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15

 

 パルが去った後の復旧現場。

 ソラは未だにそこに立ち尽くしていた。

 俯き、じっと目を閉じている。

 耳を傾けていたのだ。彼が言ったように。自分の心に。

 外とも内とも繋がりを閉ざしすっかり錆びついてしまった自分の心。

 何時の間にか、はっきりとした声など聞こえてこなくなっていた。

 どうしたいのか。どうすればよいのか。

 そんな事もわからなくなって、一歩も動けなくなってしまっていた。

 けれど。

 右手をそっと胸にあてる。

 そこには彼の――久しぶりに触れた他人の温かさが残っている。

 その温かさがに胸に伝播していく。 

 少しずつ、ゆっくりと。

 どう? 

 あなたはまだ信じたくないの? 

 応えたくはないの? 

 初めてできた、無茶で少し抜けていてもいるけれど優しいあの人たちに。


 ――答えが聞こえた気がした。


 ※※※


飛燕シュヴァルべ!」

 ナイフのようにとがった長細い光が飛翔し怪物の腕や足に突き刺ささった。

 怪物の切り傷から黒い霧が立ち上る。

 パルと怪物の戦闘は拮抗しているように見えた。

 しかし、現実は違うことをパルは認めないわけにはいかなくなっていた。

 パルの攻撃は確かに無意味ではなかった。怪物に傷をつけ、怪物を構成しているコルを確実に奪っていっている。

 それでも、残された力の容量は決定的に異なる。

 相変わらず無尽蔵と言ってもよいペースで力を振るい続ける怪物。

 パルのつけた傷はたちどころに塞がってしまうし、強力な光線も放ち放題だ。

 他方、パルは既に肩で息をしていた。

(このままじゃじり貧だ。どこかで勝負をかけないと)

