カレッジ・ホール6
「僕は、生徒会と監督生の権力争いになんか興味ない。知っていることなら、なんだって教えてやる」
ヘンリーは冷たい視線を向けたまま言い放った。
「もう、いいんだ」
エドワードは困ったように呟く。
「なら薬の代金だ。聞いていけ。アーネストのことか、知りたいのは。どうやってアーネストたち監督生が生徒会を出し抜いたか、そのことだろ?」
エドワードは黙ったまま目を伏せる。
「クリスマス・コンサートに僕の出場が決まって、生徒会は20ポンドのチャリティチケットを25ポンドに引き上げた。ところが、僕が練習にでないから、チケットは思うように売れなかった。だから保険として、アーネストたちが仕切っていた賭けで、僕が出場しない方に賭けた。締め切り3日前の倍率はきみも知っての通り25倍だ。監督生は売れ残っていた座席を買い占めてプレミアをつけて売りさばき、生徒会は賭けの負け分を立ち見席を売ることで埋めたってわけだ。ところがそれだけじゃ終わらなかった。監督生の誰かが僕の動画をアップして荒稼ぎさ。そしてそこで得た資金で、生徒会役員選出の投票操作を仕掛けたってわけさ。運がなかったな。きみたちの負けだよ。きみたちは、僕が生徒会に入ると思っていたんだろ? 残念ながら、監督生側はそれも知っていたよ」
ヘンリーは一気にしゃべると彼から視線を逸らし、宙に漂わせながら紅茶を口に運んだ。
「きみには申し訳ないが、僕はかやの外でいたいんだ」
「勝負は始まったばかりだ」
「こんなくだらない権力闘争に何の意味がある?」
「俺たちはパワー・ゲームをするように生まれついているんだ」
「馬鹿々々しい。勝手にするがいいさ」
「お前は何もわかっちゃいない」
エドワードは憐れむようにヘンリーを眺めた。
「生徒会も監督生も、欲しいのはお前だ。今まではアーネストがいた。あいつがお前を守ってきた。だが、これからはどこに所属するかで一生が決まる」
「僕は誰の駒にもならないよ。こんな狭い胡桃の殻の中で、誰もが世界を我が物と思い込んでいる。あいつらの傲慢さには反吐がでる」
「お前もその世界の一部なんだ。諦めろ。工学部なんて、ワーキングクラスのようなマネはやめろ。ヘンリー、お前ほど貴族らしい貴族はいない。お前はお前にしかなれないんだぞ」
「同じ胡桃の殻の中にいても、僕はきみたちが描くよりももっと広い世界を手にいれたいのさ。ハムレットのようにね」
「…………」
「ハムレットが望んだのは復讐なんかじゃない。忌まわしい血の根絶とそれに代わる新体制だ。そう思わないかい?」
エドワードは黙ってじっとヘンリーを見つめていた。
「在るものを引き継ぐだけの青い血では、新しい未来なんてこない。それがたとえこの身を否定することであっても、僕は見たいんだ、新世界をね」
エドワードは大きな両手を組んでその上にひたいをもたせ、呻くように呟いた。
「音を視て、色を聴く世界か?」
「さぁ、どうだろうね。僕にもまだ、想像もつかないよ」
ヘンリーは今までの緊張が嘘のように柔らかく笑った。
「ありがとう、エド。きみやアーネストが僕のことを思ってくれているのは判っているつもりだ」
昔に戻ったようにヘンリーは微笑んでいる。
お互いが誰よりも近くにいた子供の頃のように――。
「これで終わりみたいな言い方をするな」
「あの時、どうしてメンデルスゾーンをかけたの?」
「お前が、初めて俺のために弾いてくれた曲だ」
ヘンリーは懐かしむように柔らかく微笑んだ。
「僕は、僕が思っていた以上に音楽が好きだったんだな。思いださせてくれてありがとう、エド」
エドワードは、久しぶりに見るヘンリーのくつろいだ表情にかえって不安を掻き立てられ、何か言わなければ、と焦りを感じていた。だが何も言葉は出てこない。目の前に座るヘンリーがとても遠かった。
「ハリー、俺は諦めないぞ」
ようやく告げたこの言葉が、彼の精一杯だった。




