廃墟の城跡
どうして自分はこんなところにいるのだろう――。
さっぱりわからない、と杜月飛鳥は、崩れた石塀に腰かけて深くため息をついていた。大聖堂まではちゃんとたどり着けたのだ。これからの1年間を過ごすことになるウイスタン校の学寮は、その裏にあるはずだった。それなのに今、彼はわけのわからない遺跡らしき廃墟で途方にくれている。
あちらこちらに、出入り口だけがぽっかりと空いた石造りの塀が並んでいる。緑の芝生のこの場所は、中庭か何かだろうか。人ひとりいない荒涼とした景色は、今の飛鳥の心そのものだ。
ヒースロー空港から長距離バスコーチで1時間半。12時間以上のフライトを経て昼過ぎに英国に到着して、休む間もなくここまで来たのに、迷ってしまったなんて!
入寮案内で指定された時間はもうとっくに過ぎている。早く行かなければ……、と気持ちばかり焦ってはみても、体に力は入らない。
闇雲に歩き回りすぎて疲れていたのだ。
情けなさで落ち込みながら、飛鳥は自分と同じようにどんよりと曇った初秋の空を眺める。
今にも雨粒が落ちてきそうだ。
ますます気持ちが塞いできた時、静寂の支配する廃墟にかすかに砂利を踏む音が震えた。飛鳥は勢いよく立ち上がる。
やった! 道を訊ける!
心の中ではそう思いきり叫んでいたのに、崩れかかった高い石壁のゲートの向こうからゆっくりと歩いてくる長身の男を認めると、声をかけることを忘れてしまった。思わず見とれてしまっていたのだ。
絵画から抜け出てきたような人だった。濃紺のブレザーに灰色のパンツスタイルは、どこにでもいそうな服装なのに、着こなしがその辺の人とはまるで違う。
ベストドレッサーっていうの? さすが英国人!
感心しきりで言葉を失っていた飛鳥に向かって、その人は、口許はゆったりと微笑みながら、裏腹に足はさらに速めてやってきた。
「やぁ、やっぱり迷っていたんだね」
「は?」
「探しにきたんだ。そうじゃないかと思ってね」
飛鳥は羞恥でみるみる耳まで赤くなる。
「すみません。ごめんなさい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「気にするほどのことじゃない。それより、元気そうでなによりだ、アスカ・トヅキ」
伏せていた面をそろそろと上げ、飛鳥はまじまじと相手の顔を見つめた。
「ミスター・ソールスベリー?」
「ヘンリーでいいよ。久しぶりだね」
差し出された右手をおずおずと握り返しはしたが、飛鳥はあっけに取られたまま言葉が続かない。
「こっちだ」
ヘンリーは、地面に放りだしてあったスポーツバッグを持ち上げると歩きだした。
「どうしてここに?」
飛鳥は慌ててそのあとに続く。
「転校してきたんだ。きみと同じカレッジ・スカラーだよ」
ヘンリーは一年前の夏に偶然出会い、言葉を交わした時よりも一段と大人びていた。
飛鳥は本当に彼が誰だか判らなかったのだ。
この6月にも、彼の在学しているエリオット校の動画をネットで見たのに。画像が悪かったから、それとも、それからさらに3か月開いているからか、彼の変化に気づかなかった。けれど確かにこの人の、一瞬で目を奪われる存在感と華やかさ、上品な身のこなしはあの時と変わらない。
肩を並べて歩きながら、飛鳥は記憶の中の面影に思いを馳せる。
「さぁ、着いたよ」
ウイスタン校は、廃墟の目の前の建物だった。ただし、入り口まで延々と石壁が続いている。
どうやら飛鳥は、入り口を見逃していただけ、のようだ。