 パルは必死に考えていた。

 前回の怪物の出現の仕方。

 そして今の怪物が力を開放し傷を治した場面。

 その両方が怪物の胴体に存在するあの黒い石を中心に発生している。

 あの黒い石がヤツの心臓部ではないのか。あれさえ潰すことができれば。

 しかし、真正直に攻撃しても届かないだろう。

 先程、自分としては渾身の力を込めて放った攻撃を怪物は真正面から受け止めたのだ。

 ならば。

「よし!」

 小さく鋭く気合を入れると、パルは敢えて怪物の正面へと躍り出た。

 勿論、無防備ではない。いつでも能力を使えるようにオムニアに力を注ぐ。

 怪物がパルを認識しそちらに向けて手を伸ばす。そこに黒いコルが収束していく。またあの光を放つつもりだ。 

 パルは怪物の動きに即座に反応し自分も右の手のひらを怪物に突き付け

荒鷹ファルケ!」 

 先んじて能力を発動する。

 青く輝く鷹がパルの腕から飛翔し、怪物の右手に集まりつつあるコルに向かっていく。

 数瞬の後、怪物の黒いコルとパルの蒼いコルが接触し爆発した。

 辺りを強烈な爆風が襲い間近でそれを受けた怪物がたまらずバランスを崩す。

 同時にパルは地を蹴った。

 懐に入り込んで胸の黒石を一撃でつぶす。

 どちらかといえば遠距離・援護型の彼の能力だが、使い方と根性次第ではやってやれないことはない。

 這いつくばるような姿勢になりながらも必死で怪物との距離を詰める。

「グオウ!」

 体勢を立て直した怪物の腕がうなりをあげた。

 真上から振り下ろし、横に薙ぎ、あるいはまっすぐにパンチのように突き出す。

 時には横へ飛び、時にはしゃがみこみ、前方に倒れこみ。パルは怪物の拳撃の嵐を紙一重で交わしていく。

 退くな。

 退くな。

 退くな。

 心の中ではその三文字だけが繰り返し唱えられていた。

 怪物の腕が発する鋭い風切音もその度に響き渡る強烈な破壊音も耳には入ってこなかった。

 そうやって少しずつ前進し遂にパルは怪物の足元にたどり着いた。 

 あの長い腕では小回りがきかない。ここまで接近して胴体を狙えば怪物としては防ぎようがないはずだ。

 パルは即座に次の行動へと移る。

 自身の誇る最大の攻撃で怪物の胴体に風穴を開けるためだ。

「いくぜぇ! ファル――」

 しかし、その言葉は最後まで続かなかった。

 怪物の胴体部分、右のわき腹あたりから太い腕が突如として生えてきてパルを襲ったのだ。

 その第三の腕は真正面からパルを鷲掴みにするとそのまま伸び続けて一気に押し返す。

「ぐぐっ!」

 あまりの衝撃にパルは声を上げることもできない。

 怪物はそのまま背後の建物の壁を紙か何かのように突き破りとパルをその建物の向う側へと放り出した。

 三つめの腕は縮んでまた怪物の胴体へと収まる。

「こ……の……っ!」

 もうもうと立ち上る土煙の中、パルはすぐに立ち上がった。

 たったそれだけのことをするにも体のあちこちが激しく痛んだ。

 汗がすごいなと手の甲で額を拭う。拭いた手を見ると血で真っ赤に染まっていた。どうやら頭のどこかを切ったようだ。

「む、無茶苦茶だな」

 それでもパルに浮かんだのは苦笑。『苦』がだいぶ強まってきているとはいえ笑顔に分類されうる表情だ。

 フローラの言っていた通りだ。あんなのは普通の生物ではない。

 あの人間のような形はとりあえずの便宜上のもので、実際にはコルそのものが意志を持って動いているくらいに考えていた方がいいのかもしれない。

 パルはちらっと右手に手をやる。腕輪のオムニアはまだ光を失ってはない。

 自分の心が折れてはいない、その事実が彼自身を励ましてくれる。

 自身の勇気によってさらに自分の力を強くする。本人は気付いていないが彼は今、フォルトゥナとして理想的な精神状態にあった。

 今度は怪物の方が先に動き出した。長い腕をだらりと下げ前屈みのような姿勢をとる。

「グオオオ!」

 咆哮した瞬間、上方へと向けた広い背中から無数の黒い柱が伸びる。先が鋭くとがっているのがパルからも見て取れた。

 手から放つ奔流よりも一本一本は細いがその数が圧倒的に多い。

 柱は遥か上空に向かって伸びた後、計ったように同時に折れ曲がりパルめがけて急降下してくる。

 まずい! パルの背筋を冷たい恐怖が撫でていく。

 同時に右手を空に向かって突き出し、叫ぶ。

大鷲アードラー!」

 蒼いコルが手のひらの先でパルの背丈よりも少し大きい程度の円を作り出す。

 盾ができるのとほぼ同時に黒の柱が次々とパルに到達した。

 盾が柱の鋭利な尖端を弾き返す。

「ぐぬっ!」

 柱がコルの盾を叩く度に骨が直接揺さぶられるような衝撃がパルを襲う。

 一撃一撃ごとに足場の石畳に亀裂が走る。パルは歯を食いしばってその振動に耐えた。

 やがて怪物の背中から上空へと延びていた最後の柱が盾に弾かれた。

 それを確認しパルが反撃に出ようと構えを直そうとした瞬間。

「ぐあっ?!」

 パルの左足を焼け付くような痛みが襲った。

 足に目をやると一本の細い柱が左足の腿を貫いているのが目に入る。

(いつの間に?)

 歯をくいしばり柱の根の方へと視線をずらす。その柱はパルの足元、地面から伸びていた。地面に黒い線が横たわっておりそれは怪物の足元へと続いている。

 わざわざは柱を上空へと打ち上げてパルの意識を上方へと集中させ、その隙に本命が地面を這って接近してきていたのだ。破壊され隆起した石畳もその接近の一助となった。

 こんな攻撃をしてくる知性があるのか、この怪物に!

 パルに戦慄が走る。

 柱はパルが驚きと共に見ている中、霧となって姿を消した。パルは痛みに耐えかねて思わず膝をつく。

(こんなもん何だってんだ! まだまだ、だろうが!)

 パルは心中でそう声を張り上げるが身体の方がすぐには動かない。

 顔を上げると怪物が両腕を広げて胸を反り返らせているのが目に入る。

 怪物の上半身全体から先程よりもはるかに多数の柱が伸びた。

「ウソ!?」

 間髪を入れない怪物の追撃にパルが瞠目する。 

 先程のように大鷲アードラーの盾で防ぐか? 

