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胡桃の中の蜃気楼  作者: 萩尾雅縁
第四章
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  謹慎6

「なんで飛鳥にバラしたんだよ!」

「そりゃ、僕たちだけでは手に負えないからさ」


 うたた寝から目を覚まして、傍に飛鳥がいないことを確認した吉野から持ち出された話題に応えて、詳細な説明を始めたアーネストは、話半ばで遮って感情的に怒る吉野を、クスリと笑って軽くいなしていた。


「シューニヤは、ヘンリーに対する切り札なのさ。彼に邪魔されたくはないだろ?」

「なんであいつが出て来るんだ?」

 吉野は、納得がいかないまま訝し気にアーネストを睨みつける。

「彼にこの展開が読めていないわけないだろ? 事態はきみが思っているよりも、もっとややこしいんだよ。きみこそが彼の邪魔をしているのだからね」


 アーネストは、もの柔らかで、たおやかなその外見からは想像もできないような、冷たい見下すような視線を吉野に向け、同じくらい冷ややかな声で言った。


 デヴィと同じヘーゼルの瞳なのに、似ても似つかないな、こいつら。どっちかっていうと、ヘンリーと話しているみたいだ――。


 と、吉野は、ぎりっと奥歯を噛み締める。

 黙りこくったまま次の言葉を待つ、けれど決して自分に呑まれている訳でもない吉野に、アーネストは、ふっと表情を和らげて微笑みかけた。


「でも今回に限っては、ヘンリーが間違っている。僕は全面的にきみの味方をするよ。だからきみには、ちゃんと判るように話してあげる。隠さずにね。さぁ、ここからは、アスカにはオフレコだ。彼は優しすぎるからね。それがきみの杞憂の種なわけだろう?」

 アーネストは、一人掛けソファーから吉野の横に座り直し、小首を傾げて薄く笑った。






「あいつらが、食いつくような餌がいる……」

 ぼんやりと(くう)を見つめて吉野は呟いた。

「何かない?」

「ポーカーの時は、これを賭けの代償にできたけどな」

「見せて」


 吉野はポケットからスマートフォンを取り出して、アーネストに渡した。

「よくこんなの撮れたね。激レアじゃないか、寝顔なんて……」


 画面の中の、スーツ姿ではあるが、滅多に見せることのない、金の髪を額に散らばし、ネクタイを解いてシャツのボタンも幾つか外したヘンリーの、しどけない寝顔に思わず笑みが零れる。


「そうか? あいつどこででも寝るじゃん。目を瞑ったら寝てるだろ? あー!」


 吉野は慌ててアーネストの手からスマートフォンを奪い返したが、時すでに遅しで、ヘンリーの画像はフォルダーごと削除されてしまった後だ。


「プライバシーの侵害」

「ちぇ、俺、負けたりしないから、誰にも流したりしていないのに……」

「駄目、本人の許可を取ること!」

 アーネストは呆れた顔でため息をつく。

「あーあ、いい餌だったのに……。じゃ、こっちは?」

「これって……。これじゃ、リスクが大きすぎる」


 驚いて見つめ返すアーネストに、吉野は邪気のない顔でにかっと笑った。


「なんとかなるよ。ならなかったら、その時は頼むよ」






 ハーフタームが終わり、学校が始まった。

 吉野は相変わらず夜遅くまで寮に戻って来ない。でも休み前と比べて、ずっと空気が軽く、明るくなった。一緒に過ごす時間は減ってもちゃんと会話できているし、イライラしている様子もなくなった。クリスは休暇前の重苦しい不安な気持ちから解放され、安堵感に見たされて毎日を充実して過ごしていた。



「ヨシノは生徒会に入るのかも知れないね。だから、いつも先輩方と一緒にいるのかも?」

「でも、まだ一学年だよ。それに生徒会は投票で決まるんだろう?」

「その前に、先輩役員の推薦がいるんだよ。その推薦された候補者の中からみんなで選ぶんだ」

「まだまだ先の話じゃないか――」


 クリスはアレンと他愛のない噂話をしながら、肩を並べて寮に戻ってきたばかりだった。すると自室の前で、サウードとイスハ―クが暗い顔をして腕組みし、ドアにもたれ掛かって待っていたのだ。サウードはクリスの顔を見るなり、駆け寄ってきた。


「大変だよ、クリス! ヨシノが、」

「ヨシノが?」

「校長に呼び出された! 寮監も、寮長も一緒だった!」

 すぅーと血の気が引いていくのが判った。


「なんで? 何がバレたの?」

 薄暗くて重苦しい、狭い廊下に響き渡ったクリスの耳をつんざく大声に、次々とドアが開き、他の生徒も集まってくる。


「ヨシノがどうしたって?」

「罰則?」

「どれのせい?」

 幾つもの問いかけの声に、サウードは声を震わせて応じた。

「校内での――、賭博行為の禁止違反って、寮監が言っていた」


「賭博!!」


 余りにも想定外の、想像を超えた言葉に、皆、一斉に声を上げて叫んでいた。





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