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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第一章
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石造りの壁の中

「ご、ごめんなさい……。五十ポンド札しかないんです。構いませんか?」

 赤レンガ造りの細い路地で、少年が一人、二人組の若者に挟まれ壁に押し付けられていた。金をせびられているようだ。

 まだあどけなさの残る黒髪の小さな少年だ。街の中心から緩やかな坂道を登った所にあるパブリックスクール、エリオット校の制服を着ている。良家の子弟が通うことで有名なこの学校の生徒が街へ下りると、こうしたトラブルに巻き込まれることが多々あった。

 少年は、震えながら内ポケットから財布を取り出そうとしていた。


「きみ、火を貸してくれないかな?」

 突然、背後から声をかけられ、帽子を目深にかぶった男たちは振り返って歯を剥いて怒鳴った。

「うるさい!さっさと行け!」

「きみたちが邪魔で通れない」

 声の主は、長い指に煙草を挟み、優雅な仕草で通りを指し示す。

「火がないのなら、そこ、どいてくれるかな?」

 気取ったエリオット校特有のアクセントには、この男たちをイラつかせるのに十分な効果があったらしい。一方の男が怒鳴り散らし、声の主に殴りかかった。

 いきなりの展開に、少年はぎゅっと目を瞑って身を強張らせた。


「きみ、金が欲しいんだろう?」

 そっと目を開くと、殴りかかっていった男は、声の主の長身の青年の足元に伸びている。

 青年は、財布から五ポンド札を取り出し、ひらりと足元に落とした。

「ほら、遠慮せずに拾え。這いつくばって」

 酷薄そうな青い瞳が残った片割れを見下し、唇には冷笑をたたえている。


 片割れは、身じろぎもせずにじっと長身の男を睨み付けた。

「どうした? 施しより、恐喝の方がマシか? その方が、きみのプライドが保たれるのかな? なら、奪い取りに来いよ」

 青年は、両腕を広げて挑発した。

 片割れは、歯を食いしばったまま動かない。ただ、その瞳を憎悪でぎらつかせている。

 黒髪の少年は、事の成り行きが理解できないまま、青年に目が釘付けになった。

 そこに立っているだけなのに、有無を言わせぬ威圧感で見る者を制圧する。優雅に佇む貴族然とした姿は余りに静かで、何故だか怖ろしさを感じさせた。少年は、恐喝されていた時よりも、胸がドキドキしていた。


 暫くの間をおいて、

「つまらないな」

 と、青年は一息つくと少年の方に向かって歩き出した。

 殺意さえ感じさせるほどの瞳で睨み続ける男の横を、何事も無かったように通りすぎ、少年の腕を掴んで、ついてくるようにと促した。

「どこの寮?」

「カレッジです」

「キングススカラーか。優秀だな」

 青年は思い出したように歩みを止め、振り返ると、優雅な仕草で倒れている男を指し示した。

「ああ、そこのきみ。きみの連れ、ちゃんと連れて帰ってやれよ。そんなところで寝ていると風邪をひく。あと二、三時間は起きないと思うからね」

 そして、ポケットからライターを取り出して、煙草に火をつけた。


「きみ、今日銀行に行っただろう?」

 青年は、少年に歩調を合わせてゆっくりと歩きながら聞いた。

「はい」

 少年はどぎまぎしながら答えた。

「きみのジャケット、背中にチョークで×が描かれてある。僕は現金を持っている鴨です、て、印だ」

 少年は、慌てて背中を見ようとしたが、もちろん見えるはずがない。

「きみみたいな小さいのは、あまり一人で出歩かない方がいいな」


「あの、あなたもエリオット生?」

 青年は、エリオットの制服を着ていなかったが、この学校特有のアクセントに間違いない。それとも、卒業生だろうか。

エリオット校の入り口で、少年は勇気を出して訊ねてみた。

青年は、にっと笑うと片手を上げ、踵を返して行ってしまった。



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