冬の応接間3
重厚な赤色の壁に、金の額縁の肖像画、漆喰製円花飾の天井。暖かく静かに燃える暖炉。
典型的なヴィクトリアンスタイルの応接間に、燕尾服のヘンリー。
ここは、おとぎ話の世界。
この家の時間は、十九世紀で止まっているの? と尋ねたら、
インドと英国の時差は五百年だろ? これ以上差が広がると困るからね、と返された。
それじゃ、正確な今の時間を生きるなら、どこに行けばいいの? と聞くと、
グリニッジさ!
ヘンリーは笑って答えた。
時間は同じには、流れない。
同じ空間で、同じ時間を共有しているはずなのに。
ヘンリーの時間はまっすぐに進み、私の時間のベクトルは、同じ場所でクルクルと回り続けている。
「サラ、ダイニングへ」
ヘンリーが戻って来た。スーツを着てネクタイを締めている。
サラに合わせて、略式スタイルにしてくれていた。
大人数用の正式なダイニングテーブルに着席する。
マーカスが、料理を運んで来た。
「前菜のピーマンの野菜詰めです」
「豆と野菜のスープです」
「緑と紫の野菜サラダです」
「カシミール風じゃがいものカレーです」
「ムングダールタルカです」
「野菜のビリヤー二です」
大皿に盛られたインド料理が次々と置かれていく。
「七面鳥よりいいだろう?」
ヘンリーが誇らしげに言った。
サラは、顔を伏せ固まったまま動かない。
「サラ?」
「…………」
「サラ?」
ヘンリーは、不安げに立ち上がろうとした。
「嬉しくて……」
サラは顔を上げ、涙の溜まった目を瞬かせた。
「ありがとう、ヘンリー」
「でも、」
ヘンリーは、人差し指を立てて眉根をよせ、口を尖らせて言った。
「デザートは、メアリーが作っておいてくれたクリスマスプティングだからね。これだけは譲れない。大丈夫、牛脂は抜いて貰ったから、サラも食べられるよ」
サラは、頷いた。涙を我慢し過ぎて唇が震える。上手く笑顔にならない。
ヘンリーとサラの時間がかみ合った気がした。
サラはいつまで経っても、イギリスに慣れない。サラの感情も、感覚も、ここに来る以前のまま変わっていない。
けれどヘンリーは、一度だってイギリス人になれ、と言ったことはなかった。
『僕の妹』がインド人でも、一向にかまわないと言う。
いつもそのままのサラを尊重してくれる。
サラが上手く進んでいけないなら、きっとヘンリーは、自分の歩みを止めてサラのところまで来てくれる。
それでは、ダメだ。
私の時間を、進めなければ。




