真夏のカフェテラス5
――泊めてくれ。
アーネストにヘンリーから電話がかかってきたのは、夜十時もまわってからのことだった。
彼が来ていると聞いてはいたものの、何の説明もなく、いきなり、「泊めろ」だ。こちらの都合はおかまいなし。もうここの生徒でもなく、ほぼボランティアのようなアルバイトでここにいるだけだというのに。
憤慨しながらも彼のことがずっと気にかかっていたアーネストには、久しぶりに会える嬉しさの方が勝っていた。ほぼ二カ月ぶりなのだ。
とはいえ雇われの身で勝手はできないので、寮監に許可を貰えるか聞いてみる、と電話を切る。
前後して寮監から呼び出され、ヘンリーのことを頼まれた。どうやら、ヘンリーを呼びつけた先生から申し入れがあったらしい。
卒業しても、僕はヘンリーの世話係か……。
アーネストは苦笑して、ヘンリーが入学してきた当初を思いだしていた。
とにかく嫌がらせが多かった。天使の外見にあの不愛想。妬みなのか憧れなのか、かわいさあまってのなんとやらか――。
入学当初の上級生による下級生へのいじめは一種の伝統儀式のようなもので、よほど目にあまるものでない限り寮監も寮長も目こぼしするものだ。だが、ヘンリーの場合は度を越えていた。
寮の部屋には鍵がない。盗難、荒らし、はては夜中に忍び込んで悪戯してくる者まで出てきた。ずっと我慢してきたヘンリーも、切れた。毎夜のように忍んでくる者を叩きのめし、部屋の外へ放りだした。
じきにカレッジ寮生は大人しくなったが、まだ事態を把握しきれていない他寮生たちがいた。さすがに一人ひとりを相手にしてはいられない。
皆が集まる朝の礼拝堂の前で、一番しつこい上級生を、彼は地面に沈めてみせた。
これで一件落着、と思っていたら、この一連の事件の間にヘンリーはすっかり不眠症に陥っていた。
新入生は誰でも受ける洗礼だ、と見過ごしにしていた寮監は、ヘンリーが貧血を起こして倒れてから大慌てで対処に当たった。
本来は一人部屋のキングススカラーの部屋を、一学年の間だけ監視役としてのアーネストと同室にしたのだ。
彼が二学年になって部屋は別れたものの、少し神経が張るようなことがあるとヘンリーはすぐに眠れなくなった。そばにだれかいないと安心できないようだった。その度にアーネストの部屋へ逃げてきた。副寮長になった彼の部屋のソファーで丸くなって眠っていた。
彼が一学年の間に、これ以上敵を作らないように友好的にふるまい、リーダーシップを発揮し、仲間を増やして防壁にすることを、アーネストは教えた。もともと行動力のあるヘンリーは、教えた通りに見事にやり遂げた。
二学年も半ばを過ぎると、彼をいじる連中はいなくなった。上級生からは一目置かれ、同期からは信頼され、後輩からは尊敬の目で見られた。
三学年になるともはや英雄扱いだ。ただ他より抜きん出ていたからではない。彼には人を従わせ魅了する、持って生まれたカリスマ性が備わっていたからだ。多少の我儘や気まぐれすら、そんな彼の魅力のひとつと、捉えられるほどに。
この手の掛かる年下の幼馴染の手を放して、アーネストは安心して卒業――、のはずだったのだ。
あの動画が出回るまでは……。




