親が権利を主張するなら、子供からも権利は主張できるはずだ。
「忠行、ちょっと来なさい。」
「何だよ親父、仕事なら今、探してるところだよ。ちょっと待って。そもそも一生の仕事がそんなに簡単に見つかるわけないだろ!」
「忠行、目が泳ぎすぎだ・・・。落ち着け、とりあえず。」
「何? 親父秘蔵のウィスキーをちょこっとずつ飲んでた件?」
「違う。違うがその話については後日、きちんと話し合おう。まあちょっとここに来て座れ。
」
「何、あらたまって何の話? またいつもの『自分の人生は自分で決めろ』っていうお説教?」
「実は昨晩、お前が風呂に入っている間に、部屋をじっくり調べさせてもらったんだが。」
「はぁ! 父親だからって勝手に息子の部屋を家探しすんなよ!」
「お前が何か重大な犯罪を企んでないかが心配で。特に幼児を狙った。」
「どんだけ父親に信頼がないんだよ、俺は!」
「お前の描いた漫画も読んでみたんだが・・・」
「まじで・・・。」
「絵は割といいと思う。カット割りも。パースもちゃんと取れてるしな」
「・・・ありがとう。意外にマンガに詳しいんだな。」
「でも今どき『手塚タッチ』で描くのはどうかな~と、父さんは個人的に思うな。」
「21世紀的には逆に新しい感じだろうが!」
「そうかな・・・。単純にキャラクター造形の力に頼りすぎてないか?」
「俺の漫画は良いのか悪いのか、こうなったらはっきり言ってくれ。生殺し状態だよ!」
「・・・とりあえず絵柄は置いておこう。問題はストーリーのほうだな、うん。」
「どの辺が?」
「まず設定だな。お前の色々な女の子に無条件にモテたいという気持ちが正面に出過ぎてて、正直キモい。」
「言うな! それは言うな!」
「まあ、23歳にもなって素人童貞のお前に、正統派なラブストーリーは無理かと思うが。」
「何で息子の性体験を知ってるんだ? お前は!」
「何でも日記に書くのはやめたほうがいい。」
「そうか・・・、くまなく家探しをしたんだっけな。」
「それと、あの変なポエムみたいなのは何だ? ヴィジュアル系ロックバンドの歌詞みたいだったが。やたら文章中に『黒い薔薇』って出てくるやつ。」
「すみません。もう勘弁してください。」
「じゃあラブリーポエムの話は後にして。」
「勝手に可愛らしくするな!」
「差し当たっての問題、まずはお前の描いた漫画についてだな。」
「ラブリーポエムの件は後回しになっただけなんだ・・・また後で話題が出てくるんだ・・・。」
「ほんのりとSFテイストを入れたハーレム系ってのはいいと思うよ。流行りだし。ただ、」
「ただ、何だよ?」
「まさかお前が宇宙人にモテたいという野望があったとはな。」
「遠い目をするな!」
「父さん達が気付いてあげられなくてすまなかった。」
「謝るなよ・・・。」
「お前が今、そんなになっているのは父さん達がお前の真意に気付いてあげられなかったせいなのか?」
「勝手にそこまで思いつめないで!」
「では漫画評論に戻そう。」
「やだけど、お願いします。」
「まあ正直、どこかで読んだことがあるな~っていうストーリーだが、まだお前も新人だから、そこは見逃そう。」
「はぁ。」
「元々、『学ぶ』というのは『真似ぶ』という言葉から来ているらしい。要は先人の素晴らしい作品や技術をパクりまくることこそが修行ってことだな。」
「はぁ。」
「だからさ、本気でデビューしたいんだったらもっと思いっきりパクらないと。各ページ毎に、ヒット作品から構図を盗んでいこう。あとはあれだな、女の子のセクシーさを増量して。」
「え?」
「世の中なんて結果的にはやったもん勝ちだぞ。父さんは割と正直に生きてきたが、あんまりいいことがなかった。息子は無職だし。」
「それに関してはゴメン。」
「お前の人生もここまではほぼパーフェクトに負け試合だ。完全試合ペースでやられてる。それに比べれば父さんの人生はまだマシなほうかな~。童貞じゃないし。」
「そこまで言うなよ! こっから逆転があるんだって。あと父さんが童貞だったら俺は誰の子なんだよ?」
「無理だろ~。そこの状態からの逆転は『アストロ球団』でもないと無理だよ。」
