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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第四章
195/805

  謹慎7

 クリスとの二人部屋から吉野が移された個室は、狭苦しく、カビ臭かった。成績優秀者の集うこの由緒あるカレッジ寮内では、使われることはほぼ皆無だったと言っていい、反省室だからだ。

 吉野は、一人閉じ込められて、まず一番に窓を開けた。障害物のない一面の空が茜色に染まっていた。

 今までいた部屋とは違い、中庭ではなく裏通りに面している。五階の窓の下は、細い裏道との境を区切る煉瓦(れんが)造りの塀に囲まれていた。




 事実関係を調査し、確認するまで反省室で謹慎、これが吉野に下された仮処分だ。授業に出ることも禁止。授業内容は、個室でチューターの監督の下自習という、一学年が受けるにしては重すぎる罰則だった。

 そのくせ、吉野が行っていたという賭博行為の内容は曖昧で、本人も完全に否認しているという。カレッジ寮生たちは、皆、不満顔で寮長のチャールズ・フレミングに入れ替わり、立ち替わりで嘆願に行った。





「僕も、事情がよく呑み込めていないんだよ」

 チャールズは寮長室に集まった各学年代表と、吉野の同室者(ルームメイト)のクリスに、憂い顔で説明している。


「スマートフォンでオンラインカジノに参加していた、って言うんだけどね。まずオンラインカジノ側だって、十八歳未満の参加は法律で禁止されているのだから、厳しく年齢確認して規制いるからね。ヨシノのスマートフォンを没収して、誰か親族や友人の名前で登録していないか、サイト元に確認中なんだ」

「でも、僕、ずっとヨシノと同室ですが、彼がそんな事をしているところなんて見たことないです!」

 クリスは、吉野を庇って早口で捲し立てている。

「そうだよ、見たことない。大体、ヨシノは談話室でだってカードゲームすらしないじゃないか」

「チェスとスヌーカーだね、ヨシノが好きなのは」


 皆、納得いかない表情のまま吉野を弁護していた。だいたい吉野は酒も煙草も嫌いだし、寮内で行われている小さな賭けにも乗ってこない。色々、寮内の規則は破ってきたが、法に触れるような事は決してしない。


 他の校則破りならともかく、今回のオンラインカジノ事件には、皆、狐につままれた気分だったのだ。



「それで誰がチクったの?」

 一人が眉を顰めて不快そうに言い捨てた。

「生徒会のメンバー」

 チャールズは、言葉を濁してため息をつく。

「知っているんだろ? 言えよ!」

 生徒会の名が出されたとなると黙っているわけにはいかない。同じく役員で、かつ副寮長でもあるベンジャミン・ハロルドが、イライラとした口調でチャールズを睨みつけた。


カレッジ寮(うち)一学年生(フレッシュ)を嵌めるなんて! 僕が話をつけてきてやる!」

 チャールズは困ったように目を逸らし、しばらく迷った末、「セドリック・ブラッドリー」と諦めたように呟いた。

「だから、学校側もこんな曖昧な証言を無視できないのさ」


 瞬間、場はしんと静まり返っていた。


「ヨシノを信じたいけれど、セドリックが嘘の証言をするなんて思えないな――」

 一人が呟くと、「嘘じゃなくて、きっと、ほら、誤解だよ。何か別のサイトと見間違えたとかさ――」


「サイトは間違いないよ。ヨシノのものらしきスマートフォンと、画面上のカジノサイトの写真が提出されているんだ。只、そのサイトをヨシノが本当に利用していたかどうかが判らないんだよ」

 チャールズは祈るように両手を組み合わせ、無理に微笑んでいるように唇を歪めて答えた。


「セディに直接訊いてくる……」

 ベンジャミンはその長いしなやかな指で額を押さえ、頭痛でも堪えているような渋い顔をして、憤然と、だが毅然として呟いた。








『そっちの様子はどう、ヨシノ?』

 窓を大きく開け放ち、冷え切った夜風に晒されながら、吉野はイヤホンから聞こえるアーネストの声に、独り言でも言うように小声で返答していた。


「はっきりとした証拠が挙がらないから、焦っているみたいだ」

『やはりね。ついさっき、きみのスマートフォンにやっと食いついたよ。今、アスカが逆ハッキングをかけている』


 アーネストの言葉に、一瞬、吉野は複雑な表情を浮かべ、唇を噛んだ。


『随分と惨い写真が、ゴロゴロでてきたよ』




 吉野のスマートフォンに侵入してきた敵対者に逆ハッキングをしかけ、シューニヤにプログラムを組んで貰った画像追跡ソフトで、脅迫に使われているアレン・フェイラーの写真を探し出し、削除する。それがアーネストの立てた計画だった。



 池の辺で吉野が撮った写真を盾に、セドリック・ブラッドリーとの交渉に挑んだチャールズは、逆に、暴行の痕の生々しく残るアレンを写した写真を見せられ、脅された。


 ――これは間違いなく、(ヘンリー)のスキャンダルになるだろうね。実の弟だ。それに、こんなにも彼に似ているものね。


 セドリックは意地悪く嗤い、ヘンリーに対する憎悪を、その深い水面のような碧の瞳に露わにしていたらしい。


 ――取り敢えず一時休戦……。その程度だよ、僕が出来たことは……。


 チャールズは眉間に皺を寄せ、悔しそうにギリッと歯ぎしりして、吐き捨てるようにそう吉野に告げたのだ。




『任務完了』


 ぼんやりとコンサート前のチャールズとの会話を思い出していた吉野は、その声にはっとして、手にしていた携帯音楽プレーヤーのケースの中に内蔵されたトランススパークス(TS)を、ぐっと力を込めて握りしめた。


『この写真を所持していたグローバルIPは、全部クラッシュさせたよ』

「クラッシュ? 写真の削除だけじゃなくて?」

『何を狙ったかバレるとマズいでしょ?』

 冷静なアーネストの声に、吉野は深く息をつく。


「これで終わり?」

『出来るだけ早く、きみをそこから解放してあげに行くよ。もう少し我慢していて。それにしても今時、個室で謹慎なんて、懲罰にしては前時代すぎるよねぇ』

「ああ。メシが不味い」

 イヤホンから、アーネストのくすくす笑いが聞こえる。


「なぁ、飛鳥は泣いてない?」

『すごく怒っているよ』


 吉野は、黙ったまま唇を引き結ぶ。


「飛鳥に謝っておいて」

『きみに対して、ではないよ』

「解ってる。でも、謝っておいて」


 吉野は辛そうに眉を寄せ、小さな声で囁くように言った。兄を感情的に昂らせてしまったのは、自分自身の罪なのだ。それだけが、彼にとっての真実だった。




 翌朝、エリオット校の全パソコンがウイルスに感染してクラッシュし、学校側は丸一日その対応に追われることとなった。







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