冬の応接間6
いつも暗闇の中にいた。
歩き回って探してみても、出口がないことはもうわかっている。
凍り付きそうな寒さに耐えながら、身を丸めて待つしかなかった。
目が覚めて、この夢が終わるのを……。
だから、眠ることが嫌なのだ。
どんなに幸せな日々を送っていても、必ずこの夢の中に戻って来る。
本当は、ここが現実で、幸せな夢を見ているだけなのかもしれない……。
変わることの無かった闇世界が、今日は違っていた。
親鳥の羽に包まれているように、ほんわりと温かい。
暗闇の中に、チラチラと明かりの揺れる出口が見える。
目を開けると、暖炉の炎がゆらゆらと揺らめいている。
ああ、この火が瞼越しに透けて見えていたのね……。
サラは身体を起こそうとして、身じろぎした。
暖炉の火に照らされた、はちみつ色の髪が視界に光る。
ヘンリーが、ソファーの端にもたれかかったまま、すやすやと眠っている。
サラは、寝乱れたヘンリーの髪を指ですき上げて整えた。そして、そのまま身体を寄せて、その額に自分の額をこつんとくっつけて小さく呟いた。
「この世界が現実ならいいのに」
「現実だよ」
サラは驚いて、反射的に額を離す。
「現実だよ、サラ」
青紫の瞳がサラを見つめている。
ヘンリーは起き上がってソファーの端に座り直した。
サラの身体を引っ張り起こし、ぎゅっと抱きしめる。
「良かった。ちゃんと戻ってきてくれた」
ヘンリーは、強く、強くサラを抱きしめながら、むせび泣いていた。
「怖かった、すごく怖かった。サラがいなくなってしまいそうで。もう、絶望の中に戻らないで。ずっと僕の傍にいて」
「ヘンリー」
サラはヘンリーの背に腕を回す。
「ヘンリー、心配かけてごめんね」
「サラ」
ヘンリーは力を弱めることなく、サラを抱きしめ続ける。抱きしめているのか、しがみついているのか、自分でもわからなかった。ずっと押し殺してきた感情が、関を切って溢れ出して止まらない。
「サラ、過去よりも何よりも、僕のことを一番に考えて。どこにも行かないで。夢の中ですら、僕のいないところには行かないで。僕を一人ぼっちにしないで。約束して、サラ」
「わたしの一番は、いつだってヘンリーよ」
サラも、ヘンリーを抱きしめ返す。
ヘンリーがこんな風に取り乱すのは、初めて、いや二度目だ。私がアウトカーストだと言った時も、ヘンリーは怒って涙を流した。私の過去は、ヘンリーを傷つける?
サラは目まぐるしく思考を働かせながら呟いた。
「もう、過去に捕らわれたりしない。約束する」
「本当?」
ヘンリーは、やっと腕を緩めて身体を離した。その身体が小刻みに震えている。いつものヘンリーらしくない、弱々しく潤んだ瞳でじっとサラを見つめている。
「本当」
サラは、掌でヘンリーの涙をぬぐい、あやすようにもう一度抱きしめて、耳元で囁いた。
「ここがわたしの家。ヘンリーがわたしの家族。これからわたしは、ヘンリーと共有する未来で過去を上書きしていくの」
闇がわたしを捕まえていたんじゃない。わたしが闇に逃げ込んでいたのだ。
今の幸せを信じるのが怖くて。失うのが怖くて。
自分は幸せになってはいけないのだ、と暗闇の世界を作り出していた。
自己憐憫に溺れていたのだ。
でも、
望む未来があるのなら、がむしゃらに掴まなければならない。
そのために闘わない者に未来は来ない。
もう、決して逃げたりしない。ヘンリーの片羽の天使に誓って。
「ずっと、傍にいるわ、ヘンリー」
壊れていたサラの時間が動き出した。




