証
「吉野、僕は、ちゃんとできてたかな? ヘンリーに、恥をかかせたりしなかったかな?」
執務室に戻ってくるなり、ボロボロと溢れ出る涙を拳で拭いながら、飛鳥は気まずげな顔で佇む吉野の顔を見あげて訊ねた。
「うん」
吉野は言葉少なに頷く。
「最高にカッコよかったよ、アスカちゃん」
デヴィッドが飛鳥の肩に両手を置き、背中にこつんとその額を当てる。
「どうしちゃったの? さっきまではあんなに堂々としていたのに」
「吉野の顔見たら、安心しちゃって……」
「飛鳥、ごめん、俺……」
俯いて言い澱む吉野の肩をアーネストがポンと叩いた。
「きみは謝らなくていいよ。トーマスと連絡が取れたよ。ヘンリーのアパートメントにはチャールズに行ってもらったし、アレンのことも心配いらない」
「え? チャールズ、来ているのか?」
ほっとした表情を見せた吉野に、アーネストは優しく微笑み返す。
「当然だろ? 今はケンブリッジでヘンリーの後輩だよ。カレッジも一緒だしね」そして、ハンカチを出して飛鳥の涙を拭い、ソファーに座るように促した。
「それよりも、問題はこれだよ。すさまじい勢いで拡散されている」
アーネストは、ローテーブルに置いてあるタブレット型のTSを軽くタッチし空中画面を立ち上げると、指で囲って拡大する。
SNSの画面の中に、サラを抱きあげるヘンリーの画像や動画が次々と流れる。
「『愛している、僕の可愛いひと』――本当に、こんなことヘンリーが公衆の面前で言ったの?」
呆れたようなデヴィッドの口調に、吉野は辛そうに口を結んで頷く。
「相変わらずメロメロだねぇ。会社も、仕事も全部放り出して、以前のわがままヘンリーに逆戻りだ。彼のあの子優先は今に始まったことじゃないからね。アスカに出逢ってからは、マシになったと思っていたのに――」
アーネストも呆れ声で深くため息をつく。
「周りなんか見えてないんだよ。あの子の発作が出たのだって、彼自身のせいじゃないか――」
「発作?」
俯いていた顔をあげて真っ直ぐに見つめてきた吉野に、アーネストは、優しい、慰めるような視線を返した。
「パニック障害だって聞いているよ。カメラのフラッシュや、シャッター音が引き金になるんだって。それに人混みや、人に取り囲まれるのも駄目だって。きみ、知らなかったんだろ? だいたい彼は、秘密主義が過ぎるんだよ。だから、きみは、今回のことで責任を感じる必要はないからね。ヘンリーに言われたことを、きちんと守っただけなのだから」
首を振って眉根を寄せ、いまだ悔恨の念にかられている様子の吉野を、飛鳥は心配そうに見つめ、デヴィッドと顔を見合わせて困ったように小首を傾げた。
「本当にどうしようかな? こんなんじゃ、削除要請も追いつかないね。サラが回復したら、もういっそ、サイトごとクラッシュしてもらおうかな――」
未だに拡散され続ける数字を眺め、アーネストはため息交じりに呟いている。
「俺、やろうか? できるよ、それくらい」
吉野が、ぱっと顔をあげた。
「吉野!」
飛鳥は顔色を変え、デヴィッドは思いっきり吹き出しながら、吉野の肩を抱いてバンバンと叩く。
「冗談だよ!」
アーネストも、苦笑しながら首を振る。
「ここまで広がると、ひとつのサイトを潰すくらいじゃ収まらない。打つ手がないわけではないんだ。問題は、ヘンリーがどうしたいかなんだよ」
アーネストは、またTSの画面に視線を戻し、デヴィッドも兄に同調するように画面を凝視して呟く。
「今まで、スキャンダルとは無縁だっただけに、惨い言われようだねぇ……」
「それで、今、二人はどこにいるの?」
いまだに状況を把握しきれない飛鳥は、心配そうな顔で三人を代わる代わる見渡した。
「ヘンリーからは、まだ連絡がない。おそらく、マーシュコートに戻ったかな――」
アーネストも返答に困っているようすで肩をすくめている。
「アーニー! アスカ! ヘンリーだ!」
それまで流れていたヘンリーとサラの画像が消え、ヘンリーの同じ動画画面が幾つも連なって流れ出した。
「止めて!」
デヴィッドの声に、アーネストは流れて来た中の一つを選び再生する。
『まず何よりも初めに、僕は皆さんに謝らなければならない――』
息をとめ、食い入るように皆が見守る画面の中で、ヘンリーは話し始めた。




