攪乱6
「殿下から英国に支援要請?」
デヴィッドと入れ替わりに居間に下りてきたヘンリーは、アーネストから話を聴き、怪訝そうに首を傾げた。
「いつ? 詳細は?」
「僕が家を出たときにはまだ何も。その話を詰めるために、父が出かけるところだったんだ。ヨシノに関する事だからって、特別に教えてくださったんだよ。詳細が決まったら自分の名代として迎えにいけと仰ってくださった」
「そう……。それできみは行くの?」
「もちろん」
あまりにも淡々としたヘンリーの口調をアーネストは訝しく思い、その真意を見極めようとじっと彼の思慮深い瞳を見つめ返した。彼は視線を伏せ、組んだ脚の上でソーサーからティーカップを持ちあげて、ゆっくりと口に運ぶ。
「ヘンリー、きみ、何か気になることでもあるのかい?」
不自然な沈黙に堪りかねてアーネストが問い質す。その横に座るクリスやフレデリック、そして向かいあうアレンにしても、ヘンリーを緊張を孕んだ面差しで見つめていた。
「変な話だな、と思って。クーデターは鎮圧されたのに、どうして国王もサウード殿下も国外へ逃亡する必要があるんだい?」
「クーデターの混乱に乗じてテロ活動が活発化して、反乱軍の残党もいまだに陛下を探し回っている現状だよ。これでは陛下の身辺の安全が保てない。今は事後処理の捜査で、軍も、警察も上手く機能していないからだと聴いている。おかしい話ではないだろう? 陛下にしてもご高齢の身で、この二日間、灼熱の中を反乱軍から身を隠しながら移動を続けていらしているんだ」
もっともな意見に、傍らのフレデリックたちも頷きながらじっと耳を傾けている。吉野とサウードに関する、ニュースでは得ることのできない生の情報に、ここにきてやっと触れることができているのだ。
「僕の方にも要請があったんだよ。ウィリアムと連絡がついたんだ。内容はほぼ同じ。サウード殿下を保護して匿うこと。けれど、その保護先は、英国ではなくフランスか、スイスだ」
向けられたヘンリーの冷徹な瞳を、アーネストも真っ直ぐに見つめ返した。
「意味が判らない。どうして二重要請なんか」
「ヨシノは英国を信じていない、てことだろうね。計画が漏れると踏んでいるんだ」
「英国は先進七ヵ国と同様このクーデターに賛同しないし、王室の転覆をよしとしない。声明で発表した通りだ」
クーデター勃発後異例の速さで、先進七ヵ国はこのクーデターにより立つことになる新政府を認めない旨の声明を発表している。こうした海外の賛同を得られなかったことも、反乱軍の士気を削ぎ早期鎮圧に貢献したといえなくもなかった。
「解っている。だが、元々英国は、国王よりもアブド大臣派だろう? 王室の権威を保ちつつ政権が国王からアブド大臣に移るのであれば、その方が都合がいいんじゃないのかな?」
ヘンリーは頷きながらも、さらに淡々と喰いさがる。
「そんな訳がない。それは大臣の徹底した強権的な姿勢が露呈するまでの話だよ。彼は危険思想の持ち主じゃないか。今回の事件は、道義的にも、政治的にも、西側の許容範囲を超えている」
クーデター鎮圧直後から始まった関係者の摘発で、すでに何十人もの上級将校、裁判官、検察官の身柄の拘束が報道され始めているのだ。
そのあまりの対応の速さと王族を含めた逮捕者のリストに、アーネストにしろ、ともにこの事件を論じていた政治家である彼の父にしろ、これは政敵を粛清するための自作自演のクーデターなのではないか、との疑念を打ち消す事ができなかった。
「皆が皆、きみみたいに思ってくれているならいいけれどね。ヨシノは英国を信じていない」
もう一度念を押すように繰り返されたヘンリーの返答に、アーネストは歯噛みするより仕方なかった。
ヘンリーへの要請が事実であれば、英国への要請はアブド大臣の意識を逸らすためのダミー。それは友好国であるこの国への裏切り行為とも受け取れる。だが、もしも本当にこの計画が漏れていて、殿下の身を守りきれなかったとしたら――。
自分たちに注がれているおろおろとした視線にふっと気が削がれ、アーネストは胸を張ってにっこりと微笑んだ。
「ヨシノの思惑がどうであれ、僕たちは協力して、サウード殿下もヨシノも守りぬく。そうだね、ヘンリー?」
ヘンリーは緊張を解き、蒼白なままじっと全身の神経を尖らせて成り行きを見守っているアレンの頭をくしゃりと撫でた。そして、アーネストに向き直ると、にっと唇の端を持ちあげる。
「もちろん。そのための策を練らなくてはね。互いが互いの足を引っ張るようでは埒が明かない」
その皮肉な言い様にさらりと笑みを返すと、アーネストは表情を引きしめて身を乗りだして訊ねた。
「それで、ヨシノはなんて? 英国への要請をどう利用するつもりなんだい?」




