表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第五章
254/805

「吉野、僕は、ちゃんとできてたかな? ヘンリーに、恥をかかせたりしなかったかな?」

 執務室に戻ってくるなり、ボロボロと溢れ出る涙を拳で拭いながら、飛鳥は気まずげな顔で佇む吉野の顔を見あげて訊ねた。

「うん」

 吉野は言葉少なに頷く。


「最高にカッコよかったよ、アスカちゃん」

 デヴィッドが飛鳥の肩に両手を置き、背中にこつんとその額を当てる。


「どうしちゃったの? さっきまではあんなに堂々としていたのに」

「吉野の顔見たら、安心しちゃって……」

「飛鳥、ごめん、俺……」

 俯いて言い澱む吉野の肩をアーネストがポンと叩いた。


「きみは謝らなくていいよ。トーマスと連絡が取れたよ。ヘンリーのアパートメントにはチャールズに行ってもらったし、アレンのことも心配いらない」

「え? チャールズ、来ているのか?」

 ほっとした表情を見せた吉野に、アーネストは優しく微笑み返す。

「当然だろ? 今はケンブリッジでヘンリーの後輩だよ。カレッジも一緒だしね」そして、ハンカチを出して飛鳥の涙を拭い、ソファーに座るように促した。




「それよりも、問題はこれだよ。すさまじい勢いで拡散されている」


 アーネストは、ローテーブルに置いてあるタブレット型のTS(トランス・スパークス)を軽くタッチし空中画面を立ち上げると、指で囲って拡大する。


 SNSの画面の中に、サラを抱きあげるヘンリーの画像や動画が次々と流れる。


「『愛している、僕の可愛いひと』――本当に、こんなことヘンリーが公衆の面前で言ったの?」

 呆れたようなデヴィッドの口調に、吉野は辛そうに口を結んで頷く。

「相変わらずメロメロだねぇ。会社も、仕事も全部放り出して、以前のわがままヘンリーに逆戻りだ。彼のあの子優先は今に始まったことじゃないからね。アスカに出逢ってからは、マシになったと思っていたのに――」

 アーネストも呆れ声で深くため息をつく。


「周りなんか見えてないんだよ。あの子の発作が出たのだって、彼自身のせいじゃないか――」

「発作?」

 俯いていた顔をあげて真っ直ぐに見つめてきた吉野に、アーネストは、優しい、慰めるような視線を返した。


「パニック障害だって聞いているよ。カメラのフラッシュや、シャッター音が引き金になるんだって。それに人混みや、人に取り囲まれるのも駄目だって。きみ、知らなかったんだろ? だいたい彼は、秘密主義が過ぎるんだよ。だから、きみは、今回のことで責任を感じる必要はないからね。ヘンリーに言われたことを、きちんと守っただけなのだから」


 首を振って眉根を寄せ、いまだ悔恨の念にかられている様子の吉野を、飛鳥は心配そうに見つめ、デヴィッドと顔を見合わせて困ったように小首を傾げた。


「本当にどうしようかな? こんなんじゃ、削除要請も追いつかないね。サラが回復したら、もういっそ、サイトごとクラッシュしてもらおうかな――」


 未だに拡散され続ける数字を眺め、アーネストはため息交じりに呟いている。

「俺、やろうか? できるよ、それくらい」

 吉野が、ぱっと顔をあげた。

「吉野!」


 飛鳥は顔色を変え、デヴィッドは思いっきり吹き出しながら、吉野の肩を抱いてバンバンと叩く。


「冗談だよ!」

 アーネストも、苦笑しながら首を振る。

「ここまで広がると、ひとつのサイトを潰すくらいじゃ収まらない。打つ手がないわけではないんだ。問題は、ヘンリーがどうしたいかなんだよ」

 アーネストは、またTSの画面に視線を戻し、デヴィッドも兄に同調するように画面を凝視して呟く。


「今まで、スキャンダルとは無縁だっただけに、惨い言われようだねぇ……」

「それで、今、二人はどこにいるの?」

 いまだに状況を把握しきれない飛鳥は、心配そうな顔で三人を代わる代わる見渡した。


「ヘンリーからは、まだ連絡がない。おそらく、マーシュコートに戻ったかな――」

 アーネストも返答に困っているようすで肩をすくめている。


「アーニー! アスカ! ヘンリーだ!」


 それまで流れていたヘンリーとサラの画像が消え、ヘンリーの同じ動画画面が幾つも連なって流れ出した。


「止めて!」

 デヴィッドの声に、アーネストは流れて来た中の一つを選び再生する。


『まず何よりも初めに、僕は皆さんに謝らなければならない――』


 息をとめ、食い入るように皆が見守る画面の中で、ヘンリーは話し始めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