真夏のカフェテラス6
「いきなりどうしたのさ」
アーネストは、お茶を淹れながらヘンリーに問いただした。
「メイスン先生に呼びだされたんだ。約束の時間が伸びたうえに、夕食まで付き合わされて電車に乗り遅れた」
ヘンリーは疲れた顔で椅子にどさりと腰かけ、煙草をくわえる。
「だめだよ、ヘンリー。臭いがつく。ここは一般生徒の部屋なんだから。僕のバイトも後二日で終わりだしね」
「窓辺なら?」
「余計にだめだ。見られるよ」
ヘンリーはため息をつき、煙草をそばの机に転がす。
「動物園の檻の中にいるみたいだ」
「この時期にその恰好じゃそうなるよ。で、今日は何の用だったの?」
ヘンリーは先生からの電話の件をかいつまんで話した。
アーネストがサポーターとして滞在しているこの部屋には応接セットはない。ベッドに腰を下ろして、彼の愚痴に耳を傾ける。
「でもそれは――、喜ぶべきことなんじゃないの?」
「どうなんだろうな。サラは自分の名前がおもてに出るのは絶対に嫌だと言っているんだ。僕も嫌だ。でも、先生方に事情を説明するのも……」
「どうして嫌なの? 名誉なことじゃないか。彼女の論文を学会で発表してくれるんだろ?」
「そう簡単にいかないんだ。サラの家系は高位カーストだけど、私生児だ。身内から一族の恥扱いされて、姓を名乗ることを禁止されている。やっとあの連中と縁が切れたんだ。こんなことで蒸し返されては堪らない。それに、サラまでぼくみたいな目にあわせたくない」
「確かに、マスコミの目には確実に晒されることになるね」
「まったくドジを踏んだよ」
そう言いながらも、ヘンリーはどこか楽しそうに笑っている。
「でも、きみ、嬉しそうだね」
「そりゃあね。これでも僕は、サラを独り占めしていることを申し訳なく思っているんだ」
「田舎の屋敷に閉じ込めて数人の使用人以外誰にも会わさない。塔の中のラプンツェルだものね。そしてその才能は、すべてきみだけのために注がれているって?」
アーネストは、ここにたっぷりと皮肉が込められていることを自覚していた。いつもサラのことしか頭にないヘンリーに、当てつけたかったのかも知れない。
ヘンリーは顔色を無くし、唇をきつく結んで押し黙った。
気まずい沈黙が流れる。
「ごめん……。言い過ぎた。事情があるのは判っている」
アーネストはとっさに後悔していた。
「きみの言う通りだよ」
ヘンリーは眉根を寄せ、首を振りながら自嘲的に笑う。
「本当は、彼女を広い世界に連れ出すべきなんだ」
「無理しなくていい。きみだって、まだ16歳の子どもなんだ」
アーネストは慰めるように優しく諭した。
「もう、16歳の大人だ」
ヘンリーは口の先で笑い、手持ち無沙汰に火のついていない煙草を指先でもてあそんでいる。
「寝るよ。僕の部屋は?」
「となりだ。着替えはあるの?」
ヘンリーは首を横に振る。
「僕のを持っていくかい? そのまま着て帰るといい。制服よりは目立たないよ」
アーネストは、自分のTシャツとハーフパンツを引っ張り出して見せた。
「いい。ワーキングクラスみたいだ」
「今時、プライベートは誰だって着るよ」
「僕には無理だな」
アーネストはため息をついて笑った。
「きみは、自分から動物園の檻に入っているんだ。さっさと寝ろ!」
「ありがとう、アーニー」
珍しくヘンリーに礼を言われて、アーネストは驚きを隠せずに真顔で呟いた。
「きみ、本当にまいってるんだね?」
ヘンリーは背中を向けて手の平をひらひらと振ると、そのまま部屋を後にした。




