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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第九章
615/805

  夢2

「彼は改心してるんだろ? それなのにどうして死刑にしなきゃいけないの? そんなのってないよ!」


 王宮コンピューター室のモニター画面から、自分たちの届けた飛鳥の創った立体映像を流す牢獄の様子を眺めていたクリスは、とても納得がいかない、と強固に頭を振った。


 これでもう十人以上になるのだ。この映像世界に浸った死刑囚たちは、総じて似通った反応を示している。涙を流して己の行いを悔いるのだ。そして、いつか訪れるであろう未来に希望を得て己の死を受け入れ、その日の訪れを静かに待つようになる。



「裁判の判決はもうでてるんだ」


 そんなクリスに、吉野は淡々と応えるだけだ。


「上訴して情状酌量を求めれば、」

「この国にはそんなシステムはないよ。それに、もし仮にあったとしても判決は覆らない」

「どうして? きみが言えば、助けてあげられるんじゃないの?」


 吉野の冷ややかな返答に、クリスは不服そうに眉根をよせる。


「今回の事件だけ見れば、アスカさんの映像に騙されて捕まった愚かなテロリストに見えるかもしれないけどね。彼らには余罪が山ほどあるんだ。テロ組織の構成員だったんだ。この国だけじゃない、各地で一般市民を巻きこんだ暴動を扇動したり、いろんな施設を破壊したりしてきているんだ」


 無表情のまま動じない吉野に代わり、フレデリックがとりなしに入った。だが彼にしても、その遣り切れない口調はクリスとなんらかわりはない。


「同じ人間なのにね――。どこで道を違えてしまうんだろう。宗教が異なっていたって、神が人に約束する世界に、争わなければいけないほどの差があるとは思えないのに」


 フレデリックは真っ直ぐに吉野を見つめている。彼の澄んだ水色の瞳は、吉野の思索的な鳶色の瞳に答えを求めているのだ。


聖戦(ジハード)なんかじゃないよ。少なくとも、あいつらが戦っていたのは信仰ゆえじゃない。アブドが組織したテログループの大義名分は、西洋支配からの離脱だ。この国の人口の八割以上を占める外国人を追いだして、自分たちの手に先祖代々生きてきた土地をとり戻すためだった」


 吉野もまた正面からフレデリックを見据えた。そして膨れっ面をしているクリスに、にっと笑みを見せて言い足した。


「そんな御立派な理想を掲げておいて、自分たちが握る銃器がどこの国製で、その武器を買うための資金がどこから出ているかなんて考えもしないんだ。結局、あいつらは操られていただけの使い捨ての駒だ」


 吐き捨てるように言い捨てられたその言葉に、フレデリックも、クリスも眉をひそめる。


「きみは、」

「クリス」


 声を荒げたクリスを、フレデリックがその腕に手をかけて止めた。


「その使い捨てられた彼らに、きみは、彼らの心の底にある本当の望みが何だったのか思いださせたかったんだね? 決して、敵を殺すための、破壊のための戦いではなかったのだと――」

「あの映像を創ったのは飛鳥だよ。俺はなんの注文もつけてない」


 自嘲的に嗤う吉野の肩に、フレデリックはそっとその手を置いた。


「アスカさんほど、きみを理解している人はいないじゃないか。――彼ら自身が自分の本当の夢を見失ってしまっているのに。アスカさんは、きみが彼らになにを見せたいと思っているのか、ちゃんと解っているんだ」

「そりゃあ、飛鳥だからな」


 ふっと表情を緩めて微笑んだ吉野を見て、クリスも膨れっ面を止めてにっこりする。


「でも、彼の複雑な心境も解ってあげて――」

 耳元に口をよせて囁かれた一言に、吉野は怪訝そうに眉根をあげた。

「誰?」

「アレンだよ。彼、今回の映像にはかなり力をいれてアスカさんに協力していたんだよ」

「そうだよ! 遊びにいった時だって、そっちにかかりっきりでちょっとしか話できなかったんだ!」


 クリスが割りこんできた。そこからの話は、彼ら三人がいきなりこの国を訪れることになった発端や、この立体映像がしあがるまでの紆余曲折の経緯(いきさつ)に変わり、吉野がフレデリックの言葉の意味を考える間もなくそのお喋りに流された。

 吉野の目線はモニターを睨みつつ、時おりクリスの堰を切った止まらないお喋りに相槌を打つ。

 フレデリックはそんな二人の会話にはあまり口を挟まずに、じっと吉野だけを眺めていた。


「それにしても、あいつら何やってるんだろ? 遅いよな」


 吉野はちらりと画面の時間表示を確認すると、モニター前の回転椅子をくるりと回して背後の扉に目をやった。閉じられたままの扉の向こうは、人の近づく気配すらない。



「俺、まだまだここから離れられないしさぁ、お前らサウードたちのところへ行ってお茶でも飲んでこいよ」

「それなら、」

「俺にも何か食い物持ってこさせて」


 有無を言わせない吉野の口ぶりに、クリスはきゅっと唇をへの字に結んだ。そんな二人を覆った殺伐とした空気を取りなすように、フレデリックはクリスの肩を叩いて柔らかく頷く。


「了解」

「ドアの前の衛兵に言えば、サウードのいる場所に連れていってくれるよ」


 椅子から立ちあがった二人を一瞥すると、吉野はすぐにモニター画面に視線を戻している。




 引率する従者に従って延々と続く大理石の廊下を進みながら、俯いてそこに映る自分自身の影を眺めているクリスの肩を、フレデリックはそっと抱いた。


「邪魔できないよ」

「うん」

「どんな辛辣な言葉で表現していようと、ヨシノはいつだって真摯に向きあっているんだ。どんな相手にだって」

「うん、解っている」


 小声で頷くクリスは、相変わらず俯いたままだ。


「フレッド、――僕は考えなしに言ってしまった自分の言葉を恥じているんだ。彼らのことをほとんど知らない僕でさえ、彼らの迎える最後の時を思うとこんなに辛いし、正直怖い。相手は――、ヨシノやサウードを殺そうとした奴らだっていうのにさ」

「きみが健全な人間だって証拠だよ」


 フレデリックは慰めるように優しく微笑んで言った。


「それを、ヨシノが、辛くないはずがないんだ。それなのに、僕は、彼を責めるようなことを言ってしまった……」


 今にも消え入りそうな小さな声だった。フレデリックは、クリスに回した腕に力を籠める。


「ヨシノは解ってるよ。きみが、そんなふうに見ず知らずの罪人を真剣に思いやるのを、彼は嬉しく思っていると思う。――彼は、そういう奴だろ?」


 フレデリックの柔らかな諭すような口調に、やっとクリスは面をあげた。だがそこに見出した友人の瞳には、自分と同じ、否、それ以上の葛藤がみてとれた。


 目の前の人間の死を、そう簡単に消化できるはずがない。それが、どんな形であったとしても――。


 自分に微笑みかけてくれている、けれど、なかなか辿り着かない長い廊下のはてよりもさらに遠くを探っているような、そんなフレデリックの視線を追って、クリスもまた毅然と顔を前に向けた。





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