無敵戦士 ウルトラ仮面
21世紀、日本。
青山優子は、走っていた。
憧れの先輩、佐伯卓也に、とうとう告白をしたのだ。
返事はまだない。というより、相手が返事をする前に逃げ出してしまった。
「ごめん」
という言葉を聞きたくなかった。
結果は分かっているのだ。先輩には、彼女がいる。
でも、自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。
だが、今は知っているのはそれとはまったく関係ない。
先輩に告白して、返事を聞かずに駆け出した。
いつもの交差点。
いつもの信号。
いつもの人混み。
そこに、いつもと違う「もの」があった。
3mはあろう巨体。
でも熊ではない。虎でもない。そんなものいてたまるか。
全身を覆う鱗。無数の眼球。
そしてやりすぎなくらい太いキバ。
四本の腕。尻尾。角が・・・二本。
熊でも虎でもないが、じゃあなんだと言われたら答えられない。
目の前に、突然そいつが現れた。
そして、無数の眼球をカメレオンみたいにグルグルと動かしながら、涎を垂らしている。
それが何なのか理解するのには時間が掛かった。
だって、そんなもの見るのは初めてだから。
たぶん、周りの通行人たちも同じ気持ちだろう。明らかに、その場の空気が止まっていた。
で、出た結論は
「逃げろ」
だった。
怪物。モンスター。バケモノ。妖怪。悪魔。
なんでもいい。少なくとも友好的な感じは皆無だ。たぶん・・・食べようとしている。
私を。
で、今、全力で走っている。
しばらく走って、立ち止まる。
周りを見ると、やはりみんな走ってる。
振りかえると、そいつがすぐそこまで来ている。
また走る・・・
ありったけの声で叫んだ。
みんな、叫んでいた。
親とはぐれた子供が、転んで泣いている。
どうしよう。
この子を助ける余裕はない。
私が身代りに?
知らない子のために?
ごめんなさい。それは無理。
ごめんなさい・・・
ふと、悲鳴がやんだ。
みんなが立ち止まって、それを見ていた。
そう、彼が来た。
彼が助けに来た。
泣く子も黙る無敵のヒーロー。
ウルトラ仮面!!!
そう、この国には彼がいる。
どんなに凶悪な怪物だろうが悪魔だろうが、彼に勝てるはずがない。
なぜなら彼は、無敵だから!!
何を隠そう青山優子は、ウルトラ仮面の大ファンだった。
彼の事ならなんでも知っている。
正直、先輩なんかどうでもよくなっていた。
ウルトラ仮面様。どうか私を助けてください。
「何者だ!」
鱗のバケモノは、流暢な日本語を話した。
滑舌もよくて、透き通るような声だった。意外だ。
「私はウルトラ仮面!この世の悪を叩き潰すため、宇宙の彼方からやって来た正義の使者だ!怪物め!貴様こそ何者だ!」
ウルトラ仮面の声は、地獄の底から響くような声だ。
悪を挫くには、威圧的な声が必要なのだ。
怪物は、一瞬戸惑ったように見えた。
「ほほう。この星の英雄というわけか。俺様はガルガンダ。人間共の悲鳴を吸収させてもらうため、平和ボケしたこの日本にやって来た。」
怪物・・・いや、ガルガンダは意外としっかりと答えた。
「ガルダ・・・ン?ガダル・・・ガ?ん・・?まあ何でもよい!なぜそんなことをする! 」
ウルトラ仮面は、人の名前を覚えるのが不得意だ。そんなものは、ヒーローに必要ない能力なのだ。
「お前ら人間は、なぜ豚や牛を喰うんだ?生きるためだろう?俺様も、生きるために人間の悲鳴をいただくのだ。」
ちょっと待て。悲鳴を食べる・・・生きるために?それって私たちに直接害はないんじゃ・・・?
でもウルトラ仮面の答えは簡単だった。
「人間が生きるために豚や牛を食べる?・・・私は人間ではない!そんな理屈通用するか!下衆め!」
そう。これがウルトラ仮面なのだ。悪に対しては一切の情は無い。
「では武力行使とさせていただこう。貴様の悲鳴はさぞ美味であろうな・・・」
ガルガンダは、ウルトラ仮面の理不尽な返答に動揺することなく、冷静に悪を貫いた。
ガルガンダの角やキバが不気味な光を放つ。特に意味はないようだ。
「キシャーー!!」
突然、ガルガンダの首の後ろ辺りから、エリマキトカゲのエリマキのような物が飛び出した。
優子は思わず叫んだ。
ウルトラ仮面も少しビックリしたようだ。
「はっはっは!どうだ驚いたかあ!」
これで悲鳴を・・・?
どうやらこの怪物は、出オチのタイプだ。
だがこの攻撃が、ウルトラ仮面に火をつけた。
「貴様・・・私を・・・この私を一瞬でも怯ませるとは大したものだ・・・」
人間以上に、ヒーローには効果があるようだ。
この感じはウルトラ仮面の本気だ。
言い忘れていたが、ウルトラ仮面はガルガンダを遥かに凌ぐグロテスクなルックスだ。
顔面は、恐らくTVには映せないだろう。
腕は6本ある。何かよくわからない触手みたいなのもたくさんある。
泣く子も黙る。というのはたぶんこの辺の事だろう。
現に、さっきまで泣いていた子供は、声も出せなくなっている。
彼がヒーローだと知っている大人ですら、少し引いている。
でも、ガルガンダはあえてそこには触れなかった。大人だ。
「ひゃーはっは!もっと悲鳴を上げろ人間共!悲鳴で満腹になれば大人しく帰ってやろう!さあ!もっと泣き叫ぶのだあ!」
次の瞬間、ガルガンダの体は、ウルトラ仮面の触手に拘束された。
指一本動かせない。
ウルトラ仮面は、六本の腕を不気味にポキポキ鳴らしている。
ガルガンダの顔が、恐怖に歪む。
こうなってはもうおしまいだ。あれが始まる。
親たちが、子供の目を塞いだ。
足早にその場を後にする者もいる。
「な・・・なんだ・・・何をする・・・!」
ガルガンダは、何かを察知した。
これは、正義対悪の戦いではない。
「人々を恐怖に陥れ、罪のない子供を泣かせた貴様の罪、償ってもらおう。」
「必殺技で爆死・・・なんて楽に死ねると思うなよ。」
そこからの一部始終は、見るに堪えないものだった。
誰が掃除するんだろう。と思った。
ちなみに、今回は悲鳴を食べる怪物だったが、ウルトラ仮面の主食は・・・いや、やめておこう。
この一件の後、ひったくり犯1人、万引き犯1人、スピード違反7件、信号無視2件を取締った。
ウルトラ仮面は、空腹だったらしい。
一日で怪物1匹に人間11人とは・・・
とにかく、彼のおかげで今日も日本は平和だ。