だ。まずヘンリーが許さない。「会社の宣伝になるのにな」と、吉野はブツブツ文句を言いながらも仕方なく頷いている。



 そんな事情から婚約発表のパーティーは、ほぼサラの接したことのある身内だけを招待することになった。飛鳥の父やハワード教授などの若干の例外はいるが、名前だけは日常的に耳にする彼らには、サラ自身が会いたがっているので問題はないだろう。人数にしても二十人に満たないということで、会場もケンブリッジのヘンリーの館に決まった。

 館の内側にまで業者を入れるのは、ヘンリーもサラも好まない。メアリーひとりに腕をふるってもらうことになるが――、と話はトントンと進んでいたのだが、ここで吉野が難色を示した。


「さすがにメアリーだけじゃ大変だろ? 俺、手伝うよ」

「主役の弟さんが何言ってるんですか!」

 呆れたようにメアリーは、頓狂な声をあげる。

「立食にすればいいじゃないか。作りおきで並べておけばいい。メインの肉だけ温かいのをだせばいいんだ。それなら俺も顔だせて、メアリーも楽だろ?」

「このくらい大した人数じゃありませんよ、ねぇ、坊ちゃん」

 渋るメアリーは、ヘンリーに同意を求めて首を振る。

「そうだね。それでいいと思う。きみは?」

 だがヘンリーは吉野に賛成して、主役の飛鳥に話を振る。

「え? 僕は何でも……。メアリーがやりやすいようにしてくれたらいいと思う」

 他人事のように首を傾げる飛鳥を、ヘンリーはクスクスと笑って見ている。もう一人の主役であるサラはこんな段取りなどにはとっくに飽きて、「サプライズを楽しみにしている」と、さっさと仕事に戻っている。



 どうも今一つ現実感のない兄を観察しながら、吉野はため息を呑みこむしかない。こんなのでこの二人本当にやっていけるのか? と不安がよぎる。飛鳥は浮き足だっているのか、いつも以上に落ち着きがないし、サラはサラであまりにも普段と変わりなくマイペースすぎる。とても婚約しようとしているカップルには見えないのだ。


 つけ焼刃だからな、仕方がないのか。


 吉野は取り敢えず口を挟むのはやめにして、順繰りに皆の顔を眺めまわした。この中で一番嬉しそうに見えるのが、メアリーにアレンなのだから、この婚約で本当に良かったのかと不安になる。


 結婚もせず子どももいないメアリーには、サラが自分の子どものように愛おしくてならない。そんなふうに見える。マーカスとともに、ヘンリーからも信頼され、甘えられ、頼られてきた親代わりだ。メアリーがいたから、ヘンリーの女性感が歪まずにすんだのだろう、と思わずにはいられない。――あの母親の影響を最小限に抑えて。


 そして、もう一人の方は。


 アレンは吉野の視線に気づいてにっこりと微笑んだ。「デザートに和菓子を作ってくれる?」と、蕩けそうな顔で見つめてくる。


 形式は立食で落ちついたらしく、流れはメニューに移っていたのだ。


「ああ」

 吉野は視線を逸らして、「飛鳥は何が食べたい?」と兄の顔を覗きこむ。

「だし巻きかな」

「それ、デザートじゃないだろ?」

 とぼけた兄の返答に思わず吹きだしながらも、「いいよ。オードブルにだし巻きな。他には?」と快諾してさらにリクエストを募った。

「メアリーとお前が作ってくれるんなら、なんだって嬉しいよ」

「じゃ、サプライズを考えるよ。サラも飛鳥もびっくりするようなやつな」

 にっと笑って、吉野はおもむろにアレンに視線を戻す。

「お前も考えろよ。サプライズデザート。言い出しっぺなんだからさ」

「え? 言い出しっぺ?」


 そうだっけ? と首を捻るアレンから吉野はまた目を逸らす。


 ――きみと兄弟になれるんだ。


 なんて瞳をきらきらさせて言うから……。姻戚として、飛鳥は義兄になるけれど、俺までは含まれないぞ。とは言えなかった。そんなことが嬉しいのかと、驚いた。わずかでもいい。確かなつながりがほしいのか、と苛立たしかったのだ。そんなことを支えにしたくなるほど、淋しいのか、と。


 もう、お前はひとりで立てるじゃないか――。


 自分の脚でちゃんと歩いているのに、その瞳はあいも変わらず自分に向けられている。――昔のままに。 


「ヨシノ、」


 セレストブルーを輝かせてアレンが呼ぶ。


「思いついたよ、サプライズ」


 これから悪戯をするつもりの子どものような顔をしたアレンに、吉野は人差し指を唇の前で立て、「後でな」と軽く頭を振って目配せで応えた。



 




 

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