告白5
「なぁ、俺、なんであんなに笑われたんだと思う?」
アレンとフレデリックの部屋でお茶を淹れ、寮を抜け出してジャックのパブで買ってきた一銭洋食を夕食代わりに食べながら、吉野は、先ほどの寮長室での話をして大真面目な顔で三人に訊ねた。
机についているクリスは、さぁ? と首を傾げ、ベッドに腰かけたアレンとフレデリックは困ったふうに顔を見合わせた。
しばらくの沈黙の後、フレデリックは、「きみ、本当に意味が判らないの?」と床にあぐらをかいて座り込み、黙々と口を動かしている吉野に視線を落として、おずおずと逆に訊き返した。
ヨシノとハロルド先輩と、どちらが先にアンを落とすか、先輩方の間で賭けまで行われているのに――。
さすがに、当の本人にはそんな話はできない。
小さくため息をついて、「僕は、きみとアンって、両想いなんだと思っていたよ」そんな事はない、と知りながら、フレデリックは吉野にカマをかけてみた。
「はぁ? 何でそうなるの?」
「何で、て――。きみがいつもあそこへ行くから」
「意味判んね」
吉野は眉根をしかめている。フレデリックは困った顔で苦笑する。クリスはポカーンと話についていけない様子で、アレンは素知らぬ顔でお茶を飲んでいる。
「だからね、ハロルド先輩とアンのことは、何も心配いらないってことだよ。きみにその気がないなら、どうにもなりようがないよ」
「なんで俺が出てくるの? 関係ないだろ? ベンとアンの話をしているんだ」
吉野は怪訝そうにフレデリックを睨んだ。
「お前らでも知っているくらい、噂になっているんだろう? そんな変な噂をたてられたらアンが可哀想だ」
「ほら、きみのそういうところ。気がないなら、変なかばいだてしちゃ駄目だよ。誤解される」
「誤解って何を?」
唇を尖らせる吉野にちらりと目をやって、アレンはくすっと笑いだし、「だから寮長に笑われたんだよ」と表情の読めない綺麗な顔で呟いた。
「意味判んね」
「きみは判らなくていいよ」
今度はフレデリックにまで笑われ、吉野は頬を膨らませてそっぽを向いた。
あの女は、ヨシノが好きなんだ――。
そうアレンに聞いてから、フレデリックは、ずっと注意をしてアンを見ていた。どう贔屓目に見ても、ハロルド先輩に勝ち目はなさそうだ。校内での人気を二分するハロルド先輩を、全く眼中に入れないアンにも驚いたが、当の吉野も彼女の気持ちには全く気がついていないようで、傍から見ている者にとっては、これはもう笑いごとでしかない。彼女も、ハロルド先輩も可哀想だが仕方がない。好きになる相手が悪かったのだ。
ヨシノの無邪気な優しさは、時に、とても残酷だ。あまりにも温かく、居心地が良すぎて、自分は特別なんじゃないか、って錯覚してしまう。いきなり現実を突きつけられて、そうじゃないって判ってからも諦められなくなってしまう。
アレンは、アンのことを話していたのか、それにかこつけて自分に忠告してくれたのか、それとも、全く別の誰かが念頭にあったのかは判らなかったけれど、至極その通りだ、とフレデリックは思い、何も言い返すことができなかった。
ラザフォード卿の依頼で吉野の監視をしていたことがバレた時も、結局、吉野は黙って誤魔化してくれた。その場にいたヘンリー卿も、笑って見逃してくれた。未だに吉野はあの時計を使ってくれている。もう開き直っているのかもしれない。
だからフレデリックは未だに吉野の傍らにいる。アレンの言うように、彼の友人という居心地の良い場所を手放せずにいる。あんなにはっきりと否定されたのにもかかわらず――。
「ねぇ、ヨシノ、夏季休暇はどうするの? 今度こそ僕の家に来てくれる?」
アンの話なんてどうでも良さそうな顔をして聞いていたクリスが、話が途切れたとたんに話題を切り替えてきた。
「広い庭があるから、存分に凧揚げできるよ」
「まだ飛鳥の予定が判らないんだ」
「日本には帰らないの?」
「親父がこっちに来るから、判んね。でも多分、数日なら行けると思う。お前の凧、作る約束だしな」
フレデリックは、紅茶のカップを口に運ぶ吉野を眺めて、にっこりと微笑んだ。
「きみが、僕たちとそんなに変わらないところもあるんだって判って、安心した」
「意味判んね」
吉野は、また唇を尖らせる。
「女の子の話より、凧揚げの方が楽しいってことだよ」
すまし顔のフレデリックに、吉野は何も言わずに、ただ肩をすくめただけだった。




