冬の応接間5
記憶が一気に逆流する。叔父や叔母のサラをののしる声が響き渡る。
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
サラは泣きながら亀のように縮こまり折檻に耐えた。
「ごめんなさい!」
「サラ! サラ!」
突然、悲鳴を上げ崩れ落ちて泣き出したサラを、ヘンリーはどう扱っていいのかわからなかった。
とにかく、サラの、折れそうに細い身体を抱き起した。
「サラ?」
訳が分からない。
「僕の声、聞こえる?」
サラはまるで夢の中にいるように泣き続けていた。
「マーカス! マーカス! スミスさんに電話して」
ヘンリーは、床に座り込んだまま、サラの頭を自分の肩にもたせて、その背を優しくさすってやった。
サラは悲痛な面持ちでずっと泣きながら何か呟いている。
やっとマーカスが電話を持ってきた。スミスに繋がったようだ。
「神様は、どこまでサラに残酷なんだ……」
電話を切ったヘンリーは、暗澹たる思いで呟いた。
結局、僕はサラのことを何も知らないんだ。
今まで自分のしてきたことが、全て自己満足に思えてきた。
サラは、いつも喜んでくれる。嬉しそうに笑ってくれる。
だから……。
クリスマスに、クラッカーを鳴らし、一緒に食事をして、記念写真を撮る。
僕は、僕自身のためにそうしたかったのか?
サラの上に、自分自身を重ねていた。サラが喜んでくれれば、幼い頃の自分が救われる気がした。
幼い頃の、両親のいないクリスマス。
祖父母や母はパーティー三昧で、弟や妹は友達や親戚の家で過ごす、本当に、顔を見せに行くだけのアメリカでのクリスマス。
家政婦の用意した食事を食べ、眠るだけだ。
毎年この時期に呼ばれるのも、母の、父に対する嫌がらせとしか思えなかった。
せっかく、今年は、母がロンドンに来たから行かなくてすんだのに……。
自分のことばかり考えて、舞い上がっていたから、しっぺ返しを食らったんだ!
「ごめんよ、サラ。温かい羽で包んで欲しかったのは、僕の方なんだ……」
いつの間にか、サラはヘンリーにもたれたまま眠っている。
さきほどまでの様な苦し気な表情をしていなかったのが、せめてもの救いだ。
そっとサラを抱き抱えて、ソファーに寝かせた。
「マーカス、今日はこのままここで眠ってもいいかな?傍についていてあげたいんだ。いくら兄妹でも、レディーの部屋では眠れないからね」
「お部屋にいらっしゃいませんと、サンタクロースが来ないかもしれませんが?」
「サンタクロースには、僕へのプレゼントは、今宵のサラの穏やかな眠りにしてくれって、伝えておいて」
「かしこまりました。毛布を持ってまいりましょう」
「ありがとう、マーカス」
ヘンリーは床に腰を下ろし、サラの眠るソファーの端に頭を預けた。
見るでもなく、暖炉の炎の揺らめきに目をやり、パチパチと薪のはぜる音を聞いていると、後悔と自己嫌悪で押しつぶされそうな嫌な気持ちが和らいでくる。
「僕はとてつもなく、大馬鹿者だけど、きみのことが大好きなのは本当だよ。きみだけが、ぼくの家族なんだ」
ヘンリーは、静かに眠るその額にキスを落として、囁いた。
「メリークリスマス、サラ」




