冬の応接間(ドローイング・ルーム)
応接間の大きな窓から、眼下に広がるフォーマル・ガーデンをサラはじっと見つめていた。
広々とした芝生も、調えられた幾何学模様の生垣も、すっぽりと雪に埋もれている。
未だに、粉雪がチラチラと舞い落ちている。
暖炉には火がくべられ、部屋の中央には、華やかに飾られたクリスマス・ツリーが置かれている。
もう、二時間以上サラはこの場所に立っていた。
重たい灰色の空に夕闇が迫る。青白く沈む雪景色の中に、黒い点が見えた。ゆっくりと近づいている。
サラは部屋を飛び出し、正面玄関へと走った。
「サラ、またそんな恰好で。風邪を引くよ」
正面玄関の車寄せに佇む、いつもと変わらない薄着のサラを見て、タクシーから降りたばかりの第一声がこれだった。
ただいま、よりも先に、また小言を言ってしまった……。
ヘンリーは苦笑いしながら、サラにキスする。
「お帰りなさい、ヘンリー」
「ごめんよ。列車が遅れたんだ。心配してくれていた?」
ヘンリーはサラの肩を抱いて、屋敷の中に急ぐ。案の定、サラの身体は冷え切っている。
「マーカス、ただいま。すぐにお茶を貰える?」
自室には戻らずに、応接室に直行した。
重厚な赤のブロケード張りの壁一面に、ソールスベリー家先祖の肖像画が飾られている、一見重苦しいこの部屋も、この日ばかりは華やかに飾られたクリスマス・ツリーで輝いている。
「わぁ、懐かしいな! あの頃のままだ!」
ヘンリーはクリスマス・ツリーをぐるりと一周すると、オーナメントをひとつ外して、
「ほら見て。この天使、片羽だろ。僕が壊したんだ」
と、ガラスの天使をサラに見せた。
「プレップに入る前の、この家で迎えた最後のクリスマスにね、ツリーの天辺に飾ってあったこの天使さまにお願い事をしたんだ。ツリーから外して、こうやって握りしめて、ひざまずいてね。なのに、ツリーに戻す時に失敗して落として割ってしまった」
マーカスがお茶を運んで来た。
ヘンリーはサラを促して暖炉の傍のソファーに座ると、ティーテーブルにガラスの天使を置いた。
「マーカス、ツリーをありがとう。何年ぶりだろうね、この家でクリスマスを祝えるのは。すごく、嬉しいよ」
「六年ぶりです。お嬢さんと、ボイドさんと私の三人で飾り付けを」
マーカスも嬉しそうに微笑んだ。
「メアリーは、もうハイランドに?」
「はい。昨日出発しました」
「こんなに積もる前で良かったよ。ぼくは、道中、今日中に帰ってこられないんじゃ、って気が気じゃなかった」
ヘンリーはカップに口をつけ、
「マーカスの淹れてくれたお茶を飲むと、我が家だ、って実感するよ」
と、にこやかに微笑む。
毎年メアリーは、クリスマスをスコットランドの妹一家と過ごす為、休暇を取る。
今年はヘンリーが戻ってくるので、休暇を返上しようと言ってくれたが、大丈夫だからと断った。
クリスマスは、ヘンリー、サラ、マーカスの三人だけで過ごすことになっている。
「温まった?」
サラの頬にそっと指先で触れた。
サラは小さく頷く。
ヘンリーはガラスの天使を握りしめ、目を瞑る。
暫くして、ゆっくりと目を開くと、サラを優しく見つめて言った。
「あの時、僕は、家族でクリスマスを祝えますように、て、お願いしたんだ。やっと願いが叶ったよ。天使を壊してしまったから、もう無理なんだって諦めていたのに。それとも、そのせいでこんなに時間がかかったのかな?」
立ち上がり、天使を丁寧にツリーの天辺に戻すと、ヘンリーはサラを振り返ってにっこり微笑んだ。
「チビの頃は、このツリーが天にも届きそうな大木に見えていたのにな」




