告白
「撮影禁止? 何かあったの?」
吉野は、店内の壁にでかでかと貼られたカメラに赤でバッテンのついた撮影禁止マークのポスターを怪訝な顔で見上げて、カウンター内のアンに声をかけた。
「何かって、あんたの保護者から苦情がきたんじゃないの。良家の子弟の通うエリオットの生徒の顔写真がこう頻繁にSNSに出回っていたんじゃ、犯罪に巻き込まれる可能性もあがるし、学校側から言われる前に対策してくれって」
アンは、洗い物をしながらつっけんどんに答えた。
「保護者って、誰? 俺、聞いていないよ、そんなこと」
「なんとかラザフォードってひと」
「ああ……。それで、お客さんは嫌がったりしないの? それ目当ての観光客、多いんだろう?」
「逆に、増えたわよ。釣りじゃなくて、本物のエリオット校生が来るんだって。犯罪対策に、休日の私服解禁になったのに、うちにいますよー、なんて宣伝しちゃって、わたしが馬鹿だったわ」
アンは、いらいらと眉間に皺を寄せる。
「それ、知らなかった」
へぇーと、のんきな顔をする吉野に、アンは呆れた顔をして、「あんた、何も知らないのね? 下級生が上級生と一緒じゃないと外出禁止なのも、カツアゲ対策じゃないの。エリオット校生はお金持っているから狙われやすいのよ!」と、人差し指を立てて忠告する。
「そのうえ、うちはもう、パブじゃなくてサバンナよ!」
さらにアンは吉野に顔を寄せると、小声で不愉快そうに呟いた。
「ほら、猛禽類がうじゃうじゃ!」
アンの視線を追って振り返ると、テーブル席は全てアンと変わらないくらいの年若い女の子たちで占められている。意味が判らない、と訝し気な視線を返す吉野の頭を、アンはポンと叩いて、「あんた、意外に馬鹿なのね。思ったよりお子さまで安心したわ」と、くっくっと含み哂いをした。
カラン、カランという音と共に、賑やかな笑い声と靴音を響かせて、どやどやと団体客が入って来た。
「ヨシノ! やっぱりここにいた! 応援にも来ないで薄情な奴だな!」
カウンターに座る吉野を、四、五人で取り囲む。
「先輩方、お疲れ様。試合どうでした?」
全身白の、襟元にだけ赤いラインの入ったジャケットを着た、正式なクリケットユニフォームのままのエリオット校生たちが、げらげら笑いながら、「勝ったに決まっているだろう!」「相手は、ウイスタンだぞ!と吉野をもみくちゃにしながら、口々に応じる。
「ほら、あんたたちは、さっさと上へ行って!」
アンに追い立てられ、ニ、三人が吉野を両脇から捉まえる。そして引きずるようにして奥のドアを開け、ミシミシと階段を軋ませて上がっていく。
「うるさくしてごめん。試合から帰って来たばかりで、皆、興奮冷めやらずで、」
「注文は?」
しどろもどろになりながら言い訳するベンジャミンを遮って、アンは不機嫌さを隠そうともせずに訊ねた。
「おい、ベン早くこい! また、ヨシノにひとり勝ちされるぞ!」
二階に続くドアが開いて、大声が響く。
「今、行く! 注文は何でもいいよ、適当にソフトドリンクを、それから、軽食、本当に何でもいいから見繕って」
ベンジャミンは、自分でも何を言っているのか訳が判らなくなりながら顔を赤くし、その姿をニヤニヤしながら見守っていた数人の仲間は、遠慮なく大笑いしながら、そんな彼を二階へ引っ張って行った。
「……あいつら、大っ嫌い!」
苦々しそうに呟くアンを見て、エリアスは笑いを噛み殺しながら、「せっかく、ヨシノの試験が終わったというのに、こうも邪魔されるのではかないませんね」と揶揄う。
「改装工事もあいつらの夏休みまで延期になるし、えらい迷惑よ!」
憤然としながら、アンはカウンターを出て厨房へ向かう。
「クラブハウスサンドに、辛子をたっぷり塗り込んでやろうかしら!」
「まったく正直なお嬢さんだ」
アンの背中を見送りながらクスクスと笑うエリアスに、テーブル席の女の子が声をかけた。
「あの、二階にも席があるのですか?」
「ああ、上は貸し切り専用なんです」
エリアスは緩く微笑んで答えている。
出来上がったクラブハウスサンドや、ピザ、スコーンを、エリアスと二人で隅のテーブルに置き、炭酸ジュースのグラスを配っていたアンは、スヌーカー台を挟んで勝負する吉野とベンジャミンを見るともなく見て呟いた。
「へぇ、ダーツはボロボロなのに、こっちはやるじゃない」
鈍い音とともに、今までずっとミスなしでゲームを進めてきたベンジャミンの手元が狂う。
「ファウルアンドミス!」
どっと笑い声が起きる。
「おい、女人禁制にしようぜ! ベンにまで負けられたんじゃたまったもんじゃない!」
一人が叫ぶと、さらに哄笑が広がる。
「ほら、行った、行った」
アンは、背中を押されてフロアを追い出されてしまった。
「何なのよ、あいつら!」
不機嫌に輪をかけて二階から下りて来たアンに続いて、エリアスも戻ってきた。
「なかなか複雑な立場ですねぇ」
にやにや笑うその顔が、アンの苛立ちに拍車をかける。何かきつい一言を言ってやろうと口を開きかけた時、「アン、久しぶり!」と、親し気に自分を呼ぶ声がした。
振り向くと、シックスフォーム時代の友人が微笑んでいるではないか。
「ジェーン!」
「大学で会えると思っていたのに、あなた、いないんだもの。連絡を取りたくて、ずいぶん探したのよ」
にこやかにしゃべりかけてくる友人に、アンも顔をほころばせる。ゴホン、とジャックが咳払いをする。振り向いたアンに顎をしゃくって、座って休憩を取るように目配せしてくれていた。
アンは友人にカウンター席を勧め、自分もその横に座った。友人は席に着くなり、「ねぇ、ここ、エリオット校生の溜まり場って、本当?」と目をギラギラとさせながら顔を寄せ、アンの耳元で囁くように訊いた。さながら獲物を狙う肉食獣のように――。