「勝手に息子の人生に見切りをつけないで!」
「そのためにもまず1・2ページ目にだな、全く何の意味もなく女の子のシャワーシーンを見開きで始めよう。あと主人公は宇宙海賊で、趣味のサッカーを活かした必殺技を持つってのはどうだろう?」
「お前は小学3年生か! 何だその安易な設定は!」
「わかりやすいほうがいいかと思ってな。実は父さんがコンテを切ってみた。」
「え・・・?」
「これを元に作画しろ。」
「くやしいことに確かに面白いんだけど・・・。このストーリー。」
「なかなかいいだろ。5分で考えたにしては。」
「5分で出来ちゃったんだ・・・。」
「ちなみにお前の描いたあのアホみたいな漫画は、完成までにどのくらいかかったんだ?」
「ストーリー作りに3ヶ月、絵に2ヶ月かな・・・。」
「無職なのに5ヶ月もかかってるのか!」
「そんな驚くなよ、世界の終わりみたいな顔しやがって。」
「特にあのストーリーに3ヶ月って・・・。バイトで生活をたてながらでも普通1ヶ月くらいで描くもんだぞ。漫画家の卵ってのは。どんだけ甘えてるんだ・・・。」
「絶句するな!」
「最近は絵の上手いだけの奴なんてゴマンといるからな。要はストーリー勝負だ。」
「そうだな・・・。親父の言う通りだ。」
「だからこれからはお前は父さんの描き出したストーリーを再現することだけに注力しろ。」
「え?」
「作画ロボとして頑張ってほしい。」
「何でだよ! 『自分の人生は自分で決める』んじゃなかったのか?」
「それが理想だったが、お前は自分で決められなそうだし、それならむしろ父さんが今後、ガッツリとレールを敷いてやろうかと。」
「余計なお世話だ。」
「そうか、じゃあその父さんのストーリーは返してくれ。」
「いや。それはちょっと・・・。」
「ちなみにその作品名は『黒い薔薇』だ。」
「パクんなよ!」
「パクってなどいない。お前の詩からインスパイアされただけだ。」
「ところで忠行、貴之だっけ? お前は胸派か尻派、どっちだ?」
「何その2択? っていうか今、息子の名前を忘れなかった?」
「父さんはガッツリ尻派だ。」
「何でそんなに自信満々な顔なんだよ! 正月早々、気持ち悪いな。」
「若いうちはどうしてもな、目立つ胸のほうに惹かれがちなんだよ。」
「そうなの?」
「お前はどっちだ?」
「いや、俺はどっちでもないけど。」
「えっ、そっち系? 無職な上に!」
「気にしてるんだから、無職については言うなよ。あと女の子が好きだってば。」
「女の子も?」
「女の子が!」
「それはよかった。両刀ほど質の悪いものはないからな。」
「・・・そうなの?」
「父さんもな、大学の頃、友達と飲んでて、どうしてもって言うから父さんの部屋に泊めてやったら夜中に襲われそうになってな。」
「・・・大丈夫だったの?」
「そいつは女の子役希望だったからな。ハハハ。この話はこれ以上聞くな・・・。」
「聞きたくないよ! あと自分から話し出しておいて、そんな世界が終わりそうな顔をしないでよ。」
「それでお前は女の子のどこのパーツが好きなんだ?」
「俺は女の子をパーツで見たりなんてしないよ。」
「うわっ。さむっ。馬鹿じゃない?」
「どこのギャルなんだ、お前は!」
「恋愛は見た目が100%なのに。」
「性格の一致とかあるだろ!」
「ないよ。だからお前は素人童貞なんだよ。悔しかったら今すぐ生身の彼女を作ってみろ。」
「何だよ、生身の彼女って? 生身じゃない彼女っているのか?」
「またまたおとぼけを、このバカ息子は。あれだよ、お前が日記の中に綴っている『例の彼女』のことだよ。」
「・・・また日記を読みやがったのか!」
「お前な、理想の彼女のスリーサイズを設定するのは、100歩譲ってまあいいとしても、来週日曜のデートコースを考えるのはよくないと、父さんは思うな。」
「それは日記に書いてなかったはず。」
「お前のスマホも読ませてもらったよ。」
「パスワードは?」
「あんなもん、お前の普段の動きを見ていればすぐにわかる。親をなめるんじゃない。」
「いくら親子だって、やっていいことと悪いことがあるだろうが!」