 いや無理だ。数が多すぎるし、この足ではあの衝撃に押しつぶされてしまう。

 それなら迎撃? 

 あの数を? この一瞬であれだけの柱を撃ち落せる数を発生させるなんて不可能だ。

 彼の十八年の人生で最も早く頭を回転させるが対抗策が思い浮かばない。

 『無理』。

 『不可能』。

 パルはこの戦いが始まってから封じ続けていた言葉が脳裏をよぎったことに言い様のない不快感を覚えた。

 無数の柱は目の前にまで迫っていた。

 決して諦めたわけではない。

 しかし。

 精神力だけではどうにもできない、厳然とした現実が自分めがけて突き進んできた。

 そのとき。

 ひやりとする冷気がパルの周囲を包み込んだ。

 次の瞬間、パルめがけて一直線に進んでいた無数の柱の全てが真っ白に凍り付き砕け散った。

 細かい氷の粒子が辺りを霧のように真っ白に染め上げる。

 次に彼が見たのは、一人の少女の後ろ姿。

 風に揺蕩たゆたう漆黒の長髪。

 白と黒のコントラスト。幻想的なその光景にパルはその目を奪われた。

「ソ、ソラさん!」

「――まだ、できるかしら?」

 振り返りもせず発せられた簡潔な言葉。

 しかし、自分のことを信頼してくれている。そういう暖かさが伝わってくる。

「も、もちろんです!」パルが大きく頷く。

「わかったわ。――そこで、力を溜めておいて」

「は、はい!」



 ソラは前方の怪物に向かってゆっくりと歩きだした。

 自分のオムニアを取りにいったん孤児院へ戻っていたため少し遅れたが何とか間に合ったようだ。

 再び能力を使うことができた。ソラは確かな達成感を感じていた。

 誰かに認められたとか、そういうことから得られたものではない。

 自分の力でパルを救うことができた。

 その事実が与えてくれた喜びだ。 

 どうして力が使えなくなったのか? パルはそう訊いた。

 答えは自分が迷ったからだ。力を使い戦う原動力を失ってしまった。

 フォルトゥナの力は心の力。それは間違ない。

 だが、問題なのは心の力の『強弱』だ。『善悪』ではない。

 どんな種類の思いであっても強い思いであればフォルトゥナの力は強くなる。

 功名心だって本当ならば十分に戦うための力となるのだ。

 自分はそれすらも貫き通すことができなかった。

 仲間たちの立派な信念に後ろめたさを感じていたのかもしれない。

 そして、そこで自分の思考は止まってしまった。だから力を失ったのだ。

 私は何を思い悩んでいたのだろうか。

 違う。 

 悩んでなどいなかった。

 ただただ歪んでいただけ。

 素直に仲間たちのようになりたいと言えばよかったのに。それができなかった。

 自分にあったのはちっぽけな厭世感。

 この世には喜びや幸せなんてない。少なくとも私には絶対にやってこない。

 そういう後ろ向きの感情だ。

 強い意志を持って戦うフローラやコートニーの姿をどこかで小馬鹿にしていたのだ。

 何をくだらないもののためにそんなに頑張っているのかと。

 それを貫く強さもないくせに。ただ諦観を気取っていた。

 子供のころの生い立ちの影響か。たとえそうだとしてもそんなのいいわけだ。

 

 ――昔から曲がっていたのね。

 

 ソラは自嘲気味に微笑んだ。

 パルに言われて耳を傾けてきた。自分の言葉に。

 私は相変わらず歪んでいるらしくて大きな声は聞こえなかったけれど。

 だけど。

 パルの困ったような顔を。

 ナリアの元気な笑顔を。

 ラッセル先生や子供達との生活を。

 大切だという声はちゃんとあった。


 ――あってくれたんだ。

 

