挑戦
アンティーク・ゴールドに鈍く光るロートアイアンの滑らかな曲線を描く柱に支えられ、薄っすらと青味がかった曇りガラスに包まれた巨大なドーム型鳥籠のような店舗が、華やかに競い合い、輝くネオンに挟まれて、ここニューヨークに新たに出現していた。それは冷たいコンクリートの広場の中心で、曖昧で柔らかい灯りに内側から照らされ、周囲の空間から切り離されているかのようにぼわりと浮かび上がり、存在を主張している。
その鳥籠の内側では、クルクルと回る影絵のような幾人もの人影が、忙しく動き回っているのが見てとれる。
一本の枝に二匹の蛇の絡みあうアーカシャ―HDのロゴマークの彫刻された、支柱と同じメタルカラーのアンティークゴールドの半透明の扉が、両サイドに音もなく開かれる。
だが店内に踏みこんで見ても、外から見えていた人影の実体は、どこにも見当たらない――。それどころか、ガラス張りの建物の内側は、かすかに苔むして崩れかけた石造りの城壁に囲まれ、頭上にはネオンではなく満天の星空が広がっている。足元の滑らかな大理石の床材は黒と白の市松模様に塗り分けられていて、その境目からは雑草が顔を覗かせている。
「これが、米国一号店――」
吉野もアレンも、息を呑んで辺りをぐるりと見渡していた。まるで異空間だ。
白い床の上には幾つもの半透明のガラスの柱が、互い違いに高さを変えて立ち並ぶ。その中に本来の目的であるTSネクストが、ぽっかりと空中に浮かんでいるかのように展示されている。
柱の間をぬうようにして進み、中央に設置されているガラスのらせん階段を上る。星空のはずの空間に、突如二階フロアが現れた。透明ガラスの床から覗く階下に、二人はまるで空中に浮いて地上を見下ろしているような錯覚に囚われる。先ほどまでいた一階販売エリアは、巨大なチェス盤そのものだ。そそり立つ柱の一つ一つが、それぞれチェスの駒に替わっている。
あまりにも目まぐるしく変わる目の錯覚を利用した視覚の変化に、脳がついていけず眩暈がする。吉野には、わずかに空間に生じるゆがみやブレも気になった。これでは飛鳥みたいな三半規管の弱い奴は映像酔いしかねない、と吉野は目を眇めてヘンリーを振り返った。
「なんだよ、これ――。遊園地のアトラクションじゃないんだぞ!」
「言いえて妙だね」
ヘンリーは嬉しそうに、にっこりと微笑む。
「宣伝にはいいかもしれないけれど、こんなもの、普通の奴らはついていけないぞ」
顔をしかめる吉野に、ヘンリーは大袈裟に両腕を広げる。
「勿論そうさ。これは明日のオープニング・レセプション用の宣伝映像だよ。普段はこんなものだよ」
パチンッ、とヘンリーが指を鳴らすと、ガラスのフロアは緑に囲まれた空中庭園に変わる。いたる所にベンチが置かれ、多くの人が行き交い思い思いに寛いでいる。
「頭、イカレそうだよ……」
嫌そうに顔をしかめる吉野とは裏腹に、アレンは瞳を輝かせてパタパタと走り回って、一つ一つ手で触って確かめている。
「ああ、このベンチは本物なんだ! こっちの植物は映像だ!」
「こういう反応を期待していたんだけどな」
満足そうに微笑むヘンリーに冷めた視線を投げかけ、吉野は口をへの字に曲げて首を振る。
「こんな子ども騙し、意味ないだろ?」
「レセプションはお祭りみたいなものだよ。我慢してつき合ってくれないか?」
「俺も出るの?」
「当然」
「夜間労働無理! 俺、未成年だし。児童労働反対!」
吉野は唇を尖らせる。
「惜しいね。きみ、労働者じゃないからね。忘れたの? きみは大株主の一人だよ」
澄ました顔で、ヘンリーは応える。いつものようにしつこく食い下がることもなく、吉野は小さくため息をついてヘンリーを見つめ返した。
「解ったよ。でも俺、この映像に微調整入れてもいい? 歪みが気持ち悪いんだ。繋ぎ目がわずかだけど、ずれてるんだよ。見てると吐き気がする」
ヘンリーは判らぬほどに目を瞠り、呟いた。
「目がいいんだね」
「TSガラス、何枚使っているんだ? 飛鳥にしては仕上がりが甘いよ。何かあった?」
吉野は、不思議そうにもう一度周囲を見回す。その視線の先で、アレンはまだ飽きもせずに、上を見たり、下を見たりと、うろうろと歩き回っている。その様子を目で追いながら、吉野はくしゃっと微笑んだ。
「ま、いいかもな。お子さまには――」
「コントロール・ルームに案内するよ」
先ほどまでとは打って変わって、真剣な顔つきになったヘンリーに頷き返し、吉野は、今はぼんやりと頭上に広がる星空を見あげているアレンを呼んだ。




