冬の応接間4
「まだ、口の中がヒリヒリする」
ヘンリーは、顔を思いっきりしかめた。
「クリスマスプティングを二切れも食べたのに?」
「ミルクティーをもう一度頼まないと。サラは平気なの?」
「平気よ。慣れているもの」
「美味しかった?」
サラは、ニッコリと頷いた。
「でもそれ以上に……。ヘンリーの百面相が面白かった!」
インド料理は初めてのヘンリーは、初めの一口で余りの辛さに仰天したが、なんとか水で流し込み食べきった。
大汗をかきながら、必死の形相で料理と闘っている時間は、聖夜のディナーとは、とても思えなかった。
けれど楽しかった、今までで一番!
「異文化を知ることって、大切だな。こんなに食文化が違うのに、僕は、サラにイギリス料理を押し付けていたんだね。ごめんよ。僕は、インド料理を好きになれそうだよ。ある意味、強烈に刺激的だ。クセになりそうだよ」
サラは笑って頷いた。
「じゃあ、また、ヘンリーの百面相が見られる?」
「次は平気な顔をして食べているさ、サラみたいに」
応接間に戻って、ヘンリーはサイドテーブルの上に並べられているクリスマス・カードを眺めていた。
そのうちの一枚を手に取ると、
「『あなたが幸せなひと時を過ごせますように願っています。ハッピー・クリスマス。 トーマス』未だに、カードがくるんだ?」
面白くなさそうに呟く。
「トーマスもスミスさんと何カ月かごとに来ているもの。メンテナンスとか、いろいろ。そういえば、スミスさんが今日来るって言っていたのに。この雪で無理だったのかしら?」
「パソコンのことで?」
サラは首をかしげる。
なんでわざわざクリスマスに!
スミスさんは、サラの後見人だからまだわかる。だけど、何だってエンジニアまで、こうしょっちゅうここに来るんだ?
地下のパソコンのことにしろ、どうにも不可解だった。
ヘンリーはそんな鬱屈とした思いを振り払う様に、明るくサラに呼び掛けた。
「サラ、ツリーの前で写真を撮ろうよ」
マーカスが、カメラと三脚を運んできたのを見て、ヘンリーはサラをツリーの前に引っ張っていく。
「写真?」
サラの顔が引きつる。
「どうしたの? 写真、嫌?」
ヘンリーは、サラの頬を両手で挟んで覗き込んだ。
「ロンドンでも撮っただろう?」
「準備できました」
マーカスが声をかけた。
「ほら、カメラを見て」
ヘンリーは、サラの両肩に手を置き、カメラの方に向かせた。
「OK、マーカス」
「はい、チーズ!」
「チーズ!」
カシャッ!閃光が走る。
強烈な光で視界が真っ白になる。その光の中を、祖父が両手を広げて走って来る。サラも祖父に向かって走った。祖父が身をかがめてサラを抱きしめる。
「……? ……?」
ブルブルと身を震わせながらサラを強く抱きしめる。
何を言っているのかが、聞き取れない。
初めて、抱きしめてくれた祖父の背にサラもそろりと腕を伸ばそうとした。
祖父の身体がぐらりと傾き、サラに圧し掛かった。そのままサラを押しつぶし、動かなくなる。
その重さから自由になり、支えられて身を起こすと、目の前に、白いクルターを血で真っ赤に染めた祖父が横たわっていた。




