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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第六章
375/805

  メイボール6

 いきなり肩を叩かれ、アレンは教室移動の途中で呼び止められた。驚いて振り向くと、唐突に空色の封筒を渡される。


舞踏会(メイ・ボール)の招待状――」


 空色の地に白抜きで印字されたカードを開く。冒頭には、ヴォルテールの言葉。


『人は誰でも、人生が自分に配ったカードを受け入れなくてはならない。しかし、一旦カードを手にしたら、それをどのように使ってゲームに勝つかは、各自が一人で決めることだ』


「きみに宛てた言葉みたいだね」とアレンは、クスリと笑って吉野を見あげる。

「ヘンリーにペアチケットを貰ったんだ。あいつ、今年、卒業だからさ」

「実は、僕も持っているんだ」

 アレンは、ポケットから同じ封筒を取りだしてみせる。

「ラザフォード卿からいただきました」

「じゃ、クリスやフレッドを誘ってこいよ。IGCSEも、学年末試験も終わったし思いっきり遊んでくればいい」

「え……。きみは?」

 まるで他人事のように話す吉野に、アレンは不安げに尋ねた。

「俺、スタッフなんだ。飛鳥がTSでイベント会場を作っているんだ。その手伝いをするからチケットは要らない。タダで入れる」


 やっぱり――、とばかりに、がっかりした顔で唇を尖らせるアレンの頭を、吉野はくしゃっと撫でた。


「テーマはな、迷宮だって。ギリシャ神話のミノタウロス伝説の。飛鳥の仕事だからな、期待していいぞ」

 誇らしげに微笑む吉野に、アレンも仕方なくにっこりと笑う。

「お兄さんと仲直りできたんだね」

「仲直り? もともと喧嘩なんかしてないよ。飛鳥は焼きもち焼きだからさ、ちょっと拗ねてただけだよ。俺がお前たちにかまいすぎるからさ」


 晴れ晴れと笑う吉野にアレンは複雑な笑みを浮かべていたが、気を逸らすように、カードに視線を落とした。


「じゃあ、フレッドと、クリスと、サウード、あ、イスハ―クの分はどうしよう? 今からでもチケット余分に手に入るのかな?」

「ああ、その辺は心配するな。サウードが自分でどうとでもするよ」


 吉野は気楽な様子でそう言うと、「早めにみんなの予定を確認しとけよ」と言い残して、また忙しそうにどこかへ行ってしまった。




「ケンブリッジのメイボール!」

「おまけに、一番人気のトリニティカレッジだよ! こんなの、普通手に入らないプレミアチケットだよ!」


 瞳を輝かせて歓声をあげるクリスとフレデリックに、アレンはちょっと心配そうな顔をして小首を傾げる。


「でも、舞踏会なんだろ? これって、普通男女ペアで、女性同伴なんじゃないの? キャルも今年は高校卒業だからさ、プロムの相手がどうこうって、煩く言っていたんだけれど……」


 しーんと鎮まり返った。


「女装でもしていく?」

 フレデリックが真剣な顔で、アレンとクリスを代わる代わる見つめる。サウードは顔を背けて笑いを噛み殺している。


「僕?」

 クリスが眉間に皺を寄せる。

「アレンはいいとして、やっぱりここは身長的にも――」

「フレッドの方が美人になれるよ!」


「フレッドとクリスでいいじゃないか」

 アレンが淡々と言った。目を見張る二人に、「僕が招待されたんだから、女装って訳にはいかないだろ?」とあくまで冷静な判断を示している。

「サウード! きみが適任だよ! ほら、正装だからね! あの、なんていうんだっけ? きみの国の民族服、顔を隠して頭からすっぽりかぶるやつ、あれなら男も女も判らないよ!」


 とうとう堪え切れずにサウードは噴きだした。


「舞踏会っていっても、たんに試験が終わった後のお祭り騒ぎだよ。米国のプロムみたいなダンスパーティーとは違うって、ヨシノが言っていたよ」

「女性同伴は?」


 サウードは笑いながら首を横に振る。だが、ほー、と胸を撫でおろし、顔を見合わせる皆を見て、悪戯な瞳を輝かせてつけ加えた。


「しまった、黙っていれば良かったな。そうしたら、当日、ヨシノを思いっきり笑わせることができたのに!」






「監督生、出揃ったか?」

 執務室に入るなり訊ねた吉野に、「やれやれ、第一声がそれかい?」とパトリックは、眉根を寄せて溜息を漏らす。


「他に聞くことないだろ?」


 パトリックは黙って手元の紙を吉野の方へ滑らせた。成績順に選ばれた監督生の名前が連なるリストに、ざっと目を通した吉野はほっとしたように息をつく。


「やっぱりフレッドの方が上か――。まぁ、仕方がないな」

「十分健闘しているじゃないか」

「まぁまぁだな。でも、あの祖父さんを黙らせるのに、寮長か、監督生代表の地位は欲しいんだよなぁ……」


 浮かない顔で息をつく吉野に、パトリックはいつも冷たそうに見える、薄い水色の瞳を怪訝そうに向けた。


「黙らせるって?」

「大学進学。ケンブリッジに行きたいんだよ、あいつ。フレッドも、クリスもケンブリッジ志望だからな」

「きみもだろう?」

「俺?」

 吉野はひょいっと肩をすくめた。

「奨学生だし約束だから受けるけれど、行かないよ。飛鳥もあと一年で卒業だしね。俺、Aレベルを済ませば、ビザのために学生でいなくたって、ワーキングビザが取れるもの」


 無表情のまま自分を見つめる相手を、吉野は真っ直ぐに見返してにっと笑う。


「心配性だな、パトリック。あんたの進路は、オックスフォード? ベンがいるものな。院はケンブリッジに進めばいい。そうすれば、ケンブリッジであいつに会えるよ」

「きみに僕の人生設計を立ててもらう必要はないね」

「そりゃそうだ!」


 静かに言い返したパトリックに、吉野は朗らかな笑い声で応えていた。







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