 もう大丈夫。彼はそうも言ってくれた。私の心を呼び起こしてくれた彼が。 

 人数なんて多くなくていい。大切な人たちの力になりたい。

 答えなんてそれで十分だ。あとはその声に素直に従えばいい。

 たとえ小さくてもその声を発している自分の心を信じればいい。

「オオオオ!」

 怪物は両腕を振り回し地鳴りを上げてソラへと突っ込んでくる。

 ソラの威圧感が怪物を怯ませたのか、先程までのパルとの戦い方とは打って変わった無思慮な動きだった。

 ソラは対照的に落ち着き払った様子で右手を前に伸ばした。

 手のひらには彼女のオムニアを供えたネックレスが巻き付けられている。

同調アケスス。――冬風ベンティスカ

 怪物との距離が十分に狭まったタイミングを見計らってソラはそっと呟いた。

 オムニアが白い光を発すると彼女の周囲を凍てつく風が竜巻のように取り巻く。

「ガアア!」

 まずはソラを狙って突き出された腕。

 次に踏み出した足。

 怪物の肉体が風に接触した部分から氷漬けにされていく。

 冬風ベンティスカ

 氷や冷気を操るソラの能力。自分との距離が近いものほど強力に冷凍することができる。

「すげえ……」

 その威力に少し後ろから様子を見ていたパルの口から感嘆の言葉が漏れた。

 間も無く怪物の四肢全てが氷漬けにされその行動の自由が利かなくなってしまう。

「ごめんなさい。まだ私にもいるのよ。守りたい人たちが」

 ソラは怪物の様子を見つめながら小さくしゃべりかける。 

 そして

「パル!」

 彼女にしては珍しく鋭い声を上げてパルに向けて合図をし自分は横へと飛んだ。


荒鷹ファルケ! 行けええ!!」

 ソラの合図を受けてから寸分の遅れなくパルが渾身の一撃を放った。

 自分にできる限界まで圧縮した高純度のコルだ。

 蒼光の鷹が怪物の胴体部、その中の黒い石めがけて矢のような速さで飛ぶ。

「ガアアアア!」

 その鷹は怪物にとっての死を運ぶ使者だ。

 バリン!

 必死に自分を守ろうとしたのか怪物の右手がソラの氷を破った。

 飛来する鷹を真正面から迎え撃つ。

 怪物の右腕とパルの放った光の鳥。両者が高く鋭い衝突音を伴って激突した。

 黒と蒼の光がぶつかり合って明滅し激しい風が巻き起こった。

「うおおおおおおおお!」

 パルが咆哮する。

 後悔に決意。

 自分の心の全てを右腕に注ぎ込む。

 光の鷹の輝きが一層増していく。

「グ……オオオオオオ!」

 やがて光の鷹は怪物の腕を吹き飛ばすと、そのまま怪物の胴体を貫いた。

 胴体には大きな空洞が残される。

 体に穴の開いた怪物はゆっくりと仰向けに倒れていく。

 既に四肢の先の方から黒い霧状になっていたが、背中から地面に倒れこむと同時に完全に消滅した。

「や、やった……?」

 パルは呆けた表情で辺りを見回した。

 どこにも怪物は見えない。

 自分たちの勝利を確信しても派手なガッツポーズなどする余力はない。

 へなへなとその場にへたり込むことしかパルにはできなかった。

「パル。怪我は大丈夫?」

 こちらに近づいてきたソラが心配そうな顔で尋ねてきた。

「な、なんとか」

「だめよ。すぐに処置しなければ」

 ソラは持ってきたらしい道具を使ってパルの手当てを始めた。

 そして

「――ご苦労様」

 その途中で首を少しだけ傾げ、パルに向けて微笑みかけた。

「え、ああ、はい」

 まだ、あまり見慣れていないソラの優しい笑顔にパルは鼓動が早くなるのを感じた。

 慌てて目をそらす。

「そ、その。ありがとうございました。助けに来てくれて」

 パルは感謝を述べた。そんな自分の様子をごまかそうという思いもある。

「うっ。お、お礼が言ってもらいたくて来たわけじゃないわ」

 ソラが頬を赤く染める。

「あなただってそうでしょう?」

「そうですね。やりたいようにやっただけですから」

「ええ。そうよ」

「あ、意見一致しましたね。珍しくないですか?」

「そうね。驚天動地だわ」

「そんなですか!」

「ふふ、まぁね」

 二人は顔を見合わせて笑いあう。

 気持ちの良い笑い声が辺りに響いた。



